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第27回:足手まとい

 他に誰もいない廊下をはずれが歩いている。

 既に授業開始のベルは鳴り、上履きのたてる音が妙に耳に響く。

 中庭をはさんだ向かいの校舎で授業をしている風景が見える。こうして客観的に見るてみると、窓越しであるせいか、いつもいるはずの空間が遠くに置かれた絵画のようで、見慣れているはずなのに不思議な違和を感じる。

 なぜ彼がイ組は水泳の授業中だというのに、プールに行かずあちこちを徘徊しているのかというと、はずれは、昼休みに和羽を三浦に謝らせることに失敗し、逃亡した和羽を捜しがてら一旦花壇に水をやりにいき、一度は教室に帰ったのだが、和羽が戻ってきていないか確認した後、授業に遅れるにも構わず和羽をもう一度捜しに出たのだった。規則を破らない優等生で知られるはずれにしては珍しいことだった。

 一年ロ組が授業を受けている家庭科室の脇を通り過ぎ、出くわした担任の檜垣の真後ろをとって歩いたが、和羽はどこにも見つからなかった。和羽ではないが、気配を感じることはあるのだが、見つからない。和羽ははずれから逃げ回っているのかも知れない。

 第一棟と第二棟をつなぐ二階の渡り廊下を歩いていると、背後で駆けいく数人の足音が聞こえた気がした。胸騒ぎを覚えてはずれはきた道を走って戻る。見えない影を追って第二棟一階にたどり着き、そこにあった静寂に気のゆるみかけたとき、ガラスの破砕音が聞こえた。

 すぐさま駆け出したはずれは躊躇うことなく女子トイレに踏み込み、そこでうつむいて座り込んでいるクラスメイトの根本を発見する。

「どうした」

 根本は悲鳴を上げてはずれから遠ざかる。相手がはずれだと気づくと、おびえた目つきでトイレ奥にある裏庭に面したガラスを指差した。はずれはガラスが内側から外側に向けて割れているのを認めると「お前は逃げるといい」と根本に言って、助走もそこそこに外に飛び出した。

 名の知られていない雑草が一面に茂った裏庭では、クリーム色の髪の少女と四人の男子生徒が対峙していた。

 いや、それはもはや男子生徒とは呼べない。

 一人は四足になって全身から青黒い毛を生やし、顔つきはイヌ科そのものだ。

 一人は角が生え、肌が鮮やかな朱色に染まり瞳は黄色に光り、耳まで裂けた口からはサメのように規則正しいぎざぎざの歯が並んでいる。

 一人は腹が異様に膨れて禿頭になり、腕は伸びきったゴムのように長く垂れている。

 一人は他のやつらに比べると姿形はまともだが、サイズは四回りほど大きい巨人だ。

 常識で考えれば特殊メイクでもなければありえないような奇形である。内側のはちきれた制服の切れ端がかろうじて体の上に残っていて、もしこれが特殊メイクならばアーティストの感性を疑いたくなる悪趣味な装いだった。

 だが、はずれはそうではないことを知っている。特撮のきぐるみでもない。妖怪だ。妖怪がそこにいる。

 それに立ち向かっているのは和羽なのだ。

「無事か」

「はずれ、なんでここに」

 はずれは妖怪たちに対して身構えながら答えた。

「お前がここにいるから」

 和羽は言葉に詰まった。

「馬鹿っ、こいつらは君がどうにかできる相手じゃない。君がたとえ拳法を習っていたとしても、こいつらは……」

 和羽の言葉が終わらない内に、和羽よりも相手にしやすいと考えたのか、禿頭がはずれに向かって襲いかかってきた。

 迫る禿頭。残り三メートル。左腕を後ろに引くというタメの動作の後、禿頭は左腕をゴムのように伸ばすことで距離を瞬時に詰める。妖怪の速さは並ではないと身をもって知っているはずれだったが、さすがに腕を伸ばしてくるのには驚かされ、姿勢を崩しながらかろうじて避けるのが精一杯だった。避けてから気づく。

(……しまった、左腕)

 はずれが咄嗟に頭を守るように手を構えた頃には、左手で女子トイレの窓枠をつかんだ禿頭が急速に伸びた腕を縮めて迫り、はずれを正面から打ち据えていた。衝撃を殺せず、壁に叩きつけられる。受身もとれず、苦痛にうめく。禿頭の腕は細いくせに硬くて痛かった。

「……ちぃ」

 和羽は動けなかった。妖怪たちは和羽がはずれを助けに行く隙を狙っている。少しでもはずれの方に行くそぶりを見せれば、進路を妨害しつつそこを突いてくる。でなくとも、はずれを始末した後に四人で攻撃すればいい。今の状況は、妖怪たちに優勢である。

 うつぶせに倒れたはずれに禿頭の手が迫る。はずれはごろごろと転がって逃げた。禿頭ははずれを追って、長く伸ばした右腕をはずれの頭めがけて勢い良く叩き下ろす。はずれは必死で背筋を使って上半身を起こして避けた。続いて、禿頭ははずれの腹をめがけて腕を叩き下ろす。はずれは校舎の壁を蹴って頭を支点に弧を描くように起き上がった。地面は杵で叩いたみたいにへこんでいた。

(……こないだの鬼みたいなやつよりは、動きが遅い)

 禿頭は右腕をぶんと横に振る。はずれは咄嗟に屈んでかわした。はずれがかわしたと見るや、禿頭は右腕を縮めながら左腕を伸ばしてはずれの足元を同じように左腕で薙ぐ。はずれは跳ねるようにかわした。

(こいつは、腕は片方ずつしか伸ばせないし、爪も無い。もう少しならも……)

 禿頭の腕が薙ぐ動作中に止まる。そういえば右腕より遅かった。はずれが自分の浅はかさを空中で呪っている間に、禿頭は地面に突き立てた左腕を縮めて、はずれの顔に細い棍棒のような足蹴りを叩き込んでいた。

 頭から地面に落ちるはずれ。地面を削りながらはずれの体は何度も弾み、二メートル半いったところで止まった。

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