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第8話 後宮の異変~隠されたもの~


柳皇貴妃への報告から数日後、被害者たちの様子を確認するために再び後宮を訪れた白兎は驚いた。

彼女たちの症状は改善するどころか重くなり、また、新たな被害者まで出ていたのだ。


「そんな……」


頭の中を宿場町での一件が過る。


(どうして?今回はきちんと確信を得たはずなのに、何故――?)


愕然とする白兎に、ちょうど居合わせた華蓮が心配そうに声をかけてきた。


「白兎、どうしたの?」

「紫蘭香の使用をやめたのに、症状が治まらない……」

「えっ」

「それに、新しい被害者まで……」


白兎は頭を抱えた。


(間違えた……?でも、確かにあの香料には有害物質が含まれていた。では、どうして……?)


どうやら再び振り出しに戻ってしまったようだ。




その日の夜、白兎は庭で一人考え込んでいた。


(何が原因なんだ……。香料じゃないなら、いったい――?)


途方に暮れる白兎の耳に足音が聞こえる。

振り返れば思ったよりも近くに蘭羽(らんう)が立っていた。


「こんばんは、白兎。こんな夜更けに、何かお困りのようですね」

「……はい。実は少し悩んでいることがありまして……」

「私に話されてはいかがでしょうか。もしかしたら何かお力になれるかもしれません。こう見えて、意外と博識かもしれませんよ」

「こう見えるも何も、蘭羽様は皇太后様付きの文官じゃないですか。実際私よりも幅広い知識をお持ちでしょうに」

「さぁ、それは分かりません。ですがどうでしょう、ここは試しに一つ」


まるで店の商人のような言い方だ。

こんな時だというのにそれが少し可笑しくて、白兎はふっと笑みをこぼす。


(やっぱり、ただの善人なのかも。あまりにも完璧すぎて勝手に苦手に思ってしまうだけで、本当に心配してくれているのだとしたら申し訳ないな……。)


「無理をしないでください。一人で抱え込まなくてもいいんです」

「……ありがとうございます」


それでも、これは自分の問題だ。

蘭羽に相談するのは違う気がして何も言わないでいると、彼は何かを言いかけて、やめる。

その表情が少しだけいつもと違うように見えて、白兎は少し気になった。


「……蘭羽様。もしかして、何かご存じなのではないですか」

「……いいえ」


思い切って尋ねてみたが、蘭羽はいつものように穏やかに微笑むだけ。


「私は何も知りません」


だが、やはり何かが引っかかる。

白兎はますます蘭羽を掴みどころがない人だと感じた。




翌日、白兎は秀蘭(しゅうらん)を訪ねた。

気晴らしに歩いている時にあの茶室が目に留まって、ダメ元で訪ねてみたところ居合わせた秀蘭が快く白兎を迎え入れてくれたのだ。


「……なるほど。妃嬪様方の体調不良は私も聞き及んでいます。白兎様が解決のため動かれているとは聞いておりましたが、原因だと思われた香料の使用を中止しても症状が治まらないのですね」

「はい。確かに紫蘭香が原因だと、今考えても思うのですが……」

「では、別に原因があるのでしょうね」

「しかし」

「一度の失敗で諦めてはいけません。もう一度、最初から見直してみてください」

「はい……」


静かながらも力強い秀蘭の言葉に白兎は小さく頷く。


「それから、白兎様。実は私も気になることがあるのです」

「気になること……?」

「ええ。実は、三十年ほど前にも似たような事件があったのです」


白兎は息を呑んだ。


「三十年前……?」

「はい。後宮の特定の建物で、原因不明の体調不良が多発したのです」

「それでどうなったのですか?」

「建物を改修したところ、症状が治まったと聞いています。今回の件はそれとは別かもしれませんが、もしかしたら建物自体に問題があるのかもしれませんよ」

「建物……」


白兎はハッとした。


(そうか、建物……!壁や床、天井……至る所に塗料が塗られ、何かが混じっていてもおかしくない。これは早急に調べなければ!)


