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タマはハンター  作者: カンヌワルト


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1/1

タマはハンター

 タマは、自分のことをすごい猫だと思っていた。


 なぜなら、タマはハンターだからである。


 春子の家には、小さな庭があった。草が生えていて、花が咲いていて、時々、小さな虫たちがぴょんぴょん跳ねたり、のそのそ歩いたりしている。


 タマは、その庭を見回るのが好きだった。

 ただ歩いているわけではない。


 見回りである。

 警備である。

 そして、狩りである。

 大切な仕事である。


 ある日、タマは小さな虫を見つけた。

 草の葉の上で、じっとしている。

 タマは身を低くした。

 耳を伏せる。

 ひげをぴんと伸ばす。

 しっぽを、ゆっくり揺らす。


 そして――

「にゃっ!」


 前足で、ぱしっと押さえた。

 捕まえた。

 タマは胸を張った。

 やはり自分はすごい。


 タマはその虫をくわえ、家の中にいる春子のところへ持っていった。

「にゃあ」

「あら、タマちゃん」


 春子はタマの前足の下を見て、少し目を丸くした。

「あらあら。虫さん捕まえたの?」

「にゃ」

「タマちゃん、すごいわねえ」


 春子は笑って、タマの頭を撫でた。

 タマは目を細めた。

 当然である。


 自分はハンターなのだから。

 その次の日も、タマは庭で虫を捕まえた。

 また次の日も捕まえた。

 春子はそのたびに、


「タマちゃん、すごいわねえ」

 と言ってくれた。


 タマはだんだん、得意になっていった。

 この家の平和は、自分が守っている。


 春子はまだ分かっていないかもしれないが、自分はかなり役に立っている。


 タマはそう思っていた。


 ある日、タマは大きなバッタを捕まえた。

 今までの虫とは違う。

 足が長い。

 体も大きい。

 しかも、ものすごく跳ねる。


 タマは何度も逃げられそうになりながら、庭の端から端まで追いかけた。


 植木鉢の横を走り、草の中に飛び込み、しっぽに葉っぱをつけたまま、ようやくバッタを捕まえた。


 これは大物だった。


 タマは誇らしげに、春子のところへ持っていった。


「にゃあ」

「えっ、タマちゃん!?」

 春子は大きな声を出した。


 タマは満足した。

 やはり驚いたか。

 すごいだろう。


「まあ、大きなバッタねえ。タマちゃん、すごいわねえ」


 春子は少しびっくりしながらも、最後には笑ってくれた。


 タマは胸を張った。

 春子は分かっている。

 自分がすごいハンターだと、ちゃんと分かっている。


 ところが、ある日のことだった。


 タマは家のすみで、大きな黒い虫を見つけた。


 黒くて、つやつやしていて、動きが速い。

 ただの虫ではない。

 タマのひげが、ぴんと立った。


 これは強敵だ。

 タマは慎重に近づいた。

 黒い虫は、ささっと動いた。


 タマも動いた。

 黒い虫が植木鉢の裏へ逃げる。

 タマは回り込む。

 黒い虫が壁のほうへ走る。

 タマは前足を伸ばす。


 ぱしっ。

 捕まえた。

 タマは目を輝かせた。


 これは、今までで一番の獲物かもしれない。


 タマはそれをくわえて、春子のところへ持っていった。


「にゃあ」

 春子は振り返った。

 そして、タマの口元を見た。


「……」

 春子の顔が、固まった。

 タマは少し首をかしげた。


 どうしたのだろう。

 いつものように言えばいいのに。

 タマちゃん、すごいわねえ、と。


 次の瞬間。


「きゃあああああっ!」

 春子は逃げた。

 タマはぽかんとした。


「にゃ?」

 なぜ逃げる。


 すごい獲物なのに。

 かなり苦労して捕まえたのに。


 タマが不思議に思っていると、春子はしばらくして戻ってきた。


 手にはティッシュペーパー。

 もう片方の手には、ビニール袋。

 春子の顔は、とても真剣だった。


「タマちゃん、だめ。離して。お願い、離して」


「にゃ?」

 春子は恐る恐る近づいてきた。


 そして、ティッシュペーパーで黒い虫をつかむと、タマの前からさっと取り上げた。


 タマは驚いた。

 せっかくの獲物が。

 自慢の獲物が。


 春子はそれをビニール袋に入れ、口をぎゅっと結んだ。


 そして、そのまま捨ててしまった。

 タマは納得できなかった。

 なぜだ??。


 なぜ、あれは褒めないのだ。

 バッタは褒めた。

