EP13.告発
日が傾きかけ空が朱に滲む頃、遠目に見えるのはワイルズ国西方辺境伯領。小窓から覗く東門は解放されており、幾人かの人影が何かを待っているように佇んでいる。
馬車の駆る音が緩むにつれ、徐々に近づくシルエット。兵士の他、数日前に見た人物がそこにいた。
「クレイグ辺境伯と、ノックス侯か」
「そのようですね」
コーディの表情からも緊張が取れない。早馬の報せで得た連名。領主であるクレイグ辺境伯はともかく、ワイルズ王都に居たノックス侯がなぜここに。
「周りは護衛だけのようだな」
「確認します」
「いや、良い。このまま出る」
「ルイス王子」
「今のところ問題はない。であれば儀礼を欠くわけにはいかない」
「ですが」
「何かあれば既にナイト辺境伯が騒いでいる」
まごまごしていると馬車の扉から、ノック音とナイト辺境伯の声。
「ルイス殿下。周囲の安全を確保しました。降車いただいて構いません」
「ほらな」
コーディは納得いかないような顔。
「なに、警戒は怠らないさ」
「……そのように願います」
馬車を降りると周囲には、いつもより距離の近い護衛達。頼もしさを感じる中、身にまとう空気は、どことなく寒々しい。
「お待ちしておりました」
恭しく頭を垂れる二人の御人。側には最低限の近臣と護衛。視界の端には人影はなさそうだ。ナイト辺境伯も改めて警戒している。とりあえずは、大丈夫そうだな。
「まさか本当に貴殿がおられるとは」
「ご無沙汰しております、ルイス殿下。驚かれましたかな」
ノックス侯の顔に浮かぶニッコリとした笑み。まさに好々爺という感じだ。まったく、調子が狂うな。
「ああ、お陰でかような厳戒態勢だ」
「いえ、ご不快も承知の上。それでも今一度、ルイス殿下にお会いしなければならない儀がございました」
「ほう、それはどんな事柄だ」
「ここでは少々……」
言葉を濁すノックス侯。やはり厄介事か。
「何やら込み入った話がありそうだな、ナイト辺境伯」
「そのようで」
ナイト辺境伯が厳しい視線のまま正面を見据える。
これに応えるようにクレイグ辺境伯が口を開く。
「ご推察の通りでございます。よろしければ、我が城にお越しください」
堂々とした態度。多少の緊張は見られるが、焦りや驚きは無い。当然彼も知っているという事か。
「良いだろう――ただ、このままでよければだが」
私の周囲には、少数ながらも精鋭のシビルズ兵士達が控えている。
クレイグ辺境伯とノックス侯は深く頷きながら、“もちろんでございます”と、同意を示した。
「よろしいのですか」
ナイト辺境伯から、これみよがしに不快な声が上がる。ああ、わざとか。
「同盟国の名代を害そうなどという愚か者は、この場にはいないはず――それに、ワイルズは今それどころではないだろう?」
ちらりと視線を向けると、クレイグ辺境伯は息を呑み、ノックス侯は目を見張りながら口を開いた。
「やはり、お気づきでしたか」
「なんの事だ? 私はハロルド国王陛下のご体調を慮ったまで」
「これはこれは……」
ノックス侯の表情に浮かぶ苦笑。
なるほど。これからの趣が大体読めてきたな。
✽ ✽
案内されたのはクレイグ辺境伯の執務室。部屋の中を改めた後、護衛は扉の前に置き入室する。
「ルイス殿下、ノックス侯。そちらへどうぞ」
クレイグ辺境伯に促されソファに座ると、コーディとナイト辺境伯は後ろに控えた。
「失礼いたします」
ノックス侯はローテーブルを挟んだ正面に座り、クレイグ辺境伯はその後ろに控えた。
「それでは、要件を聞こうか」
「他でもありません。我が国王の事でございます」
真っ直ぐと見据えるノックス侯の表情。どこか憂いを帯びているようにも見える。
「ご存知の通り現在国王は、政務どころか民の前にも姿を現しておりません」
「ああ、私も謁見はならなかった……随分と重い病のようだな」
「いいえ、そうではありません」
「病ではないと?」
ノックス侯は私の問いに深く頷き口を開く。
「ハロルド国王陛下は、離宮に囚われております」
「どういう事だ?」
「ギデオン殿下が派閥を率い――国王を幽閉したのです」
「なんと……」
ぴんと張り詰める空気。
最悪の事態は予測でしかなかったが、今重要な証言を得た。
ただこの情報、彼らにとっては……
「私に伝えても良かったのか? 国家機密だろう」
「仰る通りでございます」
ノックス侯は苦笑しつつ、話しを続ける。
「ですが、例え反逆と謗られようとも、成さねばならぬ事があります」
「……それほどの覚悟か」
「いいえ、まだ足りません」
ノックス侯の視線がぎらりと光る。
「待て、これ以上何をしようと言うのだ?」
「ギデオン殿下をお止めしたい」
「止める?」
「現在ワイルズ国は、大規模な軍拡が進んでおります」
「それは……」
「大陸東部、オーディナルズ国への侵攻でございます」
言葉が出ない。
事実に気圧され、たじろぎそうになる。
堪えろ。落ち着け。
息を吐き、姿勢を整える。考えろ。
まさかナイト辺境伯の調べ通りの事態になっているとはな。
王位簒奪に加え同盟国への侵攻。
それを老臣達が止めようとしている? 実に頭が痛い。
「貴殿達だけで、それができると?」
“こほん”と、微かに聞こえるナイト辺境伯の咳払い。なんだ?
ニヤリと笑うノックス侯。しまった、言わされたか。
「ルイス殿下にも、ご協力願いたい」
これは断れないな。
だが、このまま頷くのも面白くない。
「ギデオン殿下につけば、大国を得られるかもしれないぞ」
「確かにそうかもしれませんな」
ノックス侯は目を見張りながらも、しっかりと私を見据えたまま続ける。
「ですが、子や孫に血なまぐさい国を継がせたくない――それがハロルド国王陛下の願いなのです」
「貴殿も同意見という事か」
「ええ……だからこそ、仕えておりました」
「忠義はハロルド国王にあるという事か」
ノックス侯の視線は下がり、顔に影が落ちる。
何か、後悔のようなものを感じる。
「一つ聞く。なぜ私なんだ」
ノックス侯はほわりと笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開く。
「恐れ多くも、私はルイス殿下のお人柄に惹かれましてな」
「んんっ?」
いきなりの事に言葉が詰まる。
気にせずノックス侯は言葉を続ける。
「上に立つ者として、十分な教育を受けておいでだ。それと――ルイス殿下の父王を思う御心ですよ」
ワイルズ王都の事だな。やはり見定められているかのような視線は、気の所為ではなかったようだ。
「随分と評価されているようだ」
「ご理解いただけたようで、何より」
ノックス侯の快活な笑い声が、部屋に響き渡る。
まったく困ったものだ。
ちらりと流す視線。
その先にいるナイト辺境伯は静かに頷く。
ノックス侯へと向き直り、まっすぐ見据える。
「私は貴殿の期待に、応えるべきだな」
静かに頷くクレイグ伯爵。好々爺の笑みを浮かべるノックス侯。
緊張していた空気が、徐々に和らいでいく。
ワイルズ国への疑念から始まった外交が、まさか同国の老臣達と協力する事になるとはな。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
本日夜にも幕間ですが一話投稿予定です。
引き続きよろしくお願いします。




