EP17.突破
小窓から覗くのは開放されたワイルズ王都門。先導するオースティン部隊に続いて、この馬車も抜けていく。途端、どよめく衛兵達。その中から上官らしき者が部隊の先頭に詰め寄る。
「これはどういう事ですか!? オースティン伯!!」
「どうもこうもギデオン殿下のため参上仕った」
「ギ、ギデオン殿下の?」
「ノックス侯が先行しているはずだが――聞いていないのか?」
「あっ、いえ、聞いておりますが……」
衛兵達の勢いが落ちてきた。
「加えて、ハロルド国王陛下がご不調というではないか。それに、同盟国シビルズから見舞いの使者殿がご訪問いただいていたとはな」
「そ、それは終わった話――」
「ただ、見舞いの使者殿は、十分に役目を果たせなかったと嘆いておられる」
上官の声を遮りながら、オースティン伯の声が続く。
「差し出がましくはあるが、このレイバン・オースティン。お力添えできるのではと、参った次第」
「ぐっ……」
「理解したようだな。では、通してもらおう」
「お、お待ちください。王城にまず確認を……」
「であれば共に来るが良い。我らも目指すは王城。手間が省ける」
「は?」
「急げよ。時間が惜しい」
まだ混乱しているのか、慌てて2人ほど馬を用意している。
思わず漏れた笑いが、車内に軽く響く。同乗するコーディの表情も悪くない。
「うまく丸め込んだな」
「最高権力者の名前が出ましたからね」
「何かあれば責任転嫁できると思ったかな?」
「かもしれません」
間もなく馬車は動き出し、ワイルズ王都の街を過ぎていく。
狼煙のように立ち上る黒煙。
軽妙なリズムを刻む槌の音。
呆気にとられる人々の表情。
数日前とは随分雰囲気が違う。不思議な感覚に浸っていると、ワイルズ王城門が見えてきた。
「開門!」
ゆるりと開く王城門。合わせて速度が落ちる馬車に心が焦れる。
馬車を過ぎていく城内兵士達。誰もが警戒しつつも王城への道を促している。だが、王城に用はない。
「……ここからだな」
こくりと頷くコーディの表情は硬く、車内に走る緊張。
途端、馬車の速度が上がり始め、王城から離れて行く。
「なんだ?!」
「ま、待て!!」
「止まれぇ!!」
後方から聞こえる衛兵達の叫び声。騒々しい車輪。跳ねる馬車。振動が伝い揺れる車内。
「おおっと!」
背もたれを掴み座面で耐えていると、王城の北側に差し掛かってきた。
広々とした庭園。数えるほどの使用人と兵士。その中央にぽつんと置かれた離宮は、ちょうど王城に隠れてしまう場所にあった。
次第に馬車の速度がゆるみ、景色が落ち着いてくる。
「ルイス殿下、降車願います」
扉からナイト辺境伯の声。馬車を降りると同時に感じる強い視線。離宮を守る兵士達だ。
「シビルズ国王名代ルイス・フェアバンクス。ハロルド国王陛下ご不調と聞き、見舞いの使者として参った」
動揺する離宮兵士達。
「なっ……!?」
「帰還したはずでは?!」
「あれはオースティン伯か?」
何やら喚いているが、構っていられない。
「な、なりません!」
「ここより先は、立ち入りの許可を――」
「貴公達に、我らを止める道理があろうか?」
離宮兵達の視線が泳ぐ。助けを求めるかのようだが、誰もいないだろうに……なんだ? 後ろが騒がしい。大勢の足音と、金属がこすれる音。そのまま後方を見ると、王城内の兵士達が追いかけてきていた。
「後方抑えろ!」
「応っ!」
オースティン伯が声を上げると、彼の配下達が後方へ遠ざかっていく。
「怪我はさせないように」
「なあに、ワイルズの男達に、そんなヤワな奴はいやしませんよ」
快活な笑い声と共に、すらりと剣を抜く音……急いだ方が良さそうだな。
「申し訳ないが、問答をしている時間は無いようだ――失礼する」
うろたえる離宮兵達の姿が視界の端へと消えていく。
