EP14.北を征く
生じた疑念から集め得ていく証拠。ただ確証には至らず、事実が黒く染まるだけ。
悶々と身動きが取れぬ中、今までにない光明に、昂ぶりが押し寄せてくる。
――落ち着け。
いくつか確認しなければならない事があるだろう。
「貴殿達に協力するのは、構わない。ただ、我々はワイルズ王都まで四日を要した。これから動いて間に合うのか?」
ノックス侯はゆっくりと頷き、口を開く。
「北方道を使います」
「北方道?」
「少々険しく、まだ雪が残る道ですが、ワイルズ王都への最短経路です」
「そんな道があったとはな」
さすが山に生きる者。地理も熟知しているという事か。
待てよ、という事は……
「貴殿が我々より先行していたのも、それが理由か?」
「お察しの通りでございます」
にこりとした表情を浮かべ、言葉を続ける。
「ルイス殿下が通られたのは、交易路である南方道。比較的温暖で安全ですが、王都までは迂回路になります」
「なるほど。それならば、時は稼げそうだな」
満足そうに頷くノックス侯。ただ、まだ足りない。
「もう一つ確認したい。我々だけで兵力は足りるのか?」
シビルズ国からも随行兵はいるが、あくまで使者の範疇。それに見た所、ノックス侯の供回りも多くはない。という事は、戦力はクレイグ辺境伯のみとなるが……
「ご心配には及びません。同志が動いております」
「というと?」
「共にハロルド国王に仕えた者達が、東部と南部の領主達に声をかけております」
「ほう」
「私もここに来る道中、北方の領主達へ協力を仰ぎました」
「力を貸してくれると?」
「ええ――ですが、ルイス殿下にも、領主達への呼びかけをお願いしたい」
「もちろん挨拶ならするが……」
「いえ、そうではありません」
ゆるゆると首を振るノックス侯。
なんだ? 何を求められている?
「地方領主達と私は、旧知の仲でしてな。協力も義と情が理由」
「ふむ」
「さらに同盟国の名代殿からも協力を請われるならば、彼らも名分を得られましょう」
「名分、か」
ノックス侯は大きく頷き、言葉を続ける。
「それに父王を大切に思うルイス殿下ならば、より多くの協力を得られるのでは、と愚考した次第」
「なる、ほど」
「もし殿下がよろしければですが」
穏やかな笑みに、思わず視線を逸らす。
「……考えておく」
視線の先には、微かに苦笑を浮かべるコーディとナイト辺境伯。
視界の端では、ノックス侯が恭しく頭を垂れていた。
なんとも言えない空気が流れる。
こほんと一つ咳払いをしたのはクレイグ辺境伯。
「それではルイス殿下。明朝出発でよろしいでしょうか」
ちらりと見たナイト辺境伯も頷いている。
「ああ、構わない」
「かしこまりました」
クレイグ辺境伯が、ぐっと近づき頭を垂れる。さらりと揺れる短いブロンド。
「このチェスター・クレイグ。古き友の願いと、盟主名代殿のために、微力ながら尽くしたいと存じます」
一瞬戸惑うも、正面を見据える。
「よろしく頼む」
その後散会し、以前滞在した迎賓館へと案内された。
目を楽しませる上等な調度品と豪奢な装飾。
洗練された使用人達と、産地ならではの食事。久しくなかった安らぎを感じる。
いや、油断は禁物だな。まだ終わっていないのだから。
✽ ✽ ✽
明くる朝、同盟国の混成部隊が勢揃いする。シビルズ国兵士達と、クレイグ辺境伯とその配下。もちろんノックス侯も同行している。
その中から選出していたシビルズ騎兵達に声をかけていく。
「頼んだぞ」
「はっ、必ずやお届けいたします」
緊張の面持ちのシビルズ兵達。彼らには別働隊として、この状況をシビルズ本国へ伝えてもらう。持たせた書簡には、私とナイト辺境伯だけでなく、ノックス侯爵とクレイグ辺境伯からも署名をいただいている。
「では、我々も向かおうか」
「かしこまりました」
ナイト辺境伯とクレイグ辺境伯の合図で、ぞろりと動き出す混成部隊。
掲げられた両国の旗が風に揺られる。
ぞわりと粟立つ肌。
先頭には単騎で駆るノックス侯の姿。
彼の先導で部隊は北方道方面へと進んで行く。
クレイグ辺境伯領を出発してしばらく、小窓から刺々しい葉が覗き、流れる路傍には白い塊が残っている。
「コーディ見てみろ。本当にまだ雪があるぞ」
「……見えております」
静かに呟くような声。心なしか息も白いような気がする。
大きく違う景色に驚いていると、空は早くも暗くなってくる。同時に部隊の速度が落ちていく。どうやら伯爵領に着いたようだ。
「話には聞いていたが……寒いな」
馬車を降りると、春とは思えないほどの寒さに襲われる。ふと見上げると、シビルズ兵士達の青白い顔がずらりと並ぶ。単騎で駆けていたのだから当然か……申し訳ない気持ちが拭えない。
「シビルズ国は温暖ですからな。山の春は堪えましょう」
ノックス侯は苦笑を浮かべる。間もなく、何かに気づいたように視線を向ける。
「来ましたな」
領内から向かってくるのは数騎の騎馬。正装を召した貴族を中心に、控えたワイルズ兵士達。
地面を伝う蹄の音。遠目からでも感じる物々しさ。兵装の擦れる音まで聞こえてくるようだ。
がしゃりと地を踏む音。護衛を伴い、徐々に近づく姿。
あごひげに繋がる長めの白髪。小柄だが分厚い胸板。猛将という印象。どこかノックス侯に似ている気がする。
ぎろりした眼が、こちらを向く。
姿勢を正し、真っ直ぐと見据える――




