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第24回:トイレの利用法

 視聴覚室や音楽室などを集めた第二棟一階の端の女子トイレ。

 ほとんど人のこない死に部屋に、数人の女生徒がまるで儀式のように集っている。

 派手な化粧で魅力的になった女生徒たちは魔女役だ。

 個室に押し込められたおさげ髪の生贄は、ずれた眼鏡をかけ直すことも忘れて震えていて、そのおびえる振る舞いを少女たちは楽しんでいる。

 おさげの少女は根本冬実といった。

「……もう、いいでしょ……許して……」

「許す。許すってなによ。その言い方だと、まるであたしたちがあんたのこといじめているみたいじゃない。ひどいこと言わないでよ、根本さん」

 声の高いつり目がちな少女は先頭に立って、しきりに戸や壁を叩いている。大きな音で威嚇しているのだ。

 逃げ道を固めている少女たちは、適当な相槌をうって、嗜虐心を充たしている。揃って軽薄で残酷な愉悦に浸り、笑んでいる。

 別段、特別でもない、いじめの光景だ。

 何度も繰り返されてきた日常の風景だ。

「あ、そっか、根本さんのクラス、次の授業水泳だっけ。大変。もう始まってるんじゃない」

「……え?」

「せっかくだから、ここでシャワー浴びてッちゃいなよ。ほら」

 そう言って少女は個室の戸を閉めた。同時に冷たい水道水が根本に降り注ぐ。

 シャアァァァッ

「……きゃあっ」

 耐え切れずに、少女たちは笑いをこぼした。

 クスクス

 クスクス

 キャハハハハ

 根本が懇願して戸を叩いても、開かれることはなかった。そればかりか「うっせーな、黙れよっ」という罵声とともにトイレットペーパーが投げ入れられる。

 水道水のシャワーが終わると、嗚咽ばかりが響いた。

「泣いてんじゃねーよ、ブス。頭悪ぃの。あーあ、バカは泣きゃ済むと思ってんだから、しょうがないよねぇ?」

 つり目の少女は仲間に同意を求める。高揚感に酔っているのか、笑いの沸点は恐ろしく低いらしく、つり目の少女が少し調子を変えておどけるだけで、少女たちはクスクス笑った。

 その笑い声は、根本には悪魔女そのもののように思えた。

 心ない行為が根本の心を切り裂いていく。

 傷口から心が拒絶の色に染まっていく。

(やめて、これ以上、あなたたちのことを嫌いにさせないで)

 もう声にはならない。意識は混濁して身はすくみ、抵抗はままならない。哀れ、まな板の上に乗せられた子羊のように、震えているだけ。

 この関係が始まったのは、一年生の夏休みが終わってからだった。

 つり目の少女は、長里順子といい、根本が高校に入学して初めてできた友達であった。知り合ったばかりの頃はなにかと行動をともにして、休日にはよく街に買い物に出かけたものだった。

 明るいお調子者の長里と、物静かで読書好きの根本。二人は昔からの友人のように仲睦まじかった。

 だが、ほんの些細なほころびから、二人の友情は崩れた。

 そのほころびは、男性関係だった。長里が思い続けた男性が、根本に告白した。結局、根本はその交際を断ったのだが、たったそれだけの出来事に不幸な偶然が重なって、根本は長里とそのグループにいじめを受けるようになった。根本はいじめを避けるようにうまく立ち回れるほど器用ではないし、また前のように長里とつきあいたいという淡い願望を抱き続けているため、二年生に進級してクラスが別になった今もこうしていびつな関係は続いている。

 長里の他にいじめ行為に加わっている女生徒は三人いるが、それぞれ大した理由があるわけではない。

 中原は両親の仲が悪く、諍いが絶えない。山口はひきこもりの兄がいる。牛津は仲間外れが怖い。

 たまたま、ストレスのはけ口が根本だっただけである。だが、それだけに性質が悪い。明確な終わりがない。

「どうする。なんかもう泣いてばっかで興醒めだし、もう終わりにしよっか。五限もう始まってるっしょ」

 山口がピンクの腕時計を見ながら言う。

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