表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

第5話 偽の錬丹術師事件~真相~


(何かを見落としている気がする……。)


夜、白兎は一人宿の部屋で考え込んでいた。


(あれは確かに青竜花の中毒症状だ。匂いも、以前嗅いだことがあるから間違いない。……そういえばあれはどこから混入したんだ?……もし群生地が近くにあるのだとしたら、青竜花が紛れ込んだのは井戸だけじゃないってこと……?)


白兎は薬箱から本草書を取り出した。不老長寿など、薬の研究をする学問である本草学はごく一般的なもので、楚大人もよくこれを参考にしている。


(セキリュウカ、セキリュウカ……あった!)


『青竜花は珍しい種である上、発芽条件も厳しい。乾燥した地には咲かず、主に湿った場所を好む。たとえば川辺、井戸の周り、牧草地などだ。』


「牧草地……?」


白兎ははっとした。


「もしかして、家畜が青竜花を食べているのか……?でも、それなら肉を食べた者にも中毒症状が現れるはず……。今日の夕食に出されたスープにもごろっと肉が入っていたし、もしそれなら今頃とっくに私も――……」


いや、待て。

白兎は改めてこの町で食べた食事の内容と被害者の食事の内容を思い出す。


「…………肉ではなく、乳だとしたら?」


白兎が飲んだスープは出汁を取ったスープだ。でも、被害者たちの食事にはミルクやチーズなどの形で必ず乳が含まれていた。

乳は、血だ。家畜の食べたものがそのまま反映される。


白兎は急いで楊公公を呼ぶ。


「被害者の家に牛や山羊はいますか。それと、牧草地は共有でしょうか」

「さあ……どうでしょう。しかし小さな町ですから、恐らく牧草地は共有しているでしょうね。確認してきます」


楊公公はすぐに確認をしに行ってくれたようで、程なくして戻ってきた。


「すべての家ではありませんが、五軒のうち三軒には牛か山羊がいるそうです」

「他の二軒は?」

「一軒は隣の家から乳を分けてもらっているそうです」

「では残りの一軒は?」

「チーズを作る商人から買っているそうです」

「では牧草地は?」

「すべて同じです」

「やっぱり、そうだ」

「やっぱりとは?」

「楊公公様。明朝、すぐに牧草地へと向かいます」

「……何か分かったのですね。かしこまりました」


深々と頭を下げた楊公公を横目に、白兎は作戦を練っていた。


翌朝、朝食もとらずに牧草地を訪れた白兎は、目を凝らして目的の物を探す。

朝早いこともありまだ家畜は放牧されておらず、すぐにそれは見つかった。


「…………あった」


普通の牧草に混じって見覚えのある青い花が咲いている。

――青竜花だ。


珍しいだけあって量は多くない。この量であればたとえすべて食べたとしても牛や山羊といった大きな動物が中毒症状になることはないだろう。

しかし、少量でも毎日摂取すれば体内に蓄積される。そして牛や山羊の血肉となった青竜花の毒は乳として排出されるのだ。


隣にいた楊公公が白兎に尋ねる。


「青竜花ですね。これを家畜が食べたのでしょうか」

「そうだと思います。そして、その乳を町の人間が飲んだ」

「牛は賢いから毒草を食べないと聞きますが、あれは嘘でしたね」

「若い草と見分けがつかないこともありますよ。特に青竜花の若葉は他の草と似ていますから」

「確かに――見かけはすごく綺麗なんですが、恐ろしい花です」


楊公公の言葉に白兎は頷いた。

花も、人間も、見た目が美しくともその内は恐ろしかったりするものだ。


「しかし、これで解決ですね」

「まだです」

「まだ?」

「一軒、チーズを買っている被害者がいましたよね」

「あぁ……。確かに、あれはこの牧草地とは関係がない」

「次はチーズを売っている商人を訪ねましょう」

「かしこまりました」


そうして白兎と楊公公は牧草地を後にし、商人を訪ねた。


「こんにちは。今日はまだチーズは入荷していないんだ。もうちょっと待ってくれたら――」

「あなたのチーズを買った家で中毒者が出ています」

「……なんだと!いきなり何を言うかと思えば、でたらめを。私のチーズは清潔に作っているんだ。そんなはずはない!」

「チーズに毒が入っているとも、あなたの製造に問題があるとも言っていません。ただ、その原料である乳に毒が含まれていた可能性があるのです」

「…………乳に?」

「はい。あなたがどこから乳を仕入れているのか、教えていただけませんか」


最初は憤慨していた商人だが、白兎の言葉に大人しく答えてくれる気になったようだ。


「この町の農家からだ」

「その農家の牛はどこで草を食べていますか」

「もちろん、町の共有牧草地に決まってるだろ?」

「……そうですよね。ありがとうございます。おかげで確信が持てました」

「確信?」

「はい。やはり、すべてはあそこで始まったのです」


(すべてが繋がった。あの牧草地に何の偶然か青竜花が生え、それを家畜が食し、消化されず蓄積された毒が乳となり体外へと排出され、人間が食した。……井戸の水だけが原因では、なかった。)


