第22回:仕方がないと言い切れてしまえるのなら
「もしかして、君は僕が『一般人を殺してしまうんじゃないか』という理由で手をこまねいていると思ったんじゃないかな。だとしたら、違うよ。僕には最悪、この学園の生徒を全員殺す用意がある」
……妖怪を殺すためになら。
「……」
「僕が悩んでいたのは『どうすれば僕の危険を最小限に留めて妖怪を殲滅できるか』だ。ダミーの中に、何人妖怪がいるとも限らないから、下手につつくと、危険だよね。今回の敵は特別得体が知れないから、慎重に行動しないといけない。たとえ、多少の犠牲が増えようと、僕の無事の方が優先される。僕らの手駒は、ただでさえ少ない。いたずらに消費するわけにはいかない」
……自分の命を守るためになら。
「……わかった。もういい」
「そう」
……罪のない人を殺してしまっても仕方がない。
はずれはどこか遠くの方でガラスが割れるような音を聞いた気がしたが、和羽には聞こえなかったようだから幻聴だろう。
気まずい沈黙が二人の間に横たわっていた。二人は視線を合わせようともしない。夏の陽光は容赦なく照りつけてくるが、そこだけ切り取ったように別空間だった。肌は熱をもって気温の高さを訴えているが、脳はそう認識していない。はずれはふと、抹茶ソーダのパックがへこんでいることに気づいた。とうに飲みきっていたのだ。
パックを握っていた右手が湿っていた。
「お嬢さんは、妖怪を殺す権限があるようなことを言ったが、それは誰かが許可を出しているのか」
はずれは、空気を読まない。読めないのかも知れない。だが、気まずい空気をもろともしないその姿勢は長所にもなる。
和羽はわずかにぴくりと反応したが、それは目の錯覚だと思えるほど冷静に答える。
「……組織は僕たちが生きる世界そのもの」
謎かけのような言葉。はずれは理解したのかしてないのか、頷いて、
「では、俺は君の手伝いをしよう」
と、言った。
「……なんで」
和羽の不機嫌そうな声も気にしない。
「その理由はさっきの休みに言ったように思えるが、あけすけに言ってしまえば、俺は社会的立場を気にして行動している。俺は、優等生に分類されるので、いさかいが起これば解決するし、不和を見つければまとめるよう努力する。正当な理由で仕事をしている君を、助けようとするのもその一環だ。君は俺のクラスの転入生だしな」
……。
和羽にはまったく理解不能だった。
「……なんで、そうなるんだ」
「わからないか」
「わからない」
「意味不明か」
「意味不明だ」
「そうか、なら、違うのかも知れないな。適当なことを言っているのかも」
「君は、精神鑑定でも受けるべきだ」
はずれは、和羽が「論理的思考能力の欠如」だの「頭のねじがゆるんでいる」だの「ただの馬鹿」だのと、罵詈雑言を吐き続けてもどこ吹く風と涼しい顔をして聞き流し、和羽が息をついたところですかさず、
「そんな風に他人に言える君はさぞ立派な人物なのだな」
と言い、続けて、
「さて、では、落ち着いたら、昼休みにでも三浦に謝りに行こう。お前はまだあいつに謝っていない」
「……え。なんでそうなるの。やだよ」
「やだよ、じゃない。お前も酷いことを言った。なら謝るべきだ。社会のルールだ。それくらいわかるだろう、立派な人よ」
「君、こんな人間だったか」
「おや、もう中休みが終わるぞ。次は、数学だ。急ごう」
「離せ、自分で歩ける」
「なんとなく、逃げ出しそうな気がしないでもないから、駄目だ。立派な人を、むざむざ悪の道に走らせはしない」
はずれはいささか強引に和羽の襟をつかむと、嫌がる和羽を無理矢理引きずるように教室へと連行しようとする。
「嫌だ。離せっ、離すんだ。今の君なんて僕は大嫌いなんだから」
捕まった猫のように暴れる和羽は、普段の彼女からは想像できないほど幼く見え、すれ違う生徒達はその光景に目を丸くした。
木陰から出ると、夏の空気は暑かった。