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第11回:恋のABCはもう古い

「どこからきたの?」

「なんでこんな時期に転校してきたの?」

「星座と血液型は?」

「スリーサイズは?」

「彼氏いるの?」

 五時限目の授業が終わった途端に怒涛のように押し寄せる生徒たちと質問の波。しかし、結局のところ、ほとんどの生徒が本当に知りたいことは、

「鹿島はずれとはどんな関係?」

 という点につきるのであったが、和羽は終始事務的な口調でおざなりにはぐらかすばかりで、馴れ合う様子を見せず、核心的な事はなに一つ漏らさないまま、職員室に呼ばれて行ってしまった。

「で、結局のところ、お前はあの転入生とどういう関係なんだよ」

 と、与一がはずれに問いただしたのは高校の敷地内に建てられている寮へ向かうときであった。はずれも与一も誠司も、朝香も寮生であった。

「どういうと……言われると」

 はずれは与一に前に回りこまれ、面倒くさそうに頭をかいた。答えないとしつこくつきまとわれるだろうことは承知している。

「先週彼女をナンパしました」

 正直に言ったら、与一は口をぽっかり開けてはずれの頭を叩いた。

「……あのなあ、お前、まだそんなこと言っているのかよ。だから、それはお前が見た幻覚だったんだって。常識を考えろよ。そんな、おとぎ話に出てくる妖怪みたいなのがいるわけないだろう。その上、それをビルから降ってきた女の子があっという間に退治したとかさ。空想にもほどがあるぜ。俺たちが気を失っているお前を見つけたとき、ズタボロのピロピロのボロ雑巾になっているお前がいただけで、他には死体も血痕も、壊れた車も、あの子も。お前が見たって言ったものはなんにも無かった。いい加減わかれよ。お前が見たのは幻覚。嘘だったの」

「…………」

「どぅーゆーあんだーすたんど?」

「……お前達が見たのは、俺が言う証拠がなに一つない駐車場だ。俺の言っていることが証明されないだけで、俺が幻覚を見たということを確証するものではない」

「……に、日本語しゃべれよ」

「日本語だよ」

 誠司が言った。

「まぁ、はずれの言うこともわかるが、所詮へりくつだな。状況証拠は整っているし。いいか、はずれ。ここは日本で今は現代。一般常識に照らしてみれば、お前の言っているのはボケた老人か麻薬中毒者の戯言と同じだよ……とはいえ、ぶっちゃけ、そんなことはどうでもいいんだ」

「どうでもいいって、お前……」

「俺が聞きたいのは、だ。あの子、やたら親しげにお前のこと呼んだけど、お前らどこまでいったんだってことだ」

「どこまで、とは」

「ほら、アルファベッドで、あるだろう。二人の関係の段階を示す恋のABCってやつだ」

「ああ。Kだ」

「キスかっ」

 与一は興奮して叫んだ。

「キスはAだ。そうじゃない。イニシャルじゃなくて」

「じゃ、Dだ」

「Dもねえよ」

「Dって……抱きしめる、か」

 与一の見当外れな発言に誠司は頭を抱え、

「ローマ字読みかよ。与一。それを言うなら、せめて、ディープキスだろ」

「なるほど。ディープキスのDか」

「だから違うんだって。あー、もういいわ。俺が悪かった。もういいよ」

「あーっ、誠司。そういうのやめろよ。まるで俺らのこと馬鹿だって言ってるみたいじゃん。FとかBとかIとか、そっちから始めといて」

(いや、正直馬鹿だと思っているよ)

 ぷりぷりと、男なのにかわいらしく怒る与一に対して、誠司はそう思う。口には出さないが、少なくとも利口な部類ではないだろう。誠司は質問の仕方を変えることにした。しなだれかかるように、与一とはずれの肩を後ろから抱いて囁いた。

「で、あの子とはセックスしたのか」

「セ、セ、セ、セーックス」

 一人発作を起こしたニワトリみたいにセックスと喚く与一をよそに、はずれは思案して、口を開いた。

「与一ったら、大声でなに不潔なこと口走ってんのよ」

 はずれの言葉をかき消したのは朝香の声だった。顔を赤くして責めるように与一たちを睨んでいる。はずれたちは話に夢中になって気が付かなかったが、既に寮の一階にあるエントランスロビーまできていた。

「朝香。いや、違うんだ。あのそのこれは」

「男の子ってばエッチなんだから。与一は、そんなんじゃないと思ってたのに」

「なんだよ、それ。違うって言ってるだろう」

「なにが違うのよ」

「だから、俺はその……確かにそりゃあ、多少、エッチなところもあるかも知んないけど、その、なんつーか……」

(告れ。告白してしまえ、与一)

(なんだかわからないが、言ってしまえ、羽賀)

(好きなのはお前しかいないから、とか言ってしまえ)

(俺のオカズはお前しかない、とか言ってしまえ)

(……はずれ。それ、意味わかって言ってるか?)

 友人たちの勝手な野次は右から左に流し、与一は、小声でしどろもどろに言葉をつむぐ。熱で混乱する意識をどうにかつなぎとめ、煩いくらい脈動する心臓にもう少し静かにするよう言い聞かせ、逃げ出そうとする体を押さえ込み……。

「……お前が嫌いなら、そういうのも我慢するって、いうか……お前以外に、そういうことしたいって、思わないし……だから、その……俺が、す、好きなのは……」

「先輩ーっ」

「……そう、先輩……へ?」

 与一の間抜けた声で、告白は終結を迎えた。

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