「秀蘭様、ありがとうございます!新たな可能性が見えてきました。行儀が悪くて申し訳ないのですが、失礼して……!」


せっかく淹れてもらった茶を一気に飲み干すなど礼儀に反するが、そうも言ってられず白兎はさっと飲み干して立ち上がった。

そして深々と頭を下げてすぐに出て行ってしまう白兎を、秀蘭は「あらまぁ」と優しい顔で見送った。




再び後宮へと戻った白兎は、古い記録を調べるため宮中の様々な記録を管理する場所――書記局を訪ねることにした。


白兎が入ると、四十代ほどの真面目そうな顔立ちの男が机に向かって書類を整理していた。


「あの、すみません」


白兎が声をかけると男が顔を上げる。


「何か御用ですか」

「私は錬丹術師の白兎と申します。三十年前の後宮の記録を見せていただきたいのですが」

「三十年前……?何の記録ですか」

「体調不良が多発した事件の記録です」


眉をひそめていた男だが、少し考える素振りを見せて頷いた。


「分かりました。私は文淵(ぶんえん)、ここで書記官を務めております」

「文淵様、ありがとうございます!」

「では、そこで待っていてください」

「よろしくお願いします」


書庫の奥へと入って行った文淵は、しばらくして古い巻物を持って戻ってきた。


「これです」


白兎が巻物を広げれば、そこには三十年前の事件の詳細が記されていた。


『凝翠宮の一部で原因不明の体調不良が多発。医師たちも原因を特定できず。だが、建物を改修したところ症状が治まった。』


「建物の改修……」


白兎は記録をさらに読み進める。

すると、ある記述を見つけた。


『壁の塗料に問題があったと推測される。新しい塗料に塗り替えたことで解決。』


「壁の塗料……!」


(やはり、塗料だ。塗料について詳しく調べる必要がある。)


「文淵様、ありがとうございました!」


白兎は深く礼をして書記局を後にした。




急いで後宮に戻った白兎は、凝翠宮の建物を詳しく調べるため楊公公に相談をした。


「建築技師ですか?」

「はい。今回の事件に凝翠宮の壁が関係していると思われます。しかし、建物の構造や材料について私は素人です。そこで専門家のお力をお借りしたい」

「なるほど、そういうことですか。それでしたら趙工匠(ちょうこうしょう)が良いでしょう。宮中の建物の管理を担当しています」

「紹介していただけますか」

「もちろんです。明日には会えるようにします」


楊公公の言葉通り、白兎は翌日には宮廷建築技師に会うことができた。仕事のできる宦官――楊公公のおかげだ。

趙は五十代ほどの、がっしりとした体格の男だった。


「白兎様ですね。楊公公から話は聞いております」

「白兎です。当然の呼び出しにも関わらず応じていただきありがとうございます。本日はよろしくお願いします!」

「それで、私は何をすればよいのですか」

「後宮で続出する体調不良の原因に、凝翠宮が関係しているのではないかと疑っています。そこで、凝翠宮の壁や床、天井に使われている材料について調べたいのです」

「なるほど。では、一緒に見に行きましょう」


そうして趙と白兎は凝翠宮に向かい、建物を詳しく調べ始めた。

趙が壁を叩き、床を確認し、天井を見上げる。


「うーむ……」


趙工匠は唸った。


「記録によれば、この建物は十年ほど前に一度改修されています」

「十年前……」

「ええ。その時に壁の塗料を塗り替えたはずです」


趙工匠は壁を撫で、眉をひそめる。


「しかし……この塗料、少し変なのです」

「変?」

「ええ。通常使われる塗料とは質感が違います」


趙工匠は小刀を取り出すと壁を少し削り取った。それを白兎は手のひらで受け取る。


「どうです?感触が妙でしょう?」

「そうですね。……これは!」


匂いを嗅いだ白兎は驚く。

微かに金属臭がしたのだ。


「趙工匠様、この塗料の成分を調べさせていただけますか」

「もちろんです」


白兎はすぐに凝翠宮を離れると、それを作業場へと持ち帰り調べる。

その結果、恐ろしい事実が判明した。


「やはり……」


この塗料には鉛と水銀が含まれている。

長期間この建物にいれば、少しずつ有害物質を吸い込むことになるだろう。それが体調不良の原因だったのだ。


「見つけた……!」


白兎は確信した。

今度こそ、本当の原因を突き止めたのだ。




翌朝、白兎は塗料のサンプルと分析結果を持って尚薬局(しょうやくきょく)を訪れた。|毎度のことであるが、楚大人そだいじんに報告するためだ。


「楚大人、お時間よろしいでしょうか」


白兎が部屋に入ると楚大人は書類を読んでいた。


「白兎か。何の用だ」

「後宮の体調不良の件で。原因が判明しました」

「ほう、それは本当か」

「はい」


白兎は塗料のサンプルと分析結果を机に置く。

楚大人は分析結果を手に取ったのを見て、白兎は説明を始める。


「凝翠宮は十年前にも改修されています。その際使われた壁の塗料に鉛と水銀が含まれていました。長期間あの建物にいることで有害物質を少しずつ吸い込み、体調不良を引き起こしていたのです」

「……確かに、これは問題だな。だが、何故このような塗料が使われたのだ」

「それは……分かりません。十年前の改修工事の記録を調べましたが、不自然な点があります」

「不自然な点?」

「…………」

「何を躊躇っている。ちゃんと報告しろ」

「……実は、発注者の名前が消されているのです」


思わぬ言葉に楚大人は眉をひそめた。


「名前が消されている……?」

「はい……。意図的に隠されたとしか思えません」


白兎の言葉に楚大人は腕を組んで考え込んだ。


「それは……重大な告発だぞ、白兎」

「はい、承知しております。ですが、私は嘘を申しておりません」

「……だろうな。お前は怪しげな錬丹術を使うが、嘘はつかない。……分かった。この件は私からも陛下に報告する。お前は柳皇貴妃に報告しろ」

「はい」


深く頭を下げ尚薬局を出ようとする白兎に、楚大人が声をかける。


「白兎」

「はい」

「……よくやった」


楚大人は素っ気なく言った。


(褒められた……!!)


