EP10.物言う視線
ワイルズ国西方辺境伯領を出て四日。
礫に跳ねる車輪。うねる山道に振られる馬車。慣れない山岳地帯をどうにか乗り越え、ようやくワイルズ王都へとたどり着いた。
「……これは、すごいな」
小窓越しに広がる岩山。切り出した山間には重厚な門が置かれ、ワイルズ王都の堅牢さが否応なしに伝わる。
まさに天然の要塞。馬上の近衛達も目を丸くしている。
「止まれ!」
響き渡る門番の声と、迫りくるいくつもの足音。入国審査のためとわかっていても、気持ちの良いものではない。
「担当の者が来るまでは、待機願います」
ふうっと漏れる溜め息。必要な手続きなのだろうが、手間だな。ワイルズ王都はもう目の前だというのに、拒まれているような気がしてならない。
王都門前にてしばらく、“ごおん”と重々しい音が幌越しに聞こえてきた。
「ルイス王子、担当者が到着したようです」
外の様子を伺っていたコーディを合図に、すっかり重くなった腰を上げ幌を降りる。
「ようこそおいでくださいました、ルイス殿下。早速ですが王城にご案内させていただきます」
応対するのは細身の男。ワイルズ国の印象に合わないが、正装は上質な物。漆黒の生地と金糸で仕立てられ、威厳と権威を感じさせる。文官系の上位貴族だろうか。
「よろしく頼む」
部隊を動かそうとした時、案内役が顔をしかめながら口を開いた。
「畏れながらルイス殿下。伴は厳選して頂けると、ありがたいのですが」
じろりと見回す案内役の視線に、ざわつくシビルズ部隊。落ち着くように部隊に視線を送りつつ、ナイト辺境伯を見ると、ゆっくりと頷いた。従った方が良い、ということか。
ひくつく表情を抑えながら、案内役の方を向く。
「では部隊は待機とし、伴は私の筆頭文官と近衛――それと、ナイト辺境伯で、いかがか?」
「よろしいかと、存じます」
案内役の顔に浮かぶ、柔らかな笑み。それは貼り付けたような表情だった。
「皆を頼むぞ」
「かしこまりました。ルイス殿下も、どうかお気をつけて」
待機するシビルズ兵士長に声をかける。激励のつもりだったが、逆に気を使わせてしまったか。彼らならば他の随行者達と物資を任せられるな。
休む間もなく、そのまま近臣だけ編成し直しワイルズ王城へと馬車を走らせる。
小窓から通り過ぎていくワイルズの街並み。空を覆うように立ち昇る黒煙。嫌に響いて聞こえる槌の音。
「さすが“武”で興った国。街並みがまるで違うな」
「そう、ですね」
歯切れの悪いコーディ。表情もいつになく暗い。
「顔色が悪いぞ」
「ルイス王子もですよ」
「そうか?」
溜め息混じりの言葉に、思わず触れる顔。頬は強張り、眉間は緊張していた。数日の旅程と数々の公的な手順。気づかない内に消耗していたと、お互いに苦笑いしかできなかった。
ワイルズの街並みが小さく過ぎる頃、次第に見えてくるのはワイルズ王城。
「開門!」
先導するワイルズ文官に合わせ、重々しく開く王城門。
続く道に沿うのは、飾り気のない庭園。
閉門の音を背に、幌から降り立つ王城前。
出迎えるワイルズ貴族の笑顔が動く。
「それではルイス殿下。会議室へとご案内いたします」
✽ ✽
こつんこつんと足音が反響するワイルズ王城内ホール。華美な装飾や豪華な調度品は見られないが、丁寧に磨き上げられている。清潔感のある落ち着いた雰囲気だ。
城内の奥、案内された大扉の両脇にはワイルズ兵士が二人。
「近衛の皆様はこちらでお待ちください」
ニコリと微笑むのは、案内役のワイルズ文官。
確かに近衛は同盟国の会談には必要ない。だがここでも手続きかと思ってしまう。溜め息を抑えつつ、頷くしかない。
「ルイス殿下をお連れいたしました」
「入れ」
入室を促され会議室へと歩みを進めると、聞き覚えのある声に出迎えられる。
「遠路はるばる、よくぞ参られた。遠慮せず掛けてくれ」
部屋の奥には、ずらりと控えるワイルズ貴族達。
そして、中央の長テーブルには席についている者が、ただ一人。
燃えるような赤髪のワイルズ王子――ギデオン。
「失礼いたします」
ギデオンの正面に座り、コーディとナイト辺境伯が後ろに控える。
――視線を感じる。
ギデオンの後方、ワイルズ貴族達から注がれるのは、侮りと警戒。
それだけじゃない。微かだが確かにあるのは、憤りのような……だがこれは、私に向けられていない?
