第21回:人形でいられるなら
次の中休み、はずれと和羽は揃って校内の自販機で飲み物を買った。一つ百円のパックのジュース。はずれは抹茶ソーダを、和羽はアセロラ豆乳を選んで、ジャンケンで負けたはずれがお金を出した。
二人は中庭に出て花崗岩を磨いて作られている腰かけに座っている。青々と葉を茂らせた木が、焼けるような日差しから二人を守ってくれる。気温は高いが、石は冷やりとして心地よく、風は涼やかだ。同級生たちが廊下を通り過ぎていくのが見える。
「仕事は、上手くいっていないのか」
はずれは不人気な抹茶ソーダを、顔をしかめることもなく飲む。だからといって別に美味しそうでもない。
「なんでそう思うの」
「いらだっているように見える。原因は仕事関連が妥当だ。君は、ここにいる限り常に仕事中なのだろうから」
「……まぁ、そうだね。それもなくはない」
アセロラ豆乳は好みの味らしく、和羽はチューチューと少し嬉しそうに吸っている。
「妖怪は見ればわかるんじゃなかったのか」
「見ればというか、気配を感じるんだ。近くにいれば、それが誰から出ているかくらいは判別できる」
「じゃ、もう目星はつけてあるんだろう」
「誰が妖怪はわかっているよ」
和羽はパックを膝の上に置いて、、
「学園の生徒、過半数近くは妖怪だ」
「……それは冗談か」
和羽は黙ったまま答えなかった。はずれは、それによってすべて本当のことなのだと悟った。
「……そうか、なるほど。妖怪とは案外多いものなんだな」
和羽は形の良い眉をきりりと上げて、
「そんなわけないだろう。妖怪の自然発生率は七千人に一人程度のものだ。妖怪発生の際には周囲の人間も妖怪化する傾向が強いが、それが、こんなに固まっているなんて、ゴキブリでもないのにね」
「妖怪ゴキブリ化現象だな。衛生面が心配だ」
「……おそらく、この妖怪の気配はダミーだよ。僕は知らないけど、なんらかの方法で一般の学生を妖怪に見せかけて本物を隠しているんだ。小賢しいことに」
無視されてもはずれは気分を害した様子はなく、真剣に考えている和羽の顔を眺め、
「前例はないのか」
「あるから困っている。けど君が考えているような、参考にはならない。以前あったケースで、妖怪でなかったとようやくわかったのはその人物の死後だ」
事前に妖怪であることを判別するのは、大別して、現行犯か気配を感じるかの二通りの方法があるが、こうなると気配で判別する方法はかなり怪しくなってくる。
「おや、疑わしきは罰するんじゃなかったのか」
その瞬間。
はずれは無造作に和羽の心に棘を刺した。
はずれが意図せずして皮肉に使ったのは、和羽がはずれと会ったとき、少し妖怪の気配がしたというだけで、はずれを殺そうとしたことだ。妖怪になる可能性があるだけで殺そうとした。はずれがなんらかの方法で妖怪に見せかけられている可能性は考えなかったのか。
和羽は尻尾を踏まれた猫のように、驚いた顔をしていたが、何度か頭を振って平静を取り戻すと、
「……あぁ、違う、違う、そうじゃない」
声は鈴の音のように澄みきって、
「殺すよ。妖怪の疑惑のかかった人は。差別せずに」
和羽の顔は、人形のように戻っていた。
不運だ。
そうはずれに言ったときと同じ顔だった。