第4話 偽の錬丹術師事件~青竜花の罠~
柳皇貴妃の侍女を救ってから既に一週間。
いつ呼び出されるかとビクビクしていた白兎だが、意外にも声はかからず悠々自適に自室で過ごしていた。
(そりゃあそうか。知恵を貸して欲しいということは、何か事件が起きたり何か不穏な動きがあったりした時に私を使いたいというわけで、常日頃そばにいて欲しいというわけじゃないんだから。)
安堵した白兎は鼻歌を歌いながら作業場で金丹の材料を整理していた。
皇帝からの正式な命令はまだ下っていない。
だがいつでも呼び出しに応えられるように準備を進めておく必要がある。
(さて、まずは辰砂を坩堝に入れて――。)
「白兎様!」
「…………」
ドンッ!ドンッ!と激しく鳴る音。
木の扉が軋むほどのその力に既視感を覚え、もしやついに柳皇貴妃の呼び出しか――?と扉を開ける。
「よかった、いましたね!」
しかしそこにいたのはあの夜の若い内侍ではなく、白兎を宮廷まで届けてくれた楊公公であった。
「どうしたんですか、そんなに青ざめて」
「大変なことになりました」
「何があったのですか?」
「あの宿場町でまた死者が出たのです」
白兎は息を呑んだ。
「しかし、井戸は封鎖したはずでは……」
「それが新しい水源を使っているにも関わらず、被害者が増えているというのです」
楊公公は焦った様子で続ける。
「町の者たちはあなたが嘘をついたのだと言っています。『偽の錬丹術師だ』『詐欺だ』と」
白兎は血の気が引くのを感じた。
「楚大人もこのことを知っておられます。すぐに尚薬局に来るようにとのことです」
「……かしこまりました」
(そんな、あれは確かに青竜花のせいだったはずで……。)
自分が間違っていたとは思えない。しかし実際に被害者が増え続けているとしたのなら大問題だ。
白兎は慌てて身支度を済ませ、恐ろしい顔をしているであろう楚大人の待つ尚薬局へと向かった。
尚薬局に入るとやはり厳しい表情で楚大人が待っていた。
その隣には宮廷の法官も立っている。
「白兎、お前は宿場町で井戸の水に青竜花が混入していると言ったそうだな」
「はい」
「だが井戸を封鎖したにも関わらず被害者が増えている。昨夜だけで二名が死亡、三名が重体だ。どういうことだ」
(そんなにも……!)
白兎は救えなかった命を思い唇を噛む。
その顔が反抗しているように思えたのか、楚大人が僅かに声を荒げた。
「大問題だぞ!宮廷に参じる道中でそのようなことをしでかして、いったいどういうつもりなのだ。国の評判に泥を塗ってやろうというつもりだったのか!」
「いえ!決してそんなことは……!」
「なら何だ、お前が嘘をついたことは明白だろう!」
(噓……嘘ではない。確かにあの井戸には青竜花が混入していた。それは間違いない。では、何故……?どうして新しい水源を使っているのに被害が続いているんだ……?)
白兎は必死に考えるが、ここで頭を悩ませても答えなど出てこない。
「……楚大人。恐れながら申し上げます。少し時間をいただけませんか」
「時間を?人々が忘れるのを待てと言うのか!」
「いえっ、違います!私をもう一度あの町に行かせてください。必ず真相を突き止め汚名を晴らしてみせます!」
白兎は深く頭を下げた。
白兎の言葉に楚大人は不機嫌そうに腕を組んでいる。
「泥の上塗りをすることになるのではないか?」
「その時は――如何様にも責任を取ります」
「死ねと言えば死ぬのか」
「…………お望みであれば」
「……はっ。お前の命にそこまでの価値はない。死ぬくらいなら死ぬ気で真相を突き止めろ」
「楚大人……!」
「三日だ。三日以内に真相を突き止めなければお前を宮廷から追放する。それだけでは済まぬかもしれんぞ。誤診によって人が死んだのだ。場合によってはお前の親族まで罪に問われる」
白兎の背筋に冷たいものが走った。
(師匠……。)
ぐっと拳を握り、頷く。
「はい。必ず、暴いて見せます」
白兎は深く頭を下げ尚薬局を後にした。
その日のうちに白兎は楊公公と共に宿場町へと向かった。
町に到着すると住民たちの様子が一変していた。
前回の感謝はどこへやら、敵意に満ちた目で白兎を見ている。
「あの偽術師だ」
「井戸を封鎖したのにまだ人が倒れている」
「お前のせいでさらに死人が出た」
「詐欺師め!」
石を投げようとする者もいて、楊公公が慌てて制止する。
「落ち着いてください!白兎様は真相を究明するために戻ってこられたのです」
だが町の人々の怒りは収まらない。
白兎は何も言い返さず、まず被害者の様子を確認させてもらおうとした。
「私のせいで不安にさせてしまい申し訳ございません。ですが、どうかお願いします。被害者の方々を診察させていただけませんでしょうか……!」
「誰が触らせるものか!」
一人の大柄な男が人垣から現れ、白兎の前に立ちはだかる。
