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EP15.信を得る


ずさりずさりと近づく足音。適度な距離を保ち止まった御仁は、蓄えられた髭を揺らしながら口を開いた。


「この地を治めるレイバン・オースティンだ」


随分とぶっきらぼうな対応だな。ざわつく心を抑え挨拶を返す。

「シビルズ国王名代第二王子ルイス・フェアバンクス」


じろりと覗き込むようなオースティン伯の視線。

「事情は聞いているが、そんな青っちろい顔では、まともな話もできんだろう」

「はい?」


オースティン伯は何も言わず踵を返すと、再び馬に跨がった。

「早くしろ、ウチはすぐそこだ」

「それはどういう……」

「おいバーナード、責任持ってお前が連れてこい! 俺は先に行く!」

苛立ちを隠さず荒げた声。あまりの事に呆けていると、伯爵の姿は、あっと言う間に小さくなっていった。



なんだ、この状況。王子であるギデオンならまだしも、これはあり得る対応なのか?


視線は自然にノックス侯の方へ向かう。

「ノックス侯……我々は伯爵に招待された、と解釈しても良いのか?」

「え、ええ、その通りでございます」


張り詰めていく空気。居た堪れない様子のクレイグ辺境伯。苦々しい表情を浮かべるノックス侯。

「非礼をお詫びいたします、ルイス殿下。何分交流の少ない地方領主故、独立心が強く――」

言葉を続けようとするノックス侯に、手を上げ制止する。


「それは私が判断すべき事だ。貴殿の弁明に、なんら意味はない」

「……仰る通りでございます」

深く垂れた頭から白髪が揺れる。

淀んだ空気のまま、伯爵城へ向かうべく部隊は動き出す。



「馬で行く」

「ルイス殿下?」

「伯爵の居城までは、近いのだろう?」

うなだれるノックス侯。代わるようにナイト辺境伯が一歩前に出た。


「畏れながら、ルイス殿下」

「なんだ」

「お顔が強張っておいでです――お怒りはごもっともですが、これもまた外交」」

ぐっと寄せられる顔。冷ややかにささやく声。湯だった頭に静かに響いていく。


「……そうだったな、気をつけよう」

目を閉じ息を吐く。深く、深く――

徐々にゆるやかになる鼓動。張り詰めていたものが、ほどけるようだ。


目を開けると、ナイト辺境伯はこくりと頷いた。

後ろに控えたノックス侯を見ると、まだ白髪がこちらを向いていた。


「ルイス殿下、こちらを」

「ああ」

用意された馬に跨がると、合わせるように近衛の騎兵が隊を成していく。その隙間から見えるノックス侯の後ろ姿……安易には声はかけられないな。



地を駆る蹄の音が響き渡る。ノックス侯の先導にて、伯爵領を騎馬で駆け上がっていく。


「ぐっ……」

肌に触れる寒風は、刺すような痛みを帯び、思わず顔をしかめる。そこに見えているはずの伯爵の居城も、やけに遠く感じる。


想像以上の寒さに耐えてしばらく、ようやく伯爵の居城へと到着した。

比較的小さな造り。贅を凝らした威厳さよりも、有事に耐えられるような強国さがみられる。



「ようこそ、おいでくださいました」

伯爵城前には、穏やかそうな老臣が待っていた。ノックス侯も緊張している様子もない。おそらく見知った者なのだろう。


「こちらでございます」

促されたまま入ると、ホールから広間が見える。解放された扉を通ると、真紅のカーペットに出迎えられる。

広間の左右には、ずらりと並ぶ貴族達。おそらく伯爵の近臣だろう。

そして、中央に頂くのは無骨な高座。まるで玉座のようだ。そこに座するのは――オースティン伯。


「遅かったじゃないか、名代殿」

「何分不慣れな土地故」

オースティン伯は“ふんっ”と鼻を鳴らし、前のめりになる。


「それで、シビルズの第二王子様は、何をしにここまで来た?」

「盟主ハロルド国王陛下を助けるべく参った。貴殿からも助力願いたい」

「それは聞いている」

明らかに不満げな表情。背もたれに寄りかかり、言葉を続ける。


「そこの男とは古い仲でな。できる限り協力するとは言った」

私越しの視線。おそらく、控えているノックス侯の事だろう。


「だが良いか、向かわせるのは俺の配下であり領民だ。見ず知らずの人間に助けてくれと請われ、“はいそうですか”とは、ならんだろう?」

「なるほど。では貴殿は、何を求むのか」


オースティン伯はニヤリと笑みを浮かべ、口を開く。

「お前の人となりを知りたい」

「と、言うと?」

「父王のためならできる事をしたいなどと、ぬかしたようだな。なぜだ?」


