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第26回:相手が妖怪なら非情になればそれでいいから

 水の滴る音が聞こえる。

 和羽は人形のような感情のこもらない瞳で根本を見つめている。根本は先に目をそらした。

 蝉の鳴く幻聴が聞こえる。

「僕は君の味方ではない。むしろ敵だ」

 和羽は単刀直入に言った。

「君に訊きたい事がある。妖怪の、君に」

 蝉が騒がしくなった。根本は肯定を示すように大きく体を震わせたが、自身を落ち着かせようと深く息を吐き、目をそらしたまま、言った。

「なにを言っているのか……」

「僕は妖怪が感知できる。君からは紛れもなく妖怪の反応が出ている」

「……」

「君から聞きたいのはそこではない。知りたいのは、黒幕は誰か、ということだ。いるんだろう、君たちを妖怪にした存在が」

 胸に冷たい雫が垂れた。先ほどまで散々浴びた水道水よりよほど冷たい水だった。根本は背に隠した拳をぎゅっと握り締める。

「それは、おそらく君ではない。君は使われる方だ。誰か妖怪関連に造詣の深いやつがいる。どうやらほとんどの生徒は自分が妖怪になっていることについて無自覚のようだからね。なにか特殊な方法で妖怪の反応を出させられているだけなのだろう。僕は君のような、自分が妖怪になっていることに気づいている妖怪に話を聴きたいんだ」

「……あなたがなにを言っているのか、私にはわかりません」

「知らない振りしても無駄だよ。君のお守りの効力は既に切れてしまっているのだから」

 根本ははっとなってスカートのポケットに手を入れた。取り出した赤色のお守りは水でずぶ濡れになっていた。

「水で中に入っている木片の字が滲んだんだろうね。さっき急に君の気配が現れた。それは、妖怪の気配をごまかすお守りだ。できるなら、その特別なお守りの入手経路を説明してくれないか。もっとも、それを信じるかどうかはわからないけれど、ともかく君から話が聞きたい。妖怪であることを隠していた君に」

 蝉がうるさい。

 根本は煩わしさを振り払うことにした。根本は上履きを両方蹴り捨てた。水をたっぷり含んだ上履きは、片方は弧を描き、もう片方はやや鋭角に飛んで和羽を襲う。続けて根本は目に付いたトイレットペーパーを和羽に向かって投げつける。すべて投げ終わると、汚物入れが目に付いたが、それはさすがに投げなかった。和羽は無言でたたずんでいる。避けたりもしない。根本は仕方なく和羽に飛びかかる。打つ前から筋の伸びきったパンチが硬質な幹事のする和羽の頬に当たる。

 パチン

 和羽はビンタ一つで根本を床に這いつくばらせた。和羽が無表情に見下ろすトイレの床の上に根本は無様に倒れこんで細かく震え嘔吐している。あまりに弱い。

「……どういうこと? 君もしかして……」

 和羽が言いかけたとき、乱暴に女子トイレの扉が開かれ、数人の男子生徒が現れた。みな、既に正気をなくし、異形の容貌へと変身を遂げている。先頭の妖怪は床を這うように駆けて和羽に噛み付こうとした。和羽は、その妖怪の顔を正面から思い切り蹴りつけると反動で後方に跳んで間合いをとる。

「そうこなくてはいけない」

 和羽は無表情ながらどこか安心したようにつぶやいた。

 かまかけをしてみたが、どうやら当たりのようだ。

 スカートの下に隠した短刀をなぞる。

(……おそらく、囮だとしても、ね)

 腕が鳴る。いい加減、状況の膠着にも飽きていた。それに、妖怪を相手にしている方が、人間を相手にするより、気が楽でいい。

 人間……はずれの顔が脳裏にちらつく。

 はずれは変わってしまった、と思った。路地裏で再会し、学校で久しぶりに言葉を交わして、とても失望した。

 あの無愛想だけど温かだった彼はいなくなってしまったのだ、と。

 けれど、今日、はずれはやっぱりはずれなんだと思えた。

たとえ、表面上は変わって見えても……。

(……考え事をしている時間じゃなかった)

 和羽は意識を現実に引き戻す。妖怪とは真剣勝負。よそ見をしていいものではない。

 執行者として命と信念を懸けるのだ。

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