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第12回:ほろ酔いの絆

「あ、菊間君。紹介するわ、この三人があたしの友達の鹿島君と井上君と羽賀。みんな、この子はあたしの美術部の後輩の菊間君。……どうしたの、与一。そんなハニワみたいな顔して。間抜けだよ」

「うるせいやい。この、この、鈍感牛チチ女ーっ」

「誰が牛チチだーっ」

 いつも通りの展開に陥った二人に、はずれと誠司は顔を見合わせて肩をすくめた。

「それで、比良町さん。もしかして、その子が例の」

「うん、そうなの。後輩の菊間君。ちょっと相談にのってもらいたくて……」

 気を取り直して誠司が尋ねると、朝香は少し困ったように眉根を寄せて答える。視線の先の菊間は、はずれをまじまじと見ていたが、急に「あ」と声を上げると、はずれを指した。

「あ、あ、あ、こないだの、イツマン袋の中の人」

「およ?」

「あれ、菊間君、鹿島君とは知り合いなの」

 朝香が尋ねると、菊間は頷いて、鼻をピクピク動かした。

「はい、命の恩人です。まさか、同じ高校の先輩だったなんて」

 少年は小柄で顔も女の子みたいに整っている。コスモスの花がほころんだようなかわいらしい笑顔は、万年いじめられてばかりの少年とは思えない素敵な表情だった。

 しかし、私立緑町常陽学園高等学校一年ロ組、菊間正広はいじめられっ子だ。

 取り立てて性格が悪いというわけではない。体が弱いわけでもなければ、ある種のいじめられっ子が持つ険のあるオーラを放っているわけでもない。ただ、あまり面識の無い、素行不良の少年たちに目をつけられてしまう。たとえば一人で学校をうろつけばガンをつけられて絡まれ、ゲームセンターにいけば一人になったところでかつあげされる。菊間はそういう少年で、美術部の先輩である朝香は彼を心配してはずれたちに相談を持ちかけたのだったが、

「要は気合だよ。気合ぃ。気合があればなんでもできる。お前には気合が足りないんだぁ」

「わっかりましたぁ、羽賀先輩ぃ。気合でしゅねぇ」

「おい、はずれ。せっかくだから、お前服脱いでタコ踊りしてみろ」

 はずれの部屋へ行き、菊間を囲んで『第一回菊間のいじめられ体質対策協議会』が催されたものの、誠司が混入したアルコールのせいで、場はすっかりらんちきパーティーの様相を呈していた。

 男たちはみな半袖の制服がはだけて胸板がのぞき、ズボンはよれよれ。紅一点の朝香は、スポーツタイプのタンクトップに、デニム地でざんぎりにカットされた半ズボン。

 与一は絡み上戸に泣き上戸、菊間は呂律が回らず笑ってばかりいて、誠司はいつもと変わらない様子に見えるが頬は上気しているし、妙に偉そうである。

 朝香に至っては、目はすわって、むっつり口をつむぎ、ぐびぐびと勢い良く酒入りジュースを口の中に流し込んでいる。着替えたタンクトップから露出した健康的な肌は赤く上気して、零れたジュースが豊かな胸の谷間を濡らして、てらてらと照り返している。アルコールのせいでとろんとした瞳は潤み、年の割に大人っぽく見えた。

 酔っ払いの中にいて、はずれは実は全然酔っていなかった。アルコールの味にいち早く気づいて飲むのを控えたのもあるし、アルコールに強い体質でもあるらしかった。はずれは、後片付けのことを考えて少し気が落ち込むのを紛らわすように、大福をかじる。

(未成年の飲酒は、発覚したら罪だったな……部屋の掃除と、二重苦だ)

 法律上、未成年は発覚しなくとも飲酒をしてはいけないのだが、はずれは、バレなきゃ罪は罪ではないという、悪党に優しい一方的な主張を悪友達から教え込まれ、またそれを信じていた。

 さて、うやむやになってしまった菊間の相談の件については、実はさほど悲観的ではなかった。不良児たちから目をつけられることが多くて困っているとのことだが、結局は気持ちの問題だろう。充実した生活を送るようになれば自然と態度にも現れ、つけこまれる隙も減る。そして生活の充実とはこんな風に楽しく過ごすうちに知らず身に付くものなのだ。特別何か必要なわけではないだろう。せいぜい、今度なにかの機会があれば菊間を誘ってやろう。

 はずれが、顔色一つ変えずマイペースにお菓子を口に運んでいると、そのことに気づくいた朝香は、はずれの肩に腕を回してつっかかり始めた。

「なによぅ、鹿島君てば、貧相な顔しちゃって楽しくないのぅ」

「楽しくないわけじゃないし、これが普段の顔だ」

「本当にぃ。怪しいなぁ。鹿島君は、いつだって冷静で、あたしたちと一緒にいるときだって、絶対、態度崩さないしなぁ」

「そうか」

「そうだよ」

「そうでもないと思うが」

「そうなの。あたしが言うんだから、そうなの」

「……そうか。比良町が言うなら、そうだな」

「その通りなの。鹿島君は物分りがいいねぇ、バカ与一と違って。あいつ、本当に、まるごと、バカなんだから」

「……そうか。そうかもな」

 はずれの勉強机に向かって懸命に語りかける与一によそ見して、はずれは言った。視線を感じて向き直ると、朝香は焦点の合わない瞳をじっとはずれに向けていて、

「……でも、ちょっと、寂しいね」

 朝香の言葉は文脈からいって意味が通らないので、はずれはアルコールによる支離滅裂な発言だと思うことにした。

「……」

「あ、そうだ。鹿島君、今日きた転入生の、菅原さん。彼女とはどういう関係なの?」

「羽賀たちにも同じ質問をされた」

「そりゃそうでしょう。鹿島君たら、いきなり……あんな、ことするし……」

 あんなこととはなんのことだか思案して、思い付けなかったはずれは素直に聞き返す。

「あんなことってなんだっけ」

 朝香がため息をついて説明すると、はずれは「ああ」と手を打ち、

「こういうことか」

 朝香の左手をとって、和羽にしたように口づけをした。朝香は耳まで真っ赤になって、パクパクと鯉のように口を動かして、かと思えば手をバタバタと動かして声にならない喜びにのたうちまわっていたが、急に大人しくなると怒ったようにはずれを睨んだ。

「……嬉しいけど、嫌いだな。こういうの」

「……そうか。悪い。もうしない」

(いや、絶対しないってのも困るんだけど)

 朝香はそう思いながらも、

(まぁ、いっか……)

 アルコールによってぼんやりとした意識は緩やかに眠りへと落ちていった。

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