恐らく誰もが毒入りの乳を口にしている。

しかし、中毒症状に陥ったか否かの違いは摂取量だろう。

青竜花に限らず、毒というものは少量ならば体が勝手に排出してくれるが、大量かつ継続的に摂取すると体に蓄積されてしまうのだ。


「楊公公様」

「はい」

「今すぐ皆さんを牧草地に集めてください」

「かしこまりました」


楊公公は笑い、町の皆に声をかけに向かった。


そして、牧草地で。

大勢の人間からけして友好的とは言えない視線を向けられながら、白兎はこれまでの調査結果を説明を始める。


「皆さん、真相が分かりました」


「真相だと!」

「そんなものがあるか!大嘘つきめ!」

「また俺たちを騙して今度は金品でも巻き上げるつもりなんだ!」


口々に上がる罵詈雑言に一瞬怯んでしまうが、白兎は意を決して言葉を続ける。


「まず、結論から申し上げます。原因は青竜花です」

「ほら見ろ!騙すつもりだ!」

「あの井戸は使っていないぞ!」

「落ち着いてください。そもそも、あの井戸にあった青竜花もどこから来たのでしょうか。一輪の花が落ちているだけ――そんなことはないだろうと、あの時疑うべきだったのは確かです。すみません」

「…………」

「……じゃあ、どこから来たんだよ」

「牧草地です」


周囲がざわめく。


「牧草地だと!?」

「ってことはなんだ、それを食った家畜の肉を食べたからって言うのか!」

「いいえ、違います。原因はその乳です。少量であれば問題ありません。しかし、少しずつでも大量に摂取すれば体が処理しきれず体内に蓄積され、中毒症状を引き起こします」


誰も、もう何も言わなかった。

楊公公はその様子を横で静かに見守っている。


「井戸の水も確かに青竜花で汚染されていました。ですが、それだけではなかったのです。主たる原因は牧草地――そこで青竜花を口にした牛や山羊の乳でした」

「では、どうすればいいんだ」

「まず、牧草地の青竜花を根から引き抜きすべて除去してください。土も汚染されている可能性があるので、周りの土も入れ替えた方が無難でしょう。そしてしばらくの間――少なくとも二週間は牛や山羊の乳を飲まないでください。もちろん、それで作られたチーズやバターも食べてはいけません。動物の体内から毒が完全に排出されるまで待つのです」

「二週間も?」

「はい。確実に生きたいのなら」


町の人々が顔を見合わせる。白兎の言葉には説得力があった。

それを見て、白兎は深く頭を下げる。


「改めて、謝らせてください。あの時私が花の出どころを疑っていれば、井戸だけが原因だと決めつけなければ、被害が広がることはありませんでした。大変申し訳ございません」


「…………いや」

「……よく考えれば、井戸だって言われてなくてもこうなってたよなぁ」

「あぁ、そうだな」

「よし、皆で今から牧草地で作業するか!」


先ほどまでの空気とは一転、柔らかく明るい雰囲気になったことに白兎は胸を撫でおろす。


「私も手伝います」

「女みたいな細腕で大丈夫か?」

「男ですから!大丈夫です!」


腕を捲って握りこぶしを作ってみせた白兎の二の腕は細く、こぶもまったく見えなくて、町の人間たちは「「ははは!!」」と楽し気に笑った。




作業が終わる頃には日が暮れていた。

帰ろうと楊公公と共に身支度をする白兎の元を町長が訪れる。


「町の者が失礼しました。あなたは最初からずっと、関りもないこの町を救おうとしてくれていたのに」

「いえ、私こそ最初の判断が不十分でした。なので、これで手打ちにしましょう」

「優しいお方ですね。わざわざ戻って調査してくれたこと、そしてこの町を救ってくれたこと、改めてお礼申し上げます」


そうして町長が去ったのを見送って、楊公公は感心したように言った。


「白兎様は本当に素晴らしい観察眼をお持ちですね」

「いいえ。最初から気づけなかったのですから、私もまだまだ未熟です」

「ご謙遜を。最近の若い方は才気に溢れているというのに謙虚な方が多い」

「そうでしょうか」

「えぇ。文官の蘭羽様などまさにそのお一人です」


――蘭羽。

その名前に、あの夜月の下で出会った美しい男を思い出す。


「蘭羽様はどのような方ですか」

「おや、興味がおありですか。さすが宮廷の貴公子、おモテになられますね」

「……ただ質問しただけなので忘れてください。それより、今回は疲れました」

「そうですね、早く都に帰りましょうか」

「はい」


都へと戻る道中、白兎は考え込んでいた。


(今回の件で自分の浅慮さを思い知らされた……。短絡的に判断してはいけない。もっと学び、もっと観察をして、常に疑わなければいけない。それが、宮廷に仕えるということだ。)


これから陰謀渦巻く宮廷に戻ることを思うと少し憂鬱にも思えたが、それよりも眠気の方が勝って、心地よい馬車の揺れに揺られながら白兎はそっと目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