幕間:壁
国王の命により、ワイルズ国へ見舞いの使者の派遣が決まった。そして私は国王の名代として部隊を率いる事になる。
頭ではわかってはいるけど、現実味がまるでない。
にわかに騒がしくなるシビルズ王城内。
慌ただしく行き交う文官。
引き続き交易対策を練る貴族。
護衛の兵士達も、何やら忙しそうだ。
皆一丸となっている様を、ただ見ている。
「ルイス殿下、そろそろ軍部の方へ向かいましょう」
控えていたコーディの声に、ハッとする。そうだ、この状況に呆けてる場合じゃない。私も準備をしなければならない。
今回は公的な遠征となるため部隊が必要だ。だが私一人では未だ経験不足。そこで、現在王都軍総督であるジャレッド叔父上の指導を受ける事になった。
「そうだな、行こう」
我ながら気の抜けた答えと思いつつも、シビルズ軍本部へと向かう。
「おお、ルイス。来たか」
「叔父上、ご指導のほど、よろしくお願いします」
短いブルネットの髪が揺れ、琥珀色の瞳が笑う。叔父上は父上と似た顔立ちだが、体格は歴戦の猛者そのものだ。
日常の学習でも会う事はあるけど、今日はいつもと様子が違う。これは机上の学びではないのだとわかる。
「さてルイス。同行する部隊だが ――どれだけ欲しい?」
「どれだけ?」
「言っておくが、全軍送り出す事はならんぞ」
「はい?」
「さすがに王都を手薄にするわけにはいかんからな」
「お、叔父上?」
シビルズ王都の陸兵は比較的少ないとはいえ、数千を超えるが……
叔父上のニヤリと口角が上がり、笑い声が噴き出す。
「はははっ! 冗談だ!」
どんっと叩かれる背中。和ませようとしてくれてるのかな? ありがたい事だけど、結構痛い。
ふと叔父上の視線が鋭くなり、私の背後に向けられる。
「お前の近衛は皆連れて行くのだぞ。良い経験になる」
びくりと震える近衛達。
「でしょうね。期待しているぞ、お前達」
揃って顔に緊張が張り付いている。大丈夫だろうか? 叔父上も眉を寄せつつ、“ふんっ”と鼻を鳴らしている。
「ルイス、お前は平気そうだな」
「正直現実味がない、という感じです」
「なるほどな。だが、それも今の内だぞ」
「はい……」
ぎろりと見つめる琥珀の眼に、ぞくりとしたものが背筋を走った。
「――叔父上、部隊編成案ができました。確認をお願いします」
「どれどれ……ふむ、料理人はどうした」
「料理人、ですか?」
「ルイスよ、お前は王族だぞ。兵達と同じ鍋をつつくつもりか?」
「あっ」
思わぬ指摘に頭が真っ白になる。
「体調管理や安全面だけでなく、王族としての体面もある。その様子では、頭になかったようだな」
「はい……」
「やり直しだ。それに行程に必要な兵站や見舞いの品。同行させる治癒師も決まってないではないか」
「す、すみません」
叔父上から呆れたようなため息が漏れ聞こえる。
これは、思ったよりも大変だぞ……
部隊編成に伴う、必要な兵装と食糧。
それに今回は“見舞いの使者”という特殊な状況。
治療薬だけでなく、滋養強壮の品。
ああ、それと治癒師の手配だったな。
待てよ、部隊の治療班とは別なのか?
ああ、これも叔父上に確認しなければ……
“現実味がない”なんて思う間もなく、忙しい日々はあっという間に過ぎて行った――
* * *
大仰な扉がゆっくりと開き、真紅のカーペットが王の間へと続く。
左右に立ち並ぶのは重臣のシビルズ貴族達。その中央に頂く玉座。息苦しさをまといながらも、国王の下に跪く。
「ルイスよ、頼んだぞ」
「はっ、名代としての務め、果たして参ります」
「うむ ――気をつけてな」
「お気遣い、ありがとうございます……国王陛下」
優しげな声に、思わず“父上”と言いそうになる。ぐっと飲み込み王の間から下がり、シビルズ城を出る。
春の清々しい青空の下、シビルズ王城前は物々しい雰囲気に包まれている。
柔らかな陽光に照らされた、白銀の甲冑。
リズムを刻む足並みが並んでいく。
なんとか編成した部隊が、ずらりと並んでいる。壮観の一言だな。
「いよいよ出発か」
「はい。叔父上にはお世話になりました」
この準備期間中、本当に助かった。叔父上がいなかったらと思うと、ぞっとする。
「なに、これも私の大事な仕事だ。それに、お前には実際の現場を体験させたくてな。勉強になっただろう?」
「ええ……思い起こせばたったの七日間でしたが、一月分の学びを得た思いです」
「それはなによりだ」
がっちゃがっちゃと音を立てながら、肩を叩かれる。激励のつもりなんだろうけど、やっぱり痛いので、ほどほどにして欲しい。
でも、この力強さが、とても頼もしく思えた。
私もいずれ叔父上のように、常に強くあれるように、ならなければ。
姿勢を正し、叔父上に視線を合わせる。
「それでは、行って参ります」
一瞬見開く琥珀の瞳。
ふと浮かぶ笑み。
その場に跪き、ブルネットの髪が揺れる。
「ルイス殿下のご健闘を、お祈りいたします」
朗々とした声の向こうにあるのは、シビルズ軍総督の佇まいだった。
……目標が高すぎたかな?




