EP04.大切なもの
視界の端、乱暴に開け放たれた扉。
食卓を挟んだ向こうには、伴を連れた青年が名を名乗った。
燃えるような赤髪はつんと立ち、黒を基調とし金糸で仕立てられた正装が、尊大さを際立たせている。
彼が、ワイルズ国ギデオン王子?
いやその前に、婚約者と言ったか?
辺境伯は知っている? フローラも?
――冷静になれ。相手は他国の第一王子だ。
「……これは失礼いたしました。私はシビルズ国第二王子ルイス・フェアバンクスと申します。以後お見知り置きを」
“ふっ”と、漏れ聞こえる呼吸。満足そうな笑みだ。
視界の端、顔に陰を落とした辺境伯が口を開いた。
「ギデオン殿下、このように我が家は、賓客の歓待中でございます。日を改めて頂きたく存じます」
「ほう?」
ギデオンの眉がひそみ、口角が上がる。この状況を、面白がっているのか? ……少々不愉快だな。
「なにやら、込み入った事情がありそうだ。私は下がらせてもらう」
コーディがイスを引き、護衛騎士がにわかに動き出す。
「お待ち下さい、ルイス殿下!!」
切迫した辺境伯の声は、いくつもの背中で遮られていった。
客間に着くと、重苦しい空気が流れる。側近達からは、気遣うような視線と、静かな怒りを感じる。
それもそのはず。婚約破棄を願われたあの日、共に居た者達だ。フローラがワイルズ国の王子に嫁ぐというのも聞いている。その上で、張本人からの“婚約者”発言。これでは――
「ナイト家がワイルズ国に通じた、という事か」
ぴきりと緊張が走り、息を呑む声が聞こえる。
「ただ、これみよがしにも見える」
「……と、言いますと?」
コーディが恐る恐る返す。
「今宵の歓待は素晴らしいものだった。それを台無しにするこの流れ、“どうぞ疑ってください”と、言わんばかりだろう」
「確かに」
「それに辺境伯の狼狽ぶりと、フローラの動揺。どうも腑に落ちない」
表面上の確信が綻び、疑念が生じていく。
「とりあえず辺境伯の弁明を待つとしよう。判断を下すには、それからでも遅くない」
「かしこまりました」
それから間もなく、辺境伯はフローラを伴い、私の下へ跪いた。
沈痛な面持ちの辺境伯と、怯えを隠せないフローラ。
ずきりと胸が痛む――ダメだ、しっかりしろ。
「……では、卿の言い分を聞こうか」
辺境伯はわずかに動き、ブルーグレイの髪が揺れる。
「今宵の夜会は、ルイス殿下のために用意させていただきました。かの御仁の乱入は、想定外でございます」
「だろうな。卿の慌て様、珍しいものを見た」
「……面目次第もございません」
辺境伯の気持ちが沈む。やはり、謀ったわけではなさそうだが……まあ良い。もう一つ、確認しなければならない事がある。
「一つ聞きたい。彼は婚約者なのか?」
「ギデオン殿下の口約に過ぎません」
「勝手に言っているだけだと?」
「ご明察の通り、ワイルズ国王陛下には、認められておりません」
「それは……」
「ルイス殿下。我らは決して、シビルズの旗を降ろしたわけではございません」
芯の通った辺境伯の声。ざわりと雰囲気が変わる。
「ああ、その言葉は、父上――いや、国王陛下が聞きたかったはずだ」
「……御心を煩わせてしまい、申し訳ございません」
押し殺すような、濡れた声。
「私も卿をいたずらに責める気はない。なにせ義父上になったかもしれない御方だ、無碍にはできない」
「ルイス、殿下」
「今宵の歓待、誠に素晴らしいものであったと、シビルズの父上に伝えておこう」
「……ご配慮痛み入ります」
辺境伯の声に紛れ、フローラと視線が合った気がした。
憂いも怯えもない美しいブルーの瞳が、私を捉えた。
✽ ✽
――翌日、帰還の日
あの後は二人を下がらせ、一悶着あった歓待は幕を閉じた。
主な目的であった情報も得ることができた。後はシビルズ王都に帰還するだけなのだが、帰り際に土産をもたされそうになった。いらないと言ったのだが、何やらたんまりと積まれてしまった。
義父上発言が思いの外効いてしまったか? リップサービスが過ぎたかな。
「では世話になったな」
「ルイス殿下、お気をつけてお帰り下さいませ」
辺境伯とフローラに続き、使用人一同が頭を垂れていく。
一際目立つカーテシーが揺れる。
やはり、この国一番美しいな。
「そうだ、忘れる所だった」
懐に忍ばせていた、古風なハンカチ。
するりと取り出し、軽く掲げる。
「庭園に忘れ物があったんだが。フローラ、知らないか?」
フローラの表情が揺れ、何か言いたげに口を動かそうとしている。
ああ、何も言わなくていいよ。十分だ。
「知らないのであれば、持ち帰るしかないな。持ち主が現れるまで、大切に持っておくとしよう」
フローラは驚きの表情を浮かべるも次第に緩み、笑顔に覆われていく。
「ええ、わたくしには、大切なハンカチがあります」
すらりと美しい指に、ふわりとかかるハンカチ。
それには、きらびやかな刺繍が施されている。
「ほう、それは流行りのものだな」
「お詳しいですわね、ルイス殿下」
「それはもちろん」
花のように可憐な笑み。
蜜のように甘い声
ほんの僅かな会話でも、ここまで満たされる事はない。
ああ、やっぱり良いな――
「ルイス王子、お時間ですよ」
「ルイス殿下、そろそろ……」
心温まるひとときは、コーディと辺境伯の咳払いで、終わってしまった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
突然のライバル登場に、ルイスはどう対処するのか。
そしてフローラとのやりとり。
緊張感や甘い雰囲気を出せるように意識してみました。
次回更新は、一日置きまして2/7(土曜)の予定です。
引き続きよろしくお願いします。




