幕間:国を憂う者達(バーナード・ノックス視点)
時系列は、ルイス達がワイルズ王都を出る日まで遡ります。
見舞いの使者殿との会談を終えた翌朝。空が白む頃から、ワイルズ兵士達は声を上げながら忙しなく王城敷地内を行き来している。
厳戒警備の解除と配置換え、保管した兵装の再展開。まるで有事かのように騒がしい。
シビルズ国王名代ルイス殿下を迎え入れるため、城内は外交仕様になっていた。元に戻すのには、それなりに時間を要するだろう。
右往左往する小僧共を横目に、ぞろぞろと集まる人影。
「行くのか、バーナード」
「ああ、今しかない」
呼応するように、いくつもの顔が頷く。意を決し今の主人の下へと向かう。
「ギデオン殿下、今よろしいでしょうか」
取り巻きから注がれる鋭い視線。貴族なれば、もう少し感情を抑えるべきだろうに。
殿下は気にする事もなく、口を開いた。
「許す。申せ」
「いよいよ動かれるご様子。そこで我らは、地方領主への呼びかけへ参りたく存じます」
殿下の頬がひくりと動く。
「この忙しい時分に、王都を離れると?」
「それですが、我らはお役に立てないかと」
「どういう事だ」
「何やら外海の物も多く、年寄りにはどうも理解が及びませぬ」
取り巻きから漏れ出るような嘲笑。殿下も少々困っている様子だ。
「ですがこの老骨。馬を走らせる事ぐらいはできましょう」
「ふむ……」
「戦力は多いに越した事はありません。それに――玉座にて彼らを迎えれば、信任を得たも同義ではありませんかな」
取り巻き共がざわつき、色めき立つ。
殿下も目の色が変わっている。
ぎらつく瞳。微かに緩む口元。
「良いだろう。卿等に任せよう」
「はっ、かしこまりました」
「良かったのか、バーナード。少々おだてすぎじゃないか」
「あれくらいかまわん。少しでも時間稼ぎになれば良い。軽々に攻め入られたら、それこそ終わりだ」
「まあ、そうだが……」
呆れたような表情の面々。皆すっかり年老いたな。
だが、“こうさせてしまった” ワイルズを憂い、私に賛同し動こうとしている。
「そんな事よりも、大丈夫なんだろうな」
「ああ、任せておけ」
「各々方、頼んだぞ」
「応っ」
低く力強い声が静かに響き、それぞれの役目を果たすべく駆け出して行った。
✽ ✽ ✽
――ワイルズ国西方 クレイグ辺境伯領
「本当に驚いたぞ」
「急ですまんな」
「いや、よく来てくれた。座ってくれ」
促されるまま腰をかける。とろけるような座り心地のソファ。久方ぶりの単騎の疲れが出たのもあるだろうが、良い物を使っている。
「一杯どうだ?」
「……いただこうか」
美麗なグラスに揺れる飴色の酒。ほのかな甘みを帯びた香ばしい薫りが、鼻腔から抜けていく。自然と笑みが溢れる。
「供回りはどうした?」
「あやつだけだ」
「……お前と年はそう変わらないだろう。彼一人で大丈夫なのか?」
「そうだな、少々無茶をさせた」
「まったく」
チェスターは呆れたような顔をしつつ、グラスに口をつける。
「それで、何があった?」
「理解が早くて助かる」
今ワイルズ王都で起きている事を全て話すと、チェスターの表情に影が差していった。
「ハロルド国王が臥せているとは聞いていたが、幽閉? それに東方へ侵攻だと……」
「やはり知らなんだか」
「こんな辺境地まで王都の政争は届かんさ」
自嘲的な笑いを浮かべるチェスター。
確かに距離的に蚊帳の外にはなろう。だが調べようと思えばできるはず。派閥に属さない中立の姿勢。まあ、ワイルズの地方領主達は独立性が強く珍しい話ではない。
「殿下の目的はなんだ?」
「強国ワイルズを取り戻すと」
かつてこの山岳地帯には小国が乱立していた。それを武力で統一したのが、若き頃のハロルド王だ。ギデオン殿下は、この大陸で成そうとしておられる。
言わんとしている事が伝わったのか、チェスターの表情がいささか険しくなる。
「では、動員か?」
