EP09.心の置き場
山間から差し込む柔らかな日差しに、瑞々しい新緑の葉が、きらきらと映えている。
朝食を堪能し、客間にて食後の紅茶を一口。ほどよい温度と芳しい香りが心地よい。
――こんな事をしていて、良いのだろうか。
ナイト辺境伯領に到着してから五日が過ぎようとしている。
見舞いの使者としての準備は万端だが、今のままでは入国どころか接近する外交的理由がない。
先触れの使者として、ヒューゴがワイルズ国に向かっている。
待つしかない。わかってはいるが、気が急いてしまう。
「ルイス殿下」
控えていたコーディが、気遣わしげに声をかけてきた。
「どうした?」
「いえ、今朝は何度もため息をつかれていたので」
「そうか、気づかなかったな」
「焦られるでしょうが、気疲れしてしまいますよ」
「……そうだな」
考えないようにしても、心配事は尽きない。
本当にワイルズ入国の許可は下りるのだろうか。
そして、私は国王の名代として、務めを果たせるのだろうか。
それに、フローラは無事でいるのだろうか、と。
――このままではダメだな。
ため息を飲み込み、コーディを見据える。
「少し体を動かす。辺境伯に訓練場の使用許可を頼んでくれ」
「……かしこまりました」
王族たるもの、堂々としていなければならないのは解っているが、どうも余計な事を考えてしまう。こういう時は、剣でも振るうのが一番だ。馬で駆るのもいいな。
久しくない心の弾みを感じていると、部屋に響くノックの音。
“入れ”と入室を促すと、現れたのは辺境伯だった。
「ルイス殿下、失礼いたします――バトラー閣下がお戻りになりました」
どきりと跳ねる胸。浮ついていた心が一気に冷え込む。
「……わかった、部屋を用意してくれ」
「かしこまりました」
辺境伯の声は重く響き、ぐっと身が引き締まる。
✽ ✽
「ご無沙汰しております、ルイス殿下」
案内された辺境伯の執務室には、既にヒューゴが控えていた。そして、手ずから渡される書簡。
「こちらでございます」
「確かに。ヒューゴ、よくやってくれた」
間違いない。ワイルズ国の印の入った入国証だ。これでようやく動く事ができると思うと、少々心が浮つく。
「さすがに拒否されなかったようだな」
「同盟国として断る道理はありませんので……」
するりと出た軽口に、ヒューゴの鉄面皮が揺れる。
嗜めるように、こほんと咳払いをするコーディ。
わかっている。見舞いの使者を拒否するならば、それは外交不可と同義。国として、対処せざるを得なくなる。
「時にヒューゴ、かの国の様子はどうだった」
「やはりハロルド国王陛下の謁見にはならず、ギデオン殿下による対応でした」
「陛下の体調が優れない、という事か」
「そのようです」
先触れの使者相手ではそれも許されよう。しかし私は国王の名代としての見舞いの使者。臥床の上だろうが一目だけでも、その身を現すのが外交儀礼だが……果たしてどうなる事やら。
「それと、こちらの要件を伝えた所、警戒が強まったように感じました」
「同盟国とは言え、他国の部隊が接近するんだ、面白くはないだろう」
「仰る通りでございますが……大切な御身です。くれぐれもお気をつけた方が、よろしいかと」
「十分注意しよう。ご苦労だったな、ヒューゴ」
「ありがとうございます」
「疲れている所すまないが、明日からシビルズ王都へ向かい、国王にも伝えてくれ」
「心得ております。お任せくださいませ」
会釈するヒューゴを横目に見える辺境伯。自然と重なる視線。
「辺境伯、明日我らも出るぞ」
「はっ、かしこまりました」
✽ ✽ ✽
ナイト辺境伯領を出発し、緩やかな山道を抜け一日。国境に降り立つと、春とは思えない寒風が吹き、刺々しい葉をつけた木々が揺れる。
「当たり前だが、シビルズとは景色が全く違うな」
「ここよりさらに北上しますと、木々の無い土地もあるようです」
ナイト辺境伯が指差す先には、緑に萌えた無骨な山肌だけが広がっていた。
本当に他国に来たのだと実感する。
そうこうしている内に、複数の人影がこちらに向かってくる。おそらく取り次ぎを願っていたワイルズ国西方辺境伯だろう。
「ルイス殿下、大変お待たせいたしました」
「こちらこそ、急な願いを受け入れていただき、感謝申し上げる」
ワイルズ国西方辺境伯は軽く会釈すると、やや困り顔で口を開く。
「ただ、なにぶん山奥の土地でございます。歓待の準備も難しく……」
「構わない。明日経つ故、それまで滞在できる場所があれば十分だ」
「左様でございますか。では、こちらへどうぞ」
案内されたのは、豪奢な造りと上等な調度品で飾られた迎賓館。上位貴族が滞在するには十分だろう。それに使用人の教育も行き届いている。
「では、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
冷ややかな視線と、やけに遠い距離感。他国の王族対応と考えれば問題はないだろう。ただ私は、“同盟国の国王を見舞いに来た使者”でもある。拭えきれない違和感がある。
ふと思い出す西方辺境伯の姿。貴族然とした応対の中、微かに感じた厳しい視線。
あれは、警戒? 当然といえば、当然なのだろうか。
「ルイス王子。明日も移動になりますので、今日は早めにお休みくださいませ」
「……ああ、そうだな」
コーディの言う通りだ。明日にはここを出るんだ、さっさと休んでしまおう。
楽しむ間もなく夕餉を済ませ、用意された上等な客間に下がる。
まとわりつく居心地の悪さを、やり過ごすようにワイルズの朝を迎えた。




