第18回:先輩みたいな
眼鏡を拭きながら苦笑を浮かべる誠司に、菊間が尋ねる。
「一体、なにが起きたんです。先輩たちは、追わなくていいんですか」
誠司は曖昧に頷いて「よくあることなんだよ」と言う。続けて問いただす菊間に、誠司は語った。
「はずれは、ああいう性格だから、誤解を招きやすいんだ。一年の頃なんか、入学すぐにグループに目をつけられて、しまいにはクラスから総スカン。まぁ、孤立しちゃったわけだな。誰もはずれに話しかけないし、はずれから話しかけたら汚物にでも触れられたかのように騒ぎたてる。教科書や机には落書きをした上に、鞄や上履きは切り刻み、寮の部屋の前を通るたびに扉を蹴っていく。科学の実験も一人きりで捨て置かれ、薬品は隠される。まぁ、そんなことをしていたらどんだけ鈍いやつだって気づくよな。そのときのうちの担任は、吉岡っていうやつだったんだけど、二ヶ月経ってようやく気づいてこう言ったんだ。『いじめはよしましょう』ってそれきり。はずれもよくよく運がない。とんだ考えなしにぶつかったものだな。まったく、見ていられない状態だった」
「それで、どうなったんですか?」
菊間は興味津々に聞きたがる。それがまるで尻尾を振る子犬のようであったから、誠司は興に乗って、もったいつけた。
「どうなったと思う?」
「え、クラス中に無視されて、先生も助けてはくれないんですよね。ま、まさか自殺とか」
「いや、生きてるし」
「そうでした。じゃあ、結局どうなったんですか?」
「まぁ、色々あったんだけどね。最後はグループのリーダー格と一対一でやりあって、既に四天王との対決を経て暗黒大魔王として覚醒していたはずれは、老若男女を問わず無差別に釘バットで滅多打ち、辺り一帯の野良猫とチンピラを屈服させて、めでたく新たなボスとしてすげ変わったんだよ」
「えーっ」
「無駄に壮大でアホな嘘をつくな。大体、知らん顔してるけど、いじめグループのリーダー格って、お前のことじゃんか」
パフェを食べることに集中していた与一が会話に割って入った。
驚く菊間を前にして、誠司はわざとらしい渋い顔で頷く。「そうだったかも」
「あのときのお前らの関係考えたら、とても今のお前らのことなんて想像つかねえよ」
「そんなにすごかったんですか」
「ああ、そりゃあすごかったよ、このクールな偽眼鏡がだな。『ふざけんなよ、インポチキン』て言っ……ぎゃ」
「なぁ、おしゃべり与一君。君はクラスも違ったし、あの場にもいなかったよねぇ。適当なこと言わないでくれるかな」
「あ、く、きゃはは。バーカ、朝香がいただろうが。はずれが朝香のことかばわなかったら、俺が、代わりに、お礼回り、してるとこ……ろ、あー、そんなところくすぐるな、俺、そこ、弱いんだよぉ……」
「まぁ、そんなわけで」
涙目でへたっている与一を横目に、誠司はコホンと咳払い一つすると、柔和な笑みを浮かべる。
「真摯な態度で向き合えば気持ちは伝わる。そのうちに、本当に仲間になってくれるやつもいる。君もそういう人を作って大事にしなさい、と与一先輩は仰ってる」
菊間は少しの間きょとんとしていたが、
「はい。与一先輩みたいな、よい友達を作ります」
見ている者を照れさせるような人好きのする笑顔で答えた。