ワイルズ貴族達のまとう雰囲気に違和感を覚えた時、ギデオンが口を開いた。
「今は国王代理ゆえ、かような場所での会談を了承願いたい」
「とんでもございません、殿下。我らを受け入れて頂き、感謝申し上げます」
「なに、同盟国として当然の事をしたまで」
「安心いたしました。差し出がましくはないかと、思っていた所です」
ギデオンの表情が、ひくりと動いたように見える。
ほんのわずかな違和感は、続く彼の声に消え去った。
「我が国の王陛下への見舞いとなれば、断る理由はない」
「それでは後ほど、見舞いの品をお持ちいたしましょう」
「どのような品物か聞いても?」
「治療薬と、滋養強壮の品を。我が国の物と、外海の物がございます」
「豪勢だな」
軽やかな笑い声が響き、雰囲気が多少明るくなる。
「それだけではございません。治癒師を同行させております」
「ほう」
「つきましては、ハロルド国王陛下の謁見を願います」
「無用だ」
凄みを増した笑顔が、こちらを向く。
迫りくる圧力に、息を呑む。
――視線を逸らすな。毅然と答えろ。
「殿下、彼らは外海からの技術も修めた者たち。きっと、ハロルド国王陛下の助力になりましょう」
「ルイス・フェアバンクス第二王子殿下」
正面から野太い声が遮る。
「見舞いの品は、有り難く頂戴する。だが、謁見は許可できん」
「それは何故でしょう」
「国王陛下の体調は、万全ではないからな。それに――感染でもすれば、困るだろう?」
私の身を案じるような表情の中、ぎらりと眼が光る。
一気に張り詰める空気。ひやりとしたものが背中を流れる。
沈黙が流れる。
言葉が出ない。
途端、弾けるような笑い声が高く響く。
「冗談だ」
ニヤリと笑うギデオン。一瞬にして空気が緩む。
どこからともなく、溜め息も聞こえる。
「殿下、お戯れを」
「こちらとしても同盟国に頼り切るわけにはいかんのだ。理解して頂けるかな?」
「……出過ぎた真似を、いたしました」
満足そうな笑みを浮かべるギデオン。後ろに控えるワイルズ貴族も顔が緩んでいる。だが、老齢の者達は何か諦めたかのような表情だ。彼らの反応に温度差を感じるが……
いや、集中しろ。まだ話は終わっていない。
ギデオンを見据え、言葉を続ける。
「ですが、ハロルド国王陛下はギデオン殿下の父でありましょう」
ギデオンは目を剥き、反応が一拍遅れた。
「それが、どうした」
「奇しくも私も国王を父にもつ身、他人事とは思えません」
ギデオンは黙ったまま、ただただ私を見つめている。
視線を逸らさず、そのまま言葉を紡いでいく。これが、私の思いだ。
「父を思う子として、できる限りの事をしたいと、思った次第です」
ぎこちない笑みを浮かべながら、ギデオンはゆっくりと口を開く。
「親思いだな」
「殿下もでしょう?」
「……ああ、もちろんだ」
瞬きの戸惑い。取り繕うような肯定。
若いワイルズ貴族達にも、わずかに動揺が見える。目を逸らす者や、睨みつけてくる者。これは警戒の高まりか?
視界の端でワイルズ貴族達を伺うと、こちらを見つめる老臣達。
じろりと粘つく視線。
彼らが見ているのは、姿勢や対応だけではない?
まるで、私自身を見定めているようだった。




