EP02.辺境伯家の思惑
すっかり傾いた日差しが、王城を橙色に染める頃、王の執務室で緊急会議が開かれる。
「国王陛下、急ぎお話したい事があります」
「前置きは良い。大方はコーディから聞いている。それとこの話は非公式だ。普段通りで良い」
既に人払いは済み、執務室には父上とその筆頭文官、私とコーディの四人しかいない。護衛は扉の前で待機している。
「しかし、厄介な事になったな」
「では、父上も?」
「何も聞いていない」
沈黙が流れる。控えている王の筆頭文官も、苦い顔をしている。
父上が溜め息まじりにゆっくりと口を開く。
「早急に事実確認するしかないな。ヒューゴ、頼めるか」
「はっ、かしこまりました」
筆頭文官が恭しく頭を垂れる。
「ヒューゴを使者に? それでは他家にも明るみになるのでは」
「仕方あるまい。相手はナイト辺境伯だ。下手な者は送れん」
「そうですが……」
突然の婚約破棄。しかも王族との契りだ。辺境伯家への批難は、免れないだろう。
それは、間違いなくフローラにも届く。
「なんだ、フラれた事を知られるのが、恥ずかしいか?」
「父上!」
「冗談だ」
父上の乾いた笑いは虚しく響き、ヒューゴの冷たい視線が流れていく。
✽ ✽ ✽
父上との会談から十日が過ぎた頃、使者として送られたヒューゴが、ナイト辺境伯家からの正式な回答をもたらした。
――婚約破棄の意思ありと。
私は父上に呼ばれ、先んじて報告を受けていた。
覚悟はしていたが……目の前が暗くなる。
「ルイス……」
呟くような父上の声。私を見る表情は、いつもより暗い。
しっかりしろ。シビルズ国第二王子として、甘んじて受け入れるんだ。
背筋を伸ばし、正面を見据える。
父上はゆっくりと頷き、口を開く。
「全体会議を行う。ヒューゴ、頼んだぞ」
「かしこまりました」
恭しく垂れた頭から、焦げ茶の髪が揺れた。
父上の右腕とはいえ、ここ最近頼りっぱなしだな。
「ヒューゴ、手間をかけさせてすまない」
「とんでもございません、ルイス様。愚息にも手伝いさせますゆえ」
「コーディか、だったら安心だな。彼は私の筆頭文官として、良くやってくれている」
「もったいないお言葉」
地方に領地を有する上級貴族達。招集には時間がかかるだろう、と思ったが、そのほとんどが王城周辺に滞在していた。
“国王の右腕”が動いていたとは言え、耳ざとい連中だ。今か今かと待ちわびていたのだろうか……ええい、忌々しい。
あくる朝日が昇るやいなや、城内は色めき立つ。
ばたばたと逸る足音。ちらりと見やる好奇の視線。座してなお溢れるざわつき。
程なくして上級貴族は集い、全体会議が行われる――ナイト辺境伯を除いて。
「これは国王陛下に対する反逆行為。 早々に制裁すべきです!」
「それに書簡のみの回答とは ……ルイス殿下までも軽んじているのではありませんか? 殿下もさぞやご不快でしょう」
細身の貴族が、したり顔でこちらを見る。確かに不愉快だな。
「ほう、卿は私の気持ちが、手に取るようにわかるようだな?」
「いえ、決してそのような事は……」
細身の貴族は、蒼白となって引き下がった。いい気味だ。
間を置き、オレンジ髪の貴族がこほんと咳払いし口を開いた。
「威勢がいいのはよろしいですが、制裁とは具体的にはどのようなことでしょう。まさか武力を以て然るべし、とは仰りませんよね?」
「むっ……」
「それは……」
制裁を訴えていた貴族達は、明らかに狼狽えている。
それもそのはず。ナイト辺境伯領は、かつての敵国ワイルズとの国境にある。そのため、戦闘における練度は我が国一だ。誰も先陣切って相手はしたくない。
それに内戦ともなれば、間違いなく国力は低下する。そうなれば結末によらず、ワイルズ国の介入は避けられない。なんたってフローラの嫁ぎ先なのだから。はぁ……
「バトラー閣下は、いかが思われるか」
オレンジ髪の貴族がそう問うと、使者として辺境伯領へと赴いたヒューゴに視線が集まる。
「回答は書簡のみ。先方の対応は最低限です。しかしながら内容は丁重な嘆願書であり、国王陛下への敬意を失していません」
制裁を訴えた貴族達から、唸り声が上がる。
「それに辺境伯領には、我が国の国旗が未だ掲げられておりました」
「なんと!」
驚きの顔を見合わせる貴族達。彼らの中で、明らかに迷いが生じている。
父上がぐるりと見渡し口を開く。
「皆の忌憚なき意見は承知した――この婚約破棄、受け入れるしかなさそうだな」
「国王陛下!」
「先の論にあったように、余も制裁は悪手と見る。早々に決着させたほうが、今後のためになろう」
「ですが――」
食い下がる貴族を制して、父上が続ける。
「ナイト辺境伯とは長い付き合いだ。己が利のため、忠義を欠く人物ではない」
「……仰る通りにございます」
「嘆願を受け入れ、今一度あやつの出方を見てみようじゃないか」
貴族達のざわめきが、徐々に凪いでいく。
代々ナイト家は、国境の最前線を担ってきた。その献身に対する敬意は、簡単に失われないのだろう。
そうそれは、人と人の繋がり。
ふと胸に手を添える。
懐に忍ばせた、古風なハンカチ。
フローラ――君も共にあると、信じさせてくれ。
本エピソードもお読みいただき、ありがとうございます。
明日のエピソードは、幕間回になります。
ちょっと時系列は前後しますが
引き続きよろしくお願いします!
※修正:2026/02/09
ヒューゴ閣下→バトラー閣下
フルネームはヒューゴ・バトラーなので、家名+家格が正しい表記でした。




