EP08.承知の上
車内の小窓から覗く新緑の葉。未だ肌寒さを覚える風。山間の春を肌で感じる中、ゴトゴトと揺れる車輪と、絶え間ない蹄の音に包まれている。
「王都を出て二日経ったが……どうにも慣れないな、この大所帯は」
「護衛の兵装や食量だけでなく、見舞いの品に治療師も同行していますからね」
同乗しているコーディから苦笑いが漏れる。
国王の名代として任じられた見舞いの使者。伴う部隊は、その大役に見合う規模になってる。
編成には七日を要し、臨時とは思えないほどの大部隊。準備には私自ら携わったが、本当に大変だった。現総督の指導がなかったらと思うと、今でもぞっとする。
改めて事の重大さを噛み締めながら、行程表に目を通す。
「ナイト辺境伯領までは、あと三日ほどか」
「その予定です」
「このままワイルズ国に行ければよかったんだが……」
「この大部隊で接近すれば、軍事的圧力と取られかねませんよ」
「わかっているが、もどかしいと思ってな」
「父 ――いえ、バトラー閣下がワイルズ国に先行しています。必ず入国許可を得られましょう」
「待つのも務めの内か」
コーディは無言のまま深く頷いた。
国王の筆頭文官であるヒューゴが、先触れの使者として既にワイルズに向かっている。こちらの意図を伝えるには、十分な人選だろう。合流地点であるナイト辺境伯領で、成果を待てば良い。
手から行程表が離れ、古風なハンカチにそっと触れる。
「――ナイト辺境伯領、か」
以前訪れた時は、いつだったかな。フローラと交わした最後の会話が、かなり昔の事に思える。
「ルイス殿下、今回は公務ですからね」
コーディの言葉に、どきりと胸が跳ねる。
「わ、わかっている」
まあ、フローラに会えるのではと、期待していないと言えば嘘になる。
心を見透かすような目が、じとりとこちらを向いている。落ち着け、平常心だ、平常心。
✽ ✽
「ルイス殿下、お待ちしておりました」
先行していた辺境伯に出迎えられ、挨拶を交わす。残念ながらフローラはいないようだ。
「お疲れの所申し訳ありませんが、お話しなければならない事がございます」
「話? どんな事だ」
「ここでは少々……」
何事かと構えていると、コーディが一歩前に出た。
「私が同行しても?」
「もちろん、構いません」
コーディの提案も予想していたようだな。筆頭文官を交えた話か、厄介事でなければ良いが。
「良いだろう。案内してくれ」
「かしこまりました」
ずずっと開く重厚な正面扉。ずらりと並ぶ使用人達は、無言で頭を垂れている。しんと静まり返った辺境伯城内は、別世界のように感じる。
案内されたのは執務室。促されるままソファにかけると、コーディは後ろに控えた。
柔らかな座面にひと心地、と言いたいが、どこか座りが悪い。
「それで、話とはなんだ」
「フローラの事でございます」
「そう言えば、姿を見ていないな」
「それは、この城にはいないからです」
「どういう事だ?」
辺境伯は深く頷き、口を開く。嫌な予感しかしない。
「現在、ワイルズ国におります」
「な、に?」
どくんと胸が跳ねる。
ざわりとしたものが背中を走る。
息が、荒い。
落ち着け、落ち着け。
「なぜ、かの国に?」
「あの夜会の後です。こちらの対応を非礼として……ギデオン王子に、求められました」
わずかに震える辺境伯の声。溢れる感情を、押し殺すかのようだ。
私が招かれた夜会に、突如現れたギデオン王子。辺境伯は驚きながらも、退席を願っていた。
どちらが非礼かと問いたくなるだろうが、相手は同盟国の第一王子。言い掛かりを付けるには十分、という事か……忌々しい。
『婚約者の屋敷に赴いて、何か不都合でも?』
思い起こされる尊大な声。
ふつふつと、熱いものがこみ上げてくる。
「例の、口約か?」
「表向きは」
「……まさか」
「お察しの通り、人質かと」
ナイト辺境伯の表情が、微かに揺れる。
引き結ばれた口。強く握られた拳。
あの姿は、辺境伯領主ではない。
娘を憂う父そのもの。
ああ、ダメだな。
冷静にならなければ。
目を閉じ、深く吸い、ゆっくり吐き出す。
じわじわと、熱を鎮めていく。
ふと胸元に触れる。
忍ばせた古風なハンカチ。
フローラ……無事なんだろうな?
目を開くと、力強い辺境伯の視線があった。
「しかしながらルイス殿下。この件は、我らにとっても好機でありました」
「好機、だと?」
「手の者を侍女に付けております」
辺境伯令嬢が向かうとなると、もちろん世話役が必要になる。そこにナイト家の諜報員を潜ませた、という事か。
「そうか、卿がもたらした、あの情報だな?」
「ご明察の通りでございます」
過剰な要求を逆手に取った潜入捜査。内部情報を得るためといえ大胆過ぎる。だが、どうもそれだけじゃないような気が……
さらりと流れるプラチナブロンド。
この国で一番美しいカーテシー。
可憐な辺境地令嬢フローラ。
――あれでいて私より、強い。
「フローラも了承しているのか?」
「殿下には隠し事ができませんな……ただ、少々誤解がございます」
「というと?」
「娘自ら提案した策にございます」
「……は?」
ずるりと姿勢を崩す。
言葉が見つからない。
頭が真っ白だ。
構わず辺境伯は続ける。
「必ず成し遂げると」
「なに、を?」
「確証を得てくると」
「有言実行だな」
「ええ、どうやらそのようで」
苦笑を浮かべる辺境伯。
コーディも呆れたような溜め息をついている。
ギデオンも侍女には警戒しているだろう。
だがまさか令嬢自身が潜入員だとは夢にも思うまい。だからこそ、隙や油断が生じたという事か……ちょっとお転婆が過ぎないか?
「それを許す卿も卿だな」
「仰る通りで」
辺境伯の表情から苦味が抜けない。
私も似たようなものか。
すっかり気が抜け、頬が緩んでいる気がする。
だが呆けてばかりでは、いられない。
姿勢を正し、辺境伯を見据える。
「なぜあの機密が得られたのかは理解した。その危うさもな」
深く頷く辺境伯。控えたコーディからも緊張が伝わる。
「シビルズの辺境伯令嬢を迎えた後、本国からの使者。おそらくワイルズも情報が漏れたと想定しているだろう」
きりりと空気が張り詰めていく。
「両国のためにも、より慎重な対応が必要、という事だな……だが私だけでは力不足だ。助力頼むぞ、辺境伯」
「かしこまりました」
ただでさえ身に余る大役だというのに、難度が高まった思いだ。
だが弱音を吐いてる場合ではない。
気を引き締め、来たるべき日に備えるとしよう。
お転婆令嬢の無事を、祈りつつ――




