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第19回:肩代わり

 一日経った。

 陽気は日に日に強くなり、日差しがさんさんと降り注ぐ。

 遠くから蝉の声が、本格的な夏到来を告げる。テストの明けた学生たちはなんの憂いもなく夏休みに思いをはせて浮き足立っていた。

 二時限終了後、はずれと誠司は二人してトイレ……いわゆる連れションだ……に行った帰りだった。

「夏休みに予定はあるのか」

「ん。しばらく、バイト、したらそのうち帰ろうと思う」

「実家か」

「そのようなところだ。しかし、それよりも大事だ」

「どんなところだよ」

「田舎だ」

 たわいない話をしていると廊下の先に立つ少女に目が吸い寄せられる。

 色素の薄いクリーム色のサラサラとしたボブカット。子供のように華奢な体を夏用の制服で包んだ少女。

 思わずはずれが足を止めると、誠司も気づいて驚きの声を上げた。

「おや、あそこにいるのは菅原和羽……と、一緒にいるのは三浦健悟じゃないか。学年一のナンパ男が何の用……って考えるまでもないか」

「……」

「気になるか、はずれ」

「ん。気になる」

「……直球だな」

 和羽たちはなにやら揉めているようだった。三浦は和羽を覆い隠すように壁に追い詰めて、女を落とす姿勢だが、旗色は良くない。内面はともかく、三浦がこの近辺では並ぶ者がない美男子であることは周囲も認める事実であったので珍しいことである。

「……なぁ、いいだろう。絶対、退屈させたりしないからさ。あんな、鹿島なんかといたって、つまらないだけだぜ」

 甘いマスクに耳元で囁かれて彼を意識しない女性はいない。もっとも、誰だって耳元で囁かれれば気にはなるだろうが、大部分の女性は彼に悪い印象は持たなかった。

「残念だけど……」

 和羽は冷たい表情で言った。呆れて、早く解放されたがっている。

「君につきあう気にはなれない。君は僕が求めているものではないし、君に対してなんら興味が湧かないんだ」

「まぁ、そう言わずにさぁ……」

「ごめんね。君には顔しかとりえがないだろうけど、僕はその顔が嫌いなんだ。馬鹿が移りそうで怖い」

 三浦はなにを言われているのか、理解できていない。こんなにきっぱりと侮蔑の言葉を吐かれたことはないのだろう。埴輪のように呆けた表情をさらすと、ようやく馬鹿にされた事実に気づいて顔を真っ赤にして怒る。

 三浦の怒りが爆発する前に、和羽は油を注ぐことに余念がない。

「ごめん。理解が追いつかないくらい早かったかな。もう少し、ゆっくり話そうか」

 三浦は激怒したが、彼は、和羽が思っているよりかは理性的らしく、暴力に直結することはなかった。

「うるさい。お前みたいなクソ女なんかに誰が声をかけるもんか。嘘に決まってるだろ、なにマジになってんだよ、うるせえ。馬鹿にすんな、俺は顔だけの男じゃねえ、くそったれ」

「なんだかわからないが」

 小動物のように愛らしいというのに、憎悪をかきたてられる、瞳。

「糞はたれるものだよ」

 我慢ならなかった。三浦はこぶしを大きく振りかぶって和羽の顔めがけて打ち下ろす。相手は小柄な少女だというのに容赦のないパンチだった。

 皮膚がはねる音がして、男が倒れた。

「……痛い」

「……はあ君、なんでっ」

「痛いのは殴られたからだ」

 はずれは驚く和羽を見上げて、見当外れの答えを返した。

「てめえ、鹿島。邪魔するな」

「すいませんが、邪魔させてくれ。代わりに、俺が殴られても痛いの我慢するから」

「へぇ、なんだよ、そんなにこいつが大事か」

 小指を立てた三浦に対して、はずれは答えた。

「ああ、小指は大事だが」

「馬鹿か。お前の女がそんなに大事かと言っているんだ」

 はずれは神妙に頷きかけて、ふとそれがひっかけ問題であることに気づいたかのように、首を振って否定した。

「……これ以上ごたごたするのはまずいんだ。どうか俺で許してくれ」

 はずれは制服が汚れるのも躊躇わず、廊下に正座して三浦を見上げた。数瞬の間を置いて、額を床につけた。

「この通りだ」

 ざわめき。珍事に注目が集まる。

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