EP12.不穏
穏やかに差し込む朝日の中、一段と肌寒さを感じる山国の朝を迎える。“ごおん”と重々しい音を立てて開く、ワイルズ王都門。
「ルイス殿下、それではお気をつけてお帰り下さいませ」
見送りに来たのは案内役。相変わらず貼り付けたような笑顔を見せている。
「ああ、世話になった」
ちらりと辺りを見渡すが、例の老臣の姿はない。ノックス侯と言ったか。嫌に気になる御人ではあったが、私から居場所を聞くのもおかしな話だな。さっさと幌に乗り込み、シビルズ国へ帰還する。
✽ ✽ ✽
ごりごりがらがらと、音を立てながら駆る車輪。うねる山道に揺られる幌の中。筆頭文官のコーディだけでなく、ナイト辺境伯も同乗している。
「呼び出したのは他でもない。先の会談について、卿の見解が聞きたい」
そう、あの会談について自分なりの評価はあるが、現役領主としての意見が欲しかった。
ナイト辺境伯は何やら考え込み、少々遅れて口を開く。
「畏れながら殿下。まずは確認したい事があります」
「なんだ」
「なぜこの場を選んだのか。そして、なぜ今なのかという事です」
ワイルズ王都から発ち既に二日経つ。それまでにいくつか滞在地も経由している。確かに話し合う機会はいくらでもあった。だが……
「ここはまだワイルズ国だ。我が国の事は話せない。それに、この密室と音だ」
ごごんっと硬い音が車内に響き渡る。
「誰に聞かれる事もないだろう。貴族が耳聡いのは、シビルズで嫌というほど学んだからな」
“なるほど”と、ナイト辺境伯に苦笑が浮かぶ。
「納得したかな?」
「ええ、十分に」
先を促すと、ナイト辺境伯は見解を述べ始める。
「シビルズ国王名代としての挨拶は済み、見舞いの品を送る事ができました。そのため、最低限の友好は示せたと言えましょう。ですが――」
「ハロルド国王陛下との謁見は、成らなかった」
「ええ、それが問題ですな」
ハロルド国王陛下の体調不良だけでなく、感染の可能性を案じた断りだった。
「本当に感染する病かもしれないぞ」
「畏れながら、治癒師までも断る理由には弱すぎますな」
「……やはりそうか」
そもそもギデオンは、感染の可能性を示唆しただけだ。口からでまかせという事も考えられる。となると、“誰にも会わせない”という強い意思すら感じる。
「外交問題になるにも関わらず頑な対応、か」
“ハロルド国王の幽閉”という情報から始まったあの会談。正誤を確かめるためだったが、どうやら黒に近そうだ。
「最悪の事態を想定していた方が、良さそうだな」
幌の中に渋い顔が二つ浮かんでいる。コーディとナイト辺境伯……いや、三つだな。おそらく私の顔も似たようなものだろう。
嫌な予感がよぎる。
父王でさえ排する男が、他国の令嬢をまともに扱うだろうか。
表向きは婚約者だが、実際は人質のようなもの。
自然と胸に手を添える。
懐に忍ばせた古風なハンカチ。
「フローラ……」
思わず出た名前に、口をつぐむ。我ながら女々しいな。
注がれる二つの視線。逸らすように幌の小窓を見る。誤魔化しにもならないか。
「ルイス殿下」
恐る恐る声をかけてくるナイト辺境伯。
「どうした」
「フローラの事は、心配ないかと」
「そうか」
ダメだな。そっけない言葉しか見つからない。
ナイト辺境伯は苦笑を浮かべながら話を続けた。
「我が娘の事ながら、ワイルズ側にとって、まだ利用価値はあるかと」
ああ、そうだ。ナイト辺境伯は彼女の父だ。必要に迫られた決断とは言え、その身を案じているはず。
「そのような事を卿から言わせてしまうとは、私の失態だ。すまない」
「いえ、お気になさらずに」
優しげな笑みが、ずきりと胸を打つ。
しっかりしなければ。
仮にギデオンが事を起こしていたとしても、一人でできる規模ではない。ワイルズ貴族の過半数からの賛同を得ているはず。つまり政治力はあるという事。
実質人質とはいえ、同盟国の辺境伯令嬢。短慮で愚を犯すとは、考えられないか。
吐き出す息。
深く。深く。
心が落ち着いていく。
「助かった。大分整理がついた」
「お役に立てたならば幸いです」
✽ ✽ ✽
ナイト辺境伯との会話からさらに二日が経ち、そろそろ西方辺境伯領に到着する。まだ山岳部に慣れていないせいもあるが、やはり大部隊では四日はかかってしまうな。そんな事をぼんやりと考えていると、馬車がゆっくりと止まった。
「早馬が戻ったようです。ルイス王子、少々失礼します」
コーディが戻ると、間を置かず動き出す馬車。問題なく西方辺境伯領へ滞在できるようだ。
だが、どうもコーディの様子がおかしい。
「何かあったか」
「これを」
差し出されたのは書簡。そう言えば確認していなかったな。改めてみるが、特に変わった所はない。滞在を許可する定型文だが……連名になっている?
ワイルズ国チェスター・クレイグ辺境伯
ワイルズ国バーナード・ノックス侯爵
クレイグ辺境伯は良いとして、ノックス侯爵? あの老臣がなぜここに?
「どういう事だ?」
「わかりません。ただ、早馬の者から聞く所によると間違いなくノックス侯はおられるようです」
「……ナイト辺境伯を呼べ。準備をする必要がありそうだ」
「かしこまりました」
再び止まる部隊。
主幌に呼び出される指揮官の名。
ざわつく空気。
部隊には悪いが仕方ない。
備えなければならない――厄介な事にならなければいいが。




