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第15回:感情に任せて

 もし、魔女に類する者が実在するとしたら?

 あらゆる事象が科学的に説明される現代において、明らかなナンセンスに位置する、人間が妖怪化するという事実が現代社会の基盤を揺るがしたとしたら今度起きる魔女狩りは史上最悪なものとなりかねない。

 和羽のそういった危惧を知ってか知らずか、慌てに慌てる和羽をぼんやり見つめていたはずれは、ゆっくりと手を振って言った。

「いや、まぁ、友人に少々あなたとの出会いのところを話しましたが、幸い、信用はされなかったようですよ」

「……本当だろうね」

「本当です」

「……まったく。軽率だね、君は」

「そう思います」

「もし、なにか危険な兆候が見られるようだったら、ただじゃおかないよ。僕が……」

「そのときは、殺せばいいのでは」

 はずれは淡々と言った。

「出会ったとき、君があの三人にしたように。むしろ、なぜ現場を目撃した私を生かしているのか……あのとき、お前は俺を殺す気だったはずだ。お前は妖怪を判別できる能力があるのだろう。少なくとも、妖怪を少し離れた位置から感知することはできるはずですよ。俺は葬るべき妖怪、なんじゃないでしょうか。記憶がいじりにくいなら、尚更」

「……っ」

「なぜ気を変えてしまったのか。もう一度訊きたいと思います。俺はなぜ今ここにこうしているのか」

「そんなに死にたいかっ」

 和羽は激昂した。甲高くすごみのある声だった。

「そんなに死にたいのなら殺してやる。僕は殺し屋じゃない。だけど、社会にあだなす妖怪は殺して良いことになっている。君が妖怪なら、殺しても罰されないんだ」

「ああ。そうするといい」

 和羽はスカートのすそから儀礼式めいた短刀を取り出すとはずれの喉元に突きつけた。ほんの少しよろめいただけではずれの首から勢い良く血が飛び出すだろう。切っ先は微動だにしない。

 しかし、はずれはこの状況下でも顔色一つ変えずに、短刀を一瞥しただけで、和羽を見つめ返していた。

「……抵抗すらしないのか。君はなんのために生きているんだ」

「……」

「……もうい」

「君と俺が関わると面倒なことになる。面倒は嫌だ。できるだけ避けたい」

 はずれは、和羽の言葉を遮り、

 バチンッ

 はずれの頬をびんたが襲った。和羽は親の仇を見るような形相ではずれを睨んだ。はずれはぼんやり見つめ返す。和羽は、舌打ちして、はずれに背を向けた。

「なんで妖怪の存在を隠すのか、わかるか。それは、条件さえ整えば驚くほど容易に人は妖怪になることができるからだ。神代から続く歴史上の、なん千もの妖怪の内、そのほとんどが、人間から妖怪になったものなんだ」

 人間は妖怪になることができる。望めば、人間としての枠組みを超えた驚嘆すべき力を得ることができる、という事実。

「このことが広く知れ渡れば秩序は乱れ、大きな混乱を招く。妖怪は、存在自体が邪悪」

 大きな力を得た代償は得たものより大きい。妖怪になることで、人は多くのものを失い、往々にして持て余す力に呑まれ、災厄を起こす。

 そうなってしまったものたちを、もはや人間であるといえるだろうか。

 かつて、人であったものたち。人でなくなったものたち。

「妖怪は、いてはならない」

 実のところ、歴史の影で長い間付き合ってきたのに関わらず、いまだに妖怪についての研究は思うように進んでいない。ただ、妖怪になった者が持つ強い異常性と引き起こす危険な問題行動は認知されており、また妖怪化のメカニズムの根幹に人間のある感情の動きが、精神的な要因として深く関わっていることが判明している。

 それは欲望。

「強い欲望が、人間を妖怪にする」

 人間が生きている以上、こんこんと湧き出で、決して絶えることのないもの。

「求めるあまりに欲におぼれ、堕落した人間。それが妖怪だ。だから僕は妖怪を軽蔑している。妖怪はつまり犯罪者と同義だと思っているし、妖怪になる人間に容赦は必要無いと思っている。事実、僕はこの矯正作業を断行している」

 淡々と、言う。その静けさがむしろ、彼女の怒りの深さを表しているように思える。

「半妖は元から陽性反応が出ているようなもので、犯罪者そのものではない。だから殺さない。それが理由だよ。でも、間違いだったみたいだね。君は完全な妖怪ではないっていうだけだ。欲望どころか、なんにも無い人間じゃないか。妖怪にすら成りようがない」

 和羽は短刀を納め、ちらりとはずれを一瞥して去っていった。

「最低だよ。殺す価値も無い」

 和羽の口の端は破れそうなほどに噛み締められている。

(七年前は、あんなやつじゃなかったのに。……バカ)

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