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EP16.覚悟


賑やかな夜が明けた、ワイルズ北方地の朝。冷ややかな春風吹きすさぶ中、オースティン伯の部隊が合流していく。ずらりと並ぶ北の兵士達。全体的に小柄だが、ここからでも威圧感を感じる。

ちらちらと、夜会で見覚えのある顔がある。誰もが意気揚々とした表情。


「オースティン伯、皆も大事ないか」

「なんの事ですかな?」

「昨夜は浴びるほど飲んでいたように見えたが」

「なあに、あれしきの量でくたばる男はおりませんよ!」

いくつもの太い笑い声が響き渡る。


「それならば良い――出るぞ」

「はっ、仰せのままに」


一段と強固になった部隊は東進し、ワイルズ国へと向かう。

道中滞在地を含め、いくつか北方領地を周り、さらに協力を仰いでいく。前もってノックス侯が呼びかけていた事や、オースティン伯の後押しもあり順調だった。しかし、ワイルズ王都に近づくにつれ、その返答は曖昧になっていく。



――ワイルズ王都近郊 北東伯爵領 伯爵執務室


最後の滞在地となる北東伯爵領。ここでも交渉してみるが、やはり感触は悪い。

なかなか明確な返答を得られず諦めかけていた時、視界に入る分厚い体。間を置かずオースティン伯の野太い声が響く。

「地方領故、王都政争に与しないのは理解する。だがこの地はハロルド国王陛下より任されたのであろう?」

「……それは」

「王が排されたと知った上で、煮え切らん返答が許されると思っているのか!」

咆えるような怒号に、たじろぐ北東伯。そのまま視線を落とし黙り込んでしまった。


「オースティン伯、もう十分だ」

「ルイス殿下、しかし――」

「貴殿の言い分はわかる。だがこのままでは話ができないだろう」

「……かしこまりました」

無表情のオースティン伯が後ろに控えていく。

改めて北東伯を見ると、すっかり萎縮している。やれやれ……


「北東伯殿、貴殿の立場は理解しているつもりだ。王都近郊故、何かと不便もあるのだろう」

「は、はぁ」

「我らを受け入れてくれた事だけでも、感謝申し上げる」

「い、いえ、それほどの事は……」

「だが負担は大きいはずだ。いくらか補填させてくれないか」

「よろしいので?」

「事が片付いた後になるが、シビルズ国王へ上奏し必ず取り付けよう」


北東伯はコーディから書簡を受け取ると、食い入るように内容を確認している。

提供された水と食量の補填――要は買い取るわけだ。物資の重要性は、現総督から叩き込まれていたつもりだったが……ここまで反応が良いとは。

もちろん全てでは無い。ナイト辺境伯とノックス候らワイルズ領主監修の下、領地規模と提供量に合わせた額になっている。


「……これでしたら、私の所でも兵を出す事は可能です」

「本当か?」

「え、ええ……多少ですが」

「なに、貴殿のその気持だけでも喜ばしい事だ」


怪訝な表情を浮かべる北東伯。彼の意図を考える間もなく、垂れた頭に紛れてしまった。



✽  ✽



あれから会談は終え散会となり、迎賓館へと移った。

食事を済ませた後、私に用意された客間に皆が集まっている。後ろに控えるのは、筆頭文官コーディとナイト辺境伯。その向かいにはノックス侯とクレイグ辺境伯。そしてオースティン伯。錚々たる顔ぶれが一堂に会するが、まず発されたのはオースティン伯の悪態だった。


「ったく、現金な男だ! 金を見せた途端、コロっと態度を変えやがって!」

「まあ、そう言うな。実際兵を動かすには何かと入り用になる。だがそれだけでは無いのは、気づいているだろう?」

嗜めるような口調のノックス侯に、“ふんっ”と、鼻を鳴らすオースティン伯。


「だから気に食わん」

眉間にシワを寄せ、不快感を隠さないオースティン伯。何やら二人の中で通じ合っているようだが……


「ノックス侯、それはどういう事だ?」

「ルイス殿下、あの補填額はワイルズ国の地方領を知らないと出せません」

「ふむ」

「“我らには強固な協力関係がある”と、北東伯は読んだのでしょうな」

「積極的に協力した方が得になると判断したか」

「仰る通りでございます」

なるほど。だからこその北東伯のあの表情か。


嫌に納得していると、ナイト辺境伯の顔が寄る。

「そろそろ本題に……」

「ああ、そうだった。明日はいよいよワイルズ王都だな」


各々が頷き、空気が引き締まっていく。見舞いの使者としてシビルズ国を発ったはずが、まさかこのような形になるとはな。どこか感慨深く、徐々に気持ちが昂ぶってくる。

「明日の予定だが……勇ましく真正面から行くわけではないだろうな」


苦笑が漏れる中、ノックス侯が口を開いた。

「まずは私がクレイグ辺境伯と共に、ギデオン殿下の下へ参ります」

「帰還の儀か」

「それもありますが、名目は地方領主の面会です」

「ふむ」

「ギデオン殿下には、“オーディナルズ侵攻の動員”を迎える謁見の備えを申し出ております」

「地方領主の支持を得るためか」

「仰る通り。我が同胞も他の地方より協力を仰いでおります。謁見は大規模になりましょう」

「なるほど、貴殿らで引きつけるわけだな……となれば私の役目は――」

「ええ、ルイス殿下にはハロルド国王陛下をお願いしたい」


思わず言葉をつぐむと、ナイト辺境伯が口を開いた。

「シビルズ国王名代であるルイス殿下の目的は、ハロルド国王陛下の見舞い使者。名分は立ちましょう」


言われてみれば使者という立場は継続していた。とは言え、ある意味敵地。一抹の不安が拭えない。

「大義があるのはわかった。だが王都門と王城門がある。ここの衛兵達はどうする?」


ナイト辺境伯も記憶を思い出すように頷いている。

「先行するノックス侯から、後続部隊があると伝えていただくとしても、王城内の警備は厳重でしたな」


にやりと不敵な笑みを浮かべるノックス侯。

「実はルイス殿下が帰還された事で、厳戒警備は解除されております」

「なんと!」

「それに地方領主を玉座にて出迎えるのです。王都の戦力を誇示するべく、上官位の者も招集されておりましょう」


ノックス侯の言い分はもっともだ。これならば、大丈夫か?


「ルイス殿下、このレイバンがお供致します故、ご心配には及びません」

“どんっ”と分厚い胸板を打つオースティン伯。自信に満ち溢れた表情に、思わず笑みが溢れる。


「……ああ、頼りにしている」

「はっ、お任せ下さい!」

力強い声が、じんと胸に響く。



✽  ✽  ✽



「では参りましょうか、ルイス殿下!」

オースティン伯を先頭に、混成部隊が進み始める。ノックス侯達の入都より間を置いた出発だ。彼らはそろそろワイルズ王城に到着した頃だろう。



切り出した山間に置かれた重厚な門。本来であれば都を守る堅牢な盾となろうが、今まさに通らんとする部隊には、ワイルズの旗が掲げられている。

だがそう間もない内に、にわかに騒ぎ出すワイルズ王都門衛兵達。


「あれは、シビルズ国の馬車?!」

「帰還したはずなのに……なぜここに!?」

「と、止まれええ!!」

「これはどういう事ですか!? オースティン伯!!」

車内にまで響く衛兵達の怒号。


始まったな。じとりと汗が滲み、鼓動が痛いほど跳ねている。

胸に手を添え、正面を見据える。

大役を与えられた一人の王族として。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

本日夜にも幕間ですがもう一話投稿します。

引き続き、よろしくお願いします。

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