「いいや、殿下をお止めしたい」
「ほう。殿下に与したのではないのか」
「なぜそう思う」
「批判していたのならば、良くて幽閉。最悪処分されているだろうよ」
「なかなか鋭いじゃないか」
“ふんっ”と、悪態をつくように鼻を鳴らすチェスター。
そうだ。彼の言う通り、一時は従った。
「殿下に、若き頃のハロルド王を見た。お顔も気概もよく似ておいでだ」
「だが殿下は、ハロルド王ではない」
「ああ、それに状況が違う。異なる国同士と言えど、和をもった統一は既に成されている」
静かに頷くチェスター。同盟国との国境にあるこの領地ならば、実感しかないのだろう。
「正直、殿下のお言葉に血湧き肉踊った。久しくなかった興奮のあまり判断を誤るとはな……これが年を取るということか」
グラスに残った酒をあおる。喉を通る熱さが嫌に長い。くらりとする視界。一口が多かったな。
チェスターは無言のまま酒瓶を向けてくる。とくとくとグラスが飴色に色づく中、問うてくる。
「それで、どうするんだ?」
「手を貸して欲しい」
「ふむ……侯爵閣下に頼れるのであれば、やぶさかではないな」
ニヤリと浮かぶ笑み。
「私から言うのもなんだが、簡単に答えて良いのか?」
「安定した同盟関係を、こちらから崩す必要もないだろう。それに――確実に獲れるわけでもあるまい」
チェスターの笑みに獰猛さを帯び、瞳がぎらりと光る。
ぞくりとしたものが背筋を走る。
衰えぬ野心を感じさせる表情は瞬く内に消え、領主の顔が問いかける。
「我らだけで足りるのか?」
「道中、北方の領主達に声をかけてきた。感触は悪くない」
「ほう」
「ハロルド国王に仕えていた同志も、地方に出向いている――私と同じようにな」
「抜かりはなさそうだな」
チェスターは頷きつつも、そのまま言葉を続ける。
「だが間に合うのか? 既に動き出しているのだろう」
「殿下には地方への呼びかけに時を要すると伝えた」
「ふむ」
「あとは知っての通り、シビルズ国から見舞いの使者殿が来られた。今王城はその後始末でてんやわんやだ」
「なるほど。猶予はありそうだ」
ようやく納得したようだが、もう一つ伝えねばならぬ事がある。
「私は見舞いの使者殿――ルイス殿下を引き入れたいと思っている」
「なに? どういうことだ?」
一段と視線が鋭くなるチェスター。気圧されそうになるのを抑えつつ、丁寧に話していく。
「おそらくルイス殿下……いや、シビルズ国は、ワイルズ国で起きている事に、気づいている」
「まさか」
「会談ではハロルド国王の謁見を強く求められていた」
「見舞いの使者であれば、その要求は当然ではないか」
「いや、ハロルド国王はご病気だと、治癒師の派遣までされていた。これはワイルズ王都内で流れている噂だ。よく調べている」
政争に消極的とはいえ、チェスターの認識でさえハロルド国王の事は体調不良止まりだった。
「だが確証を得てはいないと思われる」
「その前にこちらから協力を要請するのか」
「ああ、その通りだ」
チェスターは腕を組むと、疑うように問いかけてくる。
「それだけか?」
ちらりと覗き込むような視線。なかなか鋭い。
「ギデオン殿下と同じく、父に王を持つ者として、できることをしたいと」
「信じたのか? 対外的な回答だろう」
「かもしれん。だが、気付かされたのは確かだ」
「気付かされた?」
「血縁だろうと障害となる者は、倒すのがこの地の慣わし。だが、これからの世は違うのだ」
無言で頷くチェスターを見つつ、言葉を紡いでいく。
「古ぼけた個の思いよりも、新しき子らの繋がりに賭けてみたい」
しばらく流れる沈黙。
喉の渇きを覚える頃、チェスターは笑みを浮かべた。
「卿にそこまで言わせる男か。興味が湧いてきた――人となりを、見定めさせてもらう」
自然と掲げられる美麗なグラス。
カンと高く軽やかな音が響く。
飲み込んだ一口は、今日一番の味だった。