身内が倒れでもしたのか、体格に比べ顔が痩せこけて見えるのは恐らく心労のせいだろう。
「お前のせいで被害者が増え続けているんだ!また嘘をつかれ、怪しげな錬丹術とやらで遊ばれても困る」
「いえ、私は嘘をついておりません!」
「何だと!じゃあ何故あの井戸を使っていないのにこうも被害が増え続けているんだ!もしや、新たな井戸にも毒が混入しているとでも言うつもりか!」
「私にも分からないのです!ですから、調べたい。必ず原因を突き止め、この被害を食い止めさせてください……!」
必死に頭を下げる白兎の目には嘘は見えず、力強ささえ見える。
その様子に男がぐっと言葉を詰まらせたところで待ちの代表を名乗る者が姿を現した。
「私がこの町の町長です」
「錬丹術師の弟子――いえ、錬丹術師の白兎です」
「本当に、被害がなくなるのですね」
「分かりません」
「……!」
「ですが、私のすべてを以て、必ずや真実を暴いてみせます」
正直なところ、真実を暴けるかどうかは賭けだった。
しかし白兎はこのままこの町を見捨ててはおけない。手を出した以上、最後までしっかりと関わるつもりだ。
(現状、原因は青竜花以外に考えられない。それ以外に原因があるのかも、それを私が突き止められるのかも未知数だ。……でも、やろう。これは私が解決するべきことだ。)
町長は頷き、「案内してやってくれ」と先ほどまで声を荒げていた大柄な男に声をかけた。
「白兎様」
「はい」
「三日です。三日で原因がわからなければ、二度とこの町には来ないでください」
「……心得ました」
奇しくも楚大人に出された条件と一致している。
三日、たった三日で――。白兎の喉が小さくコクッと鳴った。
男に案内されたのは、被害者たちを隔離しているという小屋だった。
(疫病を疑っているのか。正しい判断だ。)
「念のため口を布で覆われた方がよろしいのではないですか」
楊公公が言ってくるが、白兎は笑って首を横に振る。
「大丈夫です。これは伝染する病ではないですから」
「しかし……」
「楊公公様は口を覆われてください。ですが、私は大丈夫です」
「何故そう思われるのですか」
「これが伝染するものであれば、今頃この町に歩ける者はいないはずですから」
あの日、白兎がこの宿場町に泊まった時、酒場で見た町の人間たちは一つの食器をいくつも共有していた。それだけじゃない。あまり手入れのされていない部屋、人が密になった公衆浴場、色んなものが飛沫した便所――とても衛生的に清潔とはいえない環境だ。
こんな場所で伝染病などが流行ったのなら今事とっくにこの町は死んでいる。
(ついでに衛生観念についても指導した方がよさそうだけど……今はまずこっちだ。)
横並びに横たえられている新たな被害者たちを、白兎死は膝をついて診察する。
楚大人は重体患者が三名と言っていた。しかし、今は五人に増えている。
(厄介だな。早く何とかしないとこのままでは……。)
症状は前回と同じだった。
激しい嘔吐に痙攣。瞳孔の拡大、呼吸困難。口を開けば嘔吐臭に混じって独特な匂いもする。
間違いなく青竜花による中毒症状だ。
「何か分かりましたか」
白兎を信じてくれているのか、口を露わにしたままの楊公公が尋ねてくる。
「……いえ。やはり青竜花による中毒症状に見えます」
「そうですか……」
「新しい水源も見てみましょう。すみませんが案内していただけますか」
大柄の男は嫌そうにしたが、町長の命もあるため渋々白兎たちを新たな井戸へと案内してくれる。
「ここだ」
「……特に変わった様子はないですね」
「言っただろ、何もないって。で、それでも花が原因だって?」
「患者を診た限りではそう思います。ですが、確かにこの水源は安全だ」
(では一体どこから……?)
白兎は頭を抱えた。
「さっきの――患者の一人は、俺の兄だ。二日前に激しい腹痛を訴えて、いきなり大量に吐いちまって……」
「……お兄様は例の井戸の水は飲んではいませんね?」
「当たり前だ。とっくに封鎖している」
「では、何を食べましたか」
「普通の食事だ。パンに野菜の煮物にチーズに……」
「煮物……?それにあの井戸の水を使った、という可能性は?」
「ないだろ、封鎖してるんだから」
「そうですよね……」
「俺たちは新しい井戸の水しか使っていない」
(これは難問だ……。食べたものに問題があるようにも思えない。)
「ありがとうございます。念のため他の被害者の家族にも話を聞きたいのですが」
「……分かった。案内する」
白兎が真剣に調査をしていることに気づいたのか、大柄な男は素直に頷いた。
白兎は教えてもらった被害者の家を一軒一軒回った。
食事の内容、生活習慣、職業。
重要そうなことから些細なことまで尋ね、共通点を探そうとする。でもすぐには見つからない。
(畑仕事に織物に商い――職業はバラバラだ。それに、食事の内容も統一性がない。)
それでも白兎は町を歩き回り調査を続けた。