 小さな虫も褒めた。


 なのに、黒い虫だけは悲鳴をあげて、取り上げて、捨てた。


 春子は分かっていない。

 あれは、なかなかの相手だった。


 すばしっこくて、黒くて、つやつやしていて、いかにも強そうだった。


 タマは少し腹を立てた。


 次にあの黒い虫を捕まえたら、春子には見せない。


 そう決めた。


 そして、数日後。


 タマはまた、家のすみで黒い虫を見つけた。


 前と同じように、素早く動く。

 タマの目が細くなった。

 来たな。


 タマは身を低くした。

 今度は春子に見せない。

 自分だけで確かめるのだ。


 この黒い虫は、本当にそんなに嫌がるほどのものなのか。


 どんな味がするのか。


 タマは前足で押さえ、少し迷ってから、ぱくりと口に入れた。


 かり。

 ……。


 タマは動きを止めた。

 思っていた味と違った。

 もっとすごい味がするのかと思っていた。


 強い獲物だから、きっと強いうまさがあるのだと思っていた。


 けれど。

 苦い。

 なんだか、苦い。


 草でもない。

 肉でもない。

 魚でもない。

 おやつでもない。

 ただ、よく分からなくて、苦い。


「にゃ……」


 タマが微妙な顔をしていると、そこへ春子が来た。


「あら、タマちゃん。何して……」

 春子の声が止まった。

 タマの口元を見たのだ。

 そして春子の顔色が、また変わった。


「タマちゃん?!」


 タマはびくっとした。

 怒られるのだろうか。


 しかし、春子は怒るより先に、タマを抱き上げた。


「だめだめだめ。今の食べたの? 食べちゃったの?」

「にゃ?」


 タマには分からなかった。

 なぜ春子がそんなに慌てているのか。


 春子はタマを抱えたまま、急いで出かけた。


 どこへ行くのだろう。


 そう思っていたタマは、すぐに嫌な予感がした。


 見覚えのある道。

 見覚えのある扉。

 消毒の匂い。

 白い服を着た人間。

 病院だった。


「にゃああ……」


 タマは低い声で鳴いた。

 ここは嫌いだ。

 とても嫌いだ。


 春子は白い服の人と、何かを真剣に話していた。


「黒い虫を食べてしまったみたいで……」

「いつ頃ですか?」

「たぶん、さっきです」


 タマには人間の言葉の細かいところは分からない。


 だが、春子がとても心配していることだけは分かった。


 白い服の人はタマを見た。

 タマも見返した。

 できれば帰りたかった。

 しかし帰れなかった。


 その後、タマは嫌いな薬を飲まされた。


「にゃっ!」


 苦い。

 さっきの黒い虫より苦い気がする。

 タマは抗議した。

 強く抗議した。


 だが、人間たちはまったく聞いてくれなかった。


「よく頑張ったね、タマちゃん」

 春子はそう言ってタマを撫でた。


 頑張らされたのだ。

 タマは憮然とした顔をした。


 家へ戻ると、春子はすぐに掃除を始めた。

 いつもよりずっと念入りだった。


 棚の下をのぞき、床を拭き、窓の近くも確かめる。


 タマはそれを、少し離れた場所から見ていた。


 春子は忙しそうだった。


 そして、少し怖がっているようにも見えた。


 タマはまだ納得していなかった。

 せっかく捕まえた獲物を取り上げられた。

 食べてみたら病院へ連れていかれた。

 薬まで飲まされた。

 ひどい話である。


 けれど、春子が何度もタマのほうを見て、


「もう食べちゃだめよ」


 と心配そうに言うので、タマは少しだけ考えた。


 もしかすると、あの黒い虫は、春子にとってはとても困るものなのかもしれない。


 もしかすると、食べるものではなかったのかもしれない。


 タマは自分の寝床へ行き、丸くなった。

 今日は疲れた。


 狩りをして、苦いものを食べて、病院へ行って、薬まで飲んだ。


 大変な一日だった。

 春子はまだ掃除をしている。


 タマはその姿を見ながら、小さくあくびをした。


「にゃ……」

 自分はハンターだ。

 それは間違いない。


 だが、ハンターにも、食べていい獲物と、春子を悲鳴で走らせる獲物があるらしい。


 タマは目を閉じた。

 次に黒い虫を見つけたらどうするか。

 少し考えた。


 春子に見せると怒られる。

 食べると病院へ連れていかれる。

 では、どうすればいいのか?。


 タマは眠りに落ちる直前、ひとつの結論を出した。


 見なかったことにする。


 それもまた、立派なハンターの判断なのだった。

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