またか。ノックス侯にも尋ねられたな。“本心”とだけでは、足りないのだろうな。

なぜか、か。改めて問われると、難しいな。私は父上を、どう思っているのか――


「父上は……シビルズ国王陛下は、尊敬に値する王」

「ほう」

興味深そうな表情を浮かべ、あごをしゃくり、続きを促すオースティン伯。


「私を信じ、その上で名代という大役を与えて下さった――報いたいと思うのは、自然の事」


オースティン伯は髭に触れながら、ゆるりと口を開いた。

「それが“本心”というやつか」

「そう思っていただいて、構わない」

「なるほど……」


しんと静まる空気。

身じろぐことも躊躇う程。

じとりと汗が滲む。


ふと、高座から“くくっ”と漏れ出る声。


「オースティン伯?」


途端、弾けるような笑い声。のけぞり、蓄えられた髭から大口が覗く。


なんだなんだ?戸惑っていると、オースティン伯が声を上げた。


「青い青い――が、嫌いじゃない」

喜色の浮かぶ顔が近臣達を見やると、誰もが表情を緩め頷いていた。


「うむ」

オースティン伯は一つ頷くと、高座から降りた。ずんずんと遠慮なさげに、こちらに近づいてくる。


「っ……!?」

にわかに周囲がざわつき、シビルズ国の近衛達が反応する。

同時に立ち止まるオースティン伯。そのまま片膝をつき頭を垂れた。


「非礼をお詫びいたします。ルイス殿下」

「ん? あ、ああ……」


熱い視線が、ぐぐっとこちらを見上げる。

「古き友と同盟国名代殿の要請に応じ、このレイバン・オースティン。自ら尽力いたしましょう」

「……は?」


蓄えられた髭越しに上がる口角。

あれは“本心”なのか? 真意を探るには――

「ノックス侯」

「はっ」

「これは、オースティン伯自身も、部隊に加わるという事か」

「……そのようですな」

ノックス侯の表情に苦味が抜けない。


改めてオースティン伯を向き、姿勢を正し声をかける。

「レイバン・オースティン伯爵。よろしく頼む」

「かしこまりました」



✽  ✽



とっぷりと夜が深まる頃、伯爵城は煌々とした灯りと暖気に包まれていた。


オースティン伯との会談はまとまり散会となったが、どうやら歓待してくれるとの事。

せっかくなのでと了承したものの、それは私がよく知るものではなかった。貴族の威厳と格式ある催しとは、相当かけ離れていた。


食堂を満たすのは軽妙な音楽。ロングテーブルに並ぶ食事と酒。食器はほとんどが簡素な木製。オースティン伯とその側近達も席につき、自由に食べ、自由に語らっている。


「飲んでおりますかな、ルイス殿下!」

オースティン伯の声と共に、方々で掲げられる酒杯。


「あ、ああ」

漏れ出た声に合わせ、ぐぐっと飲み干されていく酒。どんと置いた杯には、何も言わなくとも次が注がれていく。

後ろに控えているコーディや、席についているナイト辺境伯も呆気に取られている。


「ルイス殿下、騒がしい男で申し訳ありません」

ノックス侯が恐る恐る声をかけてきた。


「こんなにも文化が違うものかと、驚いていただけだ」

酒杯に口をつける。強い苦みの中、弾ける泡がなんとも心地良い。


「お気に召されたようですな」

「ああ、うまい」

ノックス侯の表情が和らいでいく。


「シビルズ国の王子殿下が、ウチのエールを気にったようだぞ!」

「おおっ!!」

オースティン伯の声に合わせ、再び酒杯は高く掲げられる。正装を着崩した赤ら顔の貴族達は、うまそうに酒を飲み干していく。

なんとも陽気な雰囲気のせいか、自然と頬が緩んでいく。



「ところでレイバンよ。本当に良いのか? 領地を放り出して」

酒気であふれる食堂に、ひやりとするノックス侯の声。

一瞬の沈黙。微妙な空気を断ち切るようにオースティン伯が口を開いた。

「ああ? こんな北の果てを襲うような物好きなんて、いねぇだろうよ」


間を置き“ぶっ”と誰かが吹き出す。合わせるように笑い声が響き渡る。

感化されたのかノックス侯の表情も明るい。

「おお、それもそうか」

「なんだとこの!」


オースティン伯は、のしのしとノックス侯に寄り、がっちりと組みついた。

「お、いいぞレイバン、やっちまえ!」

「おいバーナード、負けんなよ!」


侯爵と伯爵のじゃれあいを貴族達がはやし立て、酒を飲み交わす。

シビルズでは絶対見れない光景だ。貴族として、全くなっていない。


だが悪くない。

まさかこんな場所があったとはな。


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