「あ……」
弱々しく漏れ出た声は、開け放たれた扉の音にかき消されていった。
「……っ?!」
「な、何事?!」
扉を抜けたホールには、数人の使用人のみ。そのまま上階を見ると、オースティン伯の声が上がる。
「ルイス殿下、王は上階に」
「ああ、行こう」
ざわつく声を背に、一気に駆け上がる。上階渡り廊下の先、豪奢な扉を守るのは二人の兵士。驚き慌てる様子も、腰に帯びた柄に手をかけた。
「やめておけ――我らは国王陛下のお迎えに上がった」
「なんだと? それはどういう……」
「そのままの意味だ」
オースティン伯の冷ややかな声が響く。
守りの兵士たちは顔を見合わせる。一瞬の逡巡。やがてどちらともなく頷くと、二人は警戒しつつも、じりじりと扉から退いていった。
これで、遮るものは何もない。
息を整え、豪奢な扉をノックする。少し間を置き、扉の向こうから“開いているだろう”という声。
「失礼いたします」
扉を抜けた先は広めの執務室。窓辺にはソファーが置かれ、一人の御仁が座っていた。長めのブロンドは肩まで垂れ、真紅のローブにかかっている。一見老齢ではあるが、その姿には気品を感じる。
ゆるりと顔がこちらを向く。微かに眉を動かしながら、口を開いた。
「何者だ」
畏怖を感じる声の圧力。父王と同等か、それ以上……この御方がハロルド国王か。
慌てて跪き、頭を垂れる。次いで後方からも同様の音と気配を感じる。
「非礼をお詫びいたします。シビルズ国王名代ルイス・フェアバンクスと申します」
「シビルズ国だと?……オーブリーの倅か。こんな所に何用だ」
「ハロルド国王陛下がご不調だと知り、見舞いの使者として参りました」
「見舞い、とな?」
「はっ、治癒師を同行させております。差し支えなければ、治癒を――」
「それには及ばん」
ずんと重く響く声。
「顔をあげよ」
抗えず見上げた先には、疲れた表情があった。
だが、ぎらりとした青い眼が私を見ている。
「此処に来たという事は、状況を理解しているのだな」
「はっ」
「ギデオンは?」
「玉座におられます」
「そうか……」
暗く沈むような声。
「そなたは、余に何を望む」
「……陛下の御心が全てでございます」
「ふむ」
素っ気ない声。“面白くない”とでも言われているようだ。
かと言って、私からはこれ以上は何も――
本当か? 当たり障りの無い事を言うために、わざわざ此処に来たのか?
今一度ハロルド国王を見据える。
「しかしながら、玉座とは正統な王こそが、座るべきかと存じます」
流れる沈黙。
じっと見つめたままの青い眼
……失敗したか?
ふとハロルド国王は笑みを浮かべ、口を開いた。
「道理である」
空気が和らいでいく。同時にハロルド国王は、ぐるりと周りを見やった。
「ほう、レイバンまでいるのか。久しいな」
「ご無沙汰しております、ハロルド国王陛下」
「そなたまで余を王と呼ぶか……誰の差し金だ?」
「ノックス侯に駆り出されましてな。微力ながらも我ら北の民。御役に立てるかと、馳せ参じました」
「なるほど、バーナードか……であれば、北の者だけではないな?」
「ご明察の通りでございます」
ハロルド国王は、“ふむ”と呟くと、視線を落とし口元に手をやると口をつぐんだ。
しばし無言が流れ、一つ二つと頷くと視線が変わる。誰でもない、ここにいる全ての者を見ている。
「……良いだろう」
ソファから立ち上がり、真紅のローブが揺れる。
「此処を出る。皆、伴を致せ」
降りかかる力強い声に、自然と頭を垂れてしまった。
「はっ、かしこまりました」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本日夜にもう一話幕間を投稿予定です。
引き続き、よろしくお願いします。




