幕間:兄の思い
時系列は貴族の全体会議前です。
「はあああっ!」
高く乾いた音が訓練場に響き、若いシビルズ訓練兵が膝をつく。
「ま、参りました……」
「お前達、手加減してないだろうな」
「滅相もございません、ルイス殿下」
慌てて手を振り否定する若い兵士達。
「だったら尚更悪い。部隊長、もっとみっちり鍛えてやれ」
「はっ、かしこまりました」
ガタイの良いシビルズ兵士の顔に苦笑が浮かぶ。
訓練兵といえど、二人も膝をつかせてしまった。なんとも釈然としないが、少しは気が紛れる。やはり体を動かすのは良い。
「凄まじい勢いですね、ルイス王子」
訓練場の入口から、コーディの声が近づいてくる。
「どういう意味だ?」
「特に深い意味はございません」
「お前は私をからかいに来たのか?」
「いえ、全体会議の予定をお知らせに来ました――明日の午前中に行います」
社交界シーズンも終わりを迎え、土地持ちの貴族たちは領地へと帰還する。そんな時期の招集だ。それなりに時間がかかると思ったのだが……
「早くないか?」
「どうやら察知していたようで」
「耳ざとい連中だ、忌々しい」
「ルイス王子、お控えください ――どこで聞かれているか、わかりませんからね」
「……かわいくないやつだな、お前」
「失礼いたしました」
コーディの形式ばった態度は、逸らした顔の向こうへ追いやった。
思わず向けた視線の先、伴を連れた御人が現れた。
国王によく似た琥珀の目と、王妃によく似た長めのブロンド。
「フレデリック、兄上?」
「やあ、ルイス。こんな所にいたんだね」
優しげな笑みを浮かべるのは、シビルズ国第一王子フレデリック・フェアバンクス――私の兄上だ。
「失礼いたしました、フレデリック殿下」
慌てて跪く。後方からも同様の動きを感じる。
「顔を上げてルイス、ここに玉座はないよ。皆も楽にしてくれ」
「はっ、仰せのままに」
「ふふっ、これで話せるね」
あどけないな声に雰囲気が和らいでいく。控えているコーディと兵士達の緊張も、ほぐれているようだ。
我が兄フレデリック――“魅惑の君” そう呼ばれているのを聞いたことがある。
兄上はぐるりと訓練場を見渡すと、何か気付いたように口を開く。
「剣術の特訓かい? 次は私が相手をしようか」
「あ、ありがたいお誘いですが、御身に何かあられては、臣民に不安が広まりましょう」
「そうか、では馬で駆けようか」
「……はっ、それならば喜んでお供いたします」
「うん」
ニコリとした屈託のない笑み。ホントにこの人は……
* *
芽吹きの葉が視界を彩る平原。馬の駆け足が小気味良く響き渡る。春になったばかりのせいか、肌を撫でる風は、まだひやりとしている。
開けた場所に着いた頃、兄上は護衛隊長を呼び寄せた。
「すまないが、少し二人きりにさせてくれないか」
「フレデリック殿下それは……」
「たまには兄弟水入らずで話しをしたいんだが、ダメか?」
「わ、わかりました。ですが、見える範囲でお守りさせてください」
「ああ、頼りにしているよ」
すごすごと下がる護衛隊長。歴戦の猛者のような体格をしているけど、兄上には敵わないのか。
「フレデリック殿下、よろしいのですか」
「ルイス、堅苦しいのは無しだ。降りて話そう」
「……はい、兄上」
兄上に合わせ鐙を外し、若草に足を下ろした。
手綱を握りながら横に並ぶと、兄上はゆっくりと口を開いた。
「父上から聞いたよ。まさかフローラ嬢から別れを切り出すなんてね」
珍しく憂いを帯びた兄上の表情に、胸がずきりと痛む。
「端から見ていると、そんな予兆はなかったんだけどね」
「それはどういう意味ですか?」
兄上はぐっと視線を合わせ、不思議そうな顔をしている。
まるで、“お前は何を言ってる?” とでも言われているみたいだ。
「お前たちが揃うと、一帯が甘い雰囲気に包まれるんだよ」
「……は?」
「道行く者は足を止め、見入り、頬を赤く染め上げていく。それはまるで“恋の息吹”……いや、“咲き誇る愛”――どうやら自覚はなかったようだね」
茹だるほど顔が熱い。まさかそんな風になっていたとは。
「だからこそ不思議でならない。フローラ嬢から婚約破棄を宣言したなんて」
とんだ理論だけど、なぜか反論できない。ただ、兄上から見ても、違和感があるという事なのか。
ふと冷たい風が吹き抜け、草木がざわめく。
兄上は風を追うように山間を見やり、口をつぐんだ。
「兄上?」
「ルイス、この一件、もっと別の疑念が浮かんでこないか」
「と、言いますと?」
「アラスター・ナイト辺境伯。父上の戦友とは聞いていたが、なかなかどうして、食えない御仁なのかもしれないね」
兄上が、ゆっくりとこちらを向く。
ブロンドの髪が、さらりと流れる。
「本当に、何も聞いていないのだね?」
ぞくりと背筋をなでる、冷たい声。
心を見透かすような、琥珀の眼。
抗えない、威圧感。
たじろいだその時、不意に手綱が締まる。
耳をつんざく嘶き。棹立つ馬体。
「うおっと! どうどう!」
慌てて馬体を抑えつつ、そのまま答える事しかできない。
「……私は、何も聞いていません」
「そうか、だったら待つしかないようだね」
手がかりらしきものはある。それはフローラの古風なハンカチ。本当に忘れただけなのか、それとも置いていったのか。兄上だったら、お分かりになるだろうか?
「兄上、実は――」
「すまない、ルイス。答えづらい事を聞いてしまったね」
「あ、兄上?」
「そろそろ戻ろう。皆心配している」
振り返る事のない兄の背を見つつ、地を蹴り鞍に腰を落とした。
蹄の音が散る中、護衛と合流するまで会話はない。ほんの数十秒、こんなに長く感じる事があろうか。
「皆、待たせたな。お陰で良い語らいができた」
朗らかな雰囲気が漂う。まるで別世界のよう。
くるりとこちらを向く琥珀の瞳。
そこには、いつもの優しい兄上がいた。
「ルイス、また私と遊んでくれないか?」
「ええ、喜んで ――兄上」
ホントにこの人は……
本エピソードをお読みいただき、ありがとうございます。
本日夜にもう一話幕間を投稿しますので
引き続きよろしくお願いします。