あの楚大人に褒められるとやはりそわそわとして、妙に居心地が悪い。


「あ、ありがとうございます……」

「ただし」

「……はい?」

「お前はまだ若いのだから、この件は忘れろ。深入りするな。黒幕が誰であれ、お前の手に負える相手ではない」

「しかし」

「いいか、お前は原因を突き止めた。それで十分だ。後は大人に任せろ」


楚大人の言葉には白兎を心配する気持ちが込められていた。

白兎は少し驚いたが、頷いた。


「……分かりました」


尚薬局を後にしながら白兎は考える。


(楚大人、私のことを心配してくれている……。)


最初は冷たく当たられていたが、少しずつ関係が変わってきている気がする。

それが白兎には少し嬉しかった。


尚薬局を出た足で凝翠宮を訪れた白兎は、楚大人に言われたようにそのままを柳皇貴妃に報告した。


「壁の塗料……か。では、香料は関係なかったのだな」

「はい。申し訳ございません。最初の判断が誤っておりました」

「まあ、良い。結果的に原因が分かったのだからな」


柳皇貴妃は立ち上がる。


「では、すぐに被害者たちを別の建物に移す。そして凝翠宮を改修させる」

「はい。それが最善かと」


柳皇貴妃は窓の外を見た。その横顔が僅かに険しくなる。


「……いったい、誰がこのようなことを」

「十年前の改修工事の記録に不自然な点がありました」


(皇貴妃様には報告してよい、という話だったはず。それに、彼女は渦中の人物なのだから知る権利がある。)


「塗料の発注者の名前が消されていたのです」


柳皇貴妃の表情が更に険しくなった。


「では、これは私を狙った長期的な暗殺計画ということか……」

「恐らくは。ですが確証はありません」


白兎は慎重に言った。

柳皇貴妃が白兎を振り返る。


「白兎、お前は賢い。だが、この件にはこれ以上関わるな」

「えっ」

「黒幕が誰であれ、お前の命が狙われる可能性がある。原因を突き止めただけで十分だ。後は私が処理する」


楚大人とまったく同じ言葉だった。


(皇貴妃様まで私を心配してくれている……。一介の錬丹術師に、何故そこまで……。)


正直、宮中の人間は皆冷たいと思っていた。

血も通っていない獣だと噂する民も多い。争いごとも多いと聞くし、実際白兎はここに来てからずっと何かに巻き込まれている気がする。

――それでも。白兎が関わった大人は皆優しい。


「……分かりました」


そう答え、白兎は凝翠宮を後にした。


後宮の中庭を歩きながら白兎は考える。


(結局、黒幕は誰なのだろう……。……皇貴妃様には死んで欲しくない。もちろん、楚大人にもだ。)


「白兎!」


明るい声に振り返れば、華蓮(かれん)が駆け寄ってきているところだった。


「華蓮様」

「聞いたわよ。原因が分かったんですって?」

「はい」

「お手柄ね!」

「いえ、最初は香料と間違えてしまいましたので……。まだまだ精進が足りません」

「結局原因は何だったの?」

「塗料です。本来含まれないはずの鉛と水銀が含まれた塗料を使っていることで、それらがしみ出した空気を吸い、少しずつ皆さまの体内に蓄積されていったのかと」

「じゃあ、建物を移れば私たちは助かるの?」

「えぇ。症状は徐々に改善するはずです」


華蓮はほっと胸を撫で下ろし、白兎の手を取った。


「よかった……ありがとう、白兎」

「いえ、当然のことをしただけです」

「でもね、白兎。気をつけて」

「え?」

「後宮は怖い場所よ。誰かが皇貴妃様を狙っていたのなら、真相に近づいたあなたも危ないかもしれない」


そんな――と思ったが、華蓮の目は真剣だ。

白兎は静かに頷く。


「……気を付けます」

「そうして、あなたとはもっとお話ししたいから。白兎、また会いましょうね」


華蓮が去った後、白兎は思った。


(皆、私を心配してくれている……。)


楚大人も、柳皇貴妃も、華蓮も。


宮中に来た当初は誰も信じられないと思っていたのに、いつの間にかこんなにも多くの人が白兎を気にかけてくれていた。

白兎もまた、自分の中の何かが変わっていくのを感じていた。


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