第20回:光栄なこと
三浦は本来ならここで捨て台詞を吐いて切り上げていただろう。これ以上関わっても三浦自身の価値観からいって格好悪くなるだけで三浦にはなんの得もない。三浦は自分のイメージダウンが耐えられない性格なのだ。
だが、今の三浦は屈辱感とそれによる怒りで見境をなくしていた。怒りの矛先をはずれに向け、はずれの肩を足でつつく。
「ふざけんな。謝ればなんでも済むと思ってんのか。この俺様を馬鹿にしやがった罪は重いんだよ。この程度で晴れるかよ」
蹴りはどんどん激しくなっていく。
和羽は目を細めて、三浦に対してしかけようとしたが、背中に目があるかのようなタイミングの良さで、はずれの手が上がって彼女を制した。
足蹴にされ続けながら、はずれは平坦な声で平謝りする。
「すまない。気の済むまで蹴ってくれ」
だが、その態度がむしろ三浦の神経を逆なでしたのか、三浦は足を振り上げてはずれの後頭部めがけて蹴り下ろす。
当たる直前に、足が止まった。
「その足がはずれの頭に触れたとき、それは君が地獄を見るときだ」
三浦を襲う悪寒、威圧感、殺意。三浦は金縛りにあったように動けない。
踵をはずれの頭の上で止めている姿勢は、まるでだるまさんが転んだをしているかのように滑稽だ。
三浦は肝の冷える思いで悪意の主、和羽を見る。目がそらせない。
(……これ以上なにかしたら、殺されるっ……)
緊迫した場面を解決した助け舟は、誠司だった。
「はいはいはい、おいたはこの辺にしましょうね、みなさん。まるで三文芝居だよ。見ていられない」
誠司が三浦に二三言話しかけてとりなすと、三浦は舌打ちして去っていく。三浦は内心、救われたと思っていた。
そうでなくても誠司は校内ではケンカ仲裁の天才と知られている。なにか特別なことを言うわけでもないが、誠司が仲裁に乗り出すとたちどころにケンカは収まる。誠司を見て、ちらほら野次馬が去っていく。
誠司ははずれに手を貸して立ち上がらせるとほこりを払ってやった。はずれは、素直に感謝した。
「いいってこと。じゃあ、用事あるから先、教室戻るわ」
誠司は、去り際に和羽の横を通るとき、戒めを囁く。
「面倒を起こすなよ、転入生」
「……そもそも、僕に落ち度はない」
和羽はぬけぬけと言い放った。そして、まだ制服の肩の辺りについている上履き跡をはたいているはずれに向き合うと、はずれの手を引っ張って階段のそばまでやってくる。
「助けなど要らなかった。なんであんな下らないことをしたんだい」
「体が勝手に動いたんだ」
「なんで、勝手に動いたの」
「それが自然だろう。女子供は助けるべきだし、不当行為は見逃せない。一般社会で倫理的とされる行動だ。……それが、君に関わることなら尚更」
「……あ、うん、そう」
「幸い、三浦は話の通じる相手だった。暴力行為はないほうがいい」
「あったじゃないか」
「別に、俺に対しては構わない」
「……どういう理屈だよ。そう、そうだ。だいたい、他にやり方は考え付かなかったの」
「……潜入捜査、なんだろう。目立ってはいけないと思って」
「余計目立ってしまったよ」
「そうかも知れない。すまない」
「……」
和羽は言葉をなくして脱力した。
はずれはこれでも最善と思える行動をとったのだった。ただ、彼の持っている想像力か思考回路だかがほんの少しばかりずれているだけで、ややこしい事態になってしまっただけなのだ。結果的に誠司がいてくれたおかげで助かった。
「……まぁ、感謝しなくもないよ」
和羽はそっぽを向いて言った。
はずれは、心なしか安心したかのように顔をほころばせた。
「それは、光栄だ」