EP11.成果
静まり返る会議室。
身じろぎもしないギデオン。
まるで時が止まったようだ。
見舞いの品は受け入れるが、ハロルド国王陛下には謁見できない――これで会談は終わりという事か。仕方ない。
「それではギデオン殿下、見舞いの品をお持ちいたします」
「ああ、よろしく頼む」
ギデオンのぞんざいな態度に、表情がひくりと動く――落ち着け。
コーディとナイト辺境伯を伴い離席する。やるべきことを、さっさと済ませてしまおう。
「ギデオン殿下、私も同行してよろしいですか」
ややぶっきらぼうな、しわがれた声が背後から聞こえてくる。振り向くと、ギデオンに頭を垂れる老臣がいた。
あの老臣は確か、会談の時に私を見ていた者。
ギデオンも訝しむような表情で老臣を見ている。
「なぜ貴公が付き添う必要がある」
「聞けば大変貴重な品の様子。人手は多いに越した事はないでしょう」
ギデオンは少し考えつつ、そのまま頷いた。
「まあ、良いだろう。しっかり務めを果たせ」
「はっ、かしこまりました」
のしのしと老臣が近づいてくる。小柄だが近くで見ると体に厚みがある。歴戦の兵士のようだ。
「では、参りましょうか。ルイス殿下」
「あ、ああ。よろしく頼む」
見た目とは違い、朗らかな声。
なんだか調子が狂うな。コーディとナイト辺境伯も、なんとも言えない顔をしている。
会議室を出ると案内役が出迎える。引き続き随行するようだ。
見舞いの品を取りに王都門へ戻る事を伝えると、ニコリと対応する顔が、驚きに変わっていく。どうやら会談前とは違う顔ぶれに気づいた様子。
「ノックス侯、どうされたのです?」
「私もお供しようと思ってな。なに、ギデオン殿下から許可は頂いた」
案内役は困った顔でこちらを見てくる。いや、私を見られても。
「確かにギデオン殿下も許されていた」
「そう、ですか」
やや納得いってなさそうな案内人と、満足そうな表情の老臣。なぜ私が弁解しなければならないのだ?
突然新たな随行者を伴い、王都門前へと向かう。
待機していたシビルズ兵達に合流し、見舞いの品をワイルズ王城に届けるべく準備をしていく。
そんな中、案内役の文官が笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「ルイス殿下。こちらで検品させてもらってもよろしいでしょう」
また手続きか。だが考えてみれば王城の内部に運ばれる物だ。道理ではあるな。
「これは失礼。今、目録を用意させましょう」
案内役の文官に目録を手渡し、見舞いの品について詳細を説明していく。ただ、用法用量だけでなく保管方法もあって、さすがに全部は覚えきれなかった。補給担当者に確認しながらだな。
案内役が目を丸くしながら記録する中、老臣は感心したように声をかけてきた。
「詳しいですな」
「私も準備に携わりましたので」
「ほう、殿下自らですか」
「“責任者たるもの現場を見よ”と、現総督の教えです」
「なるほど」
うんうんと、何度も頷いている。納得したようだが、何か言いたげな顔をしている。
「まだ何か?」
老臣は驚く素振りを見せながらも、こほんと咳払いをし、言葉を続ける。
「いえ、なぜあのような事をと」
「と言いますと?」
「父王のため、できる限りの事をしたいと」
「そのままの意味ですが」
「本心だと?」
「ええ、そうですね」
老臣は言葉を失ったように黙ってしまった。心底驚いているようにも見える。
「ノックス侯。無駄なおしゃべりは、そこまでです」
割って入ってきたのは案内役。随分と非礼な物言いだが、老臣は言葉を呑み込むようにして押し黙っている。年齢でいえば老臣の方が上位者のように見えるが……
二人の立場に違和感を覚えつつも、検品は無事終わったようなので再びワイルズ王城へと向かう。
馬車は案内役と老臣先導の下、王城正面ではなく、ぐるりと周った奥の方へと進んでいく。
「止まれ」
威圧的な声と、がしゃりと金属の擦れる足音。案内役と老臣が対応しているようだが、私が出た方が早いだろう。
馬車を制止するのは、ワイルズ兵士達。王都門の兵士とは、比較にならないほどの重装備だ。
「シビルズ国王名代ルイス・フェアバンクス。ハロルド国王陛下への見舞いの品をお持ちした。保管場所まで、お通し願いたい」
「これはご丁寧に。検品も済んでいるようなので、ここまでで十分ですよ」
対応する兵士は、案内役から渡されたのか目録を手にしていた。特別な装飾を施された甲冑と、上等な生地のマント。この部隊の上官だろうか。
「私は責任者だ。最後まで見届けなければならない」
「ルイス殿下」
冷たく重い声が、ずんと降りかかる。
「ここよりワイルズ国の機密区域になりますので、ご容赦願いたい」
ぴんと張り詰める空気。
機密と言われるならば、仕方がない、か。
「では、荷の移し替えを頼む」
「かしこまりました」
見舞いの品々が、次々と運び込まれていく。
――シビルズの馬車から、ワイルズの荷台へ。
慣れない山岳地帯の長旅を経て、任された務めが完了しようとしている。感慨深いものがあるな。
いや、まだ終わっていない。
気を抜くな。
ここはシビルズではないのだから。
しばらくして全ての品が移し終わると、案内役の文官が声をかけてくる。
「ルイス殿下。ギデオン殿下より迎賓館が用意されております。本日はそちらにてご滞在を」
既に昼は過ぎ、日は傾きかけている。ナイト辺境伯も頷いているし、ここは素直に従った方がよさそうだな。
「ご厚意に応じよう」
にこりと笑みを浮かべる案内役。次いで老臣が一歩前に出てくる。
「ルイス殿下。私はここで」
「ああ、そうか。王城までの先導ご苦労だった」
「いえ、またいずれ」
ん? いずれ?
どういう事かと問い詰める間もなく、老臣は恭しく頭を垂れると、足早に去って行った。
一体なんだったんだ……
「では、ご案内いたします」
何事もなかったかのように振る舞う案内役。やれやれ、考える暇もないな。
案内されたのは、王都の街外れにある上品な迎賓館。武の国とは異なる雰囲気がある。
「それでは、ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
最低限の礼を尽くし、立ち去る案内役。あっさりとした対応に、溜め息を抑えながら迎賓館へと向かう。
馬を繋げ、馬車を停めるシビルズ兵達。
荷を降ろし、宿泊の準備をする使用人達。
もうすっかり見慣れた光景の中、思い出すのは老臣の言葉。
「いずれ、か」
意味ありげな言葉は、静かな郊外の空気に溶け込んでいった。




