第5話
プリンス・タックスイーターの税務調査を終えてから一週間が過ぎた頃、セレスティア・ヴァルクリードは王宮の一室で新たな調査資料に目を通していた。
(8000万ゴールドの追徴課税……あの人、大丈夫かしら)
愛人への支出を包み隠さず告白したプリンスの情けない顔を思い出しながら、セレスティアは新しい未納者リストを確認する。その中で特に気になる名前があった。
「プリンセス・ディダクション……16歳?」
王女の名前だった。帳簿によると、免税特権を悪用した大規模な脱税の疑いがある。しかし16歳という年齢が引っかかる。
(まさか王女様まで……)
「あの、セレスティア様?」
ドアをノックする音と共に、見慣れた執事のセバスチャンが顔を出した。
「お忙しい中申し訳ございません。実は王女様がお呼びです」
「王女様が?」
セレスティアは眉を上げた。まさかタイミングが良すぎる。いや、悪すぎるかもしれない。
「はい。『慈善パーティーの件で徴税官様にご相談があります』とのことで……」
(慈善パーティー?)
セレスティアは手元の資料を見返す。確かにプリンセス・ディダクションの支出項目に「慈善事業費」という名目で巨額の支出が記載されていた。
「分かりました。ご案内ください」
王宮の廊下を歩きながら、セレスティアは心の準備を整えた。16歳の王女といえども、脱税は脱税だ。しかし相手は未成年。どう対応すべきか迷う。
案内された部屋は、豪華な応接室だった。薔薇の花が飾られ、上品な香りが漂っている。そして部屋の奥から、美しい少女が現れた。
「お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」
プリンセス・ディダクションは深々と頭を下げた。プラチナブロンドの髪を縦ロールに結った、絵本から出てきたような美しい王女だった。水色のドレスが彼女の青い瞳を一層引き立てている。
「こちらこそ、お呼びいただきありがとうございます」
セレスティアは丁寧に挨拶を返した。しかし内心では警戒していた。相手は脱税の疑いがある人物だ。どれほど美しく上品に見えても、油断はできない。
「実は、来週開催予定の慈善パーティーについて、税務上の確認をしていただきたくて」
プリンセス・ディダクションは上品な笑みを浮かべながら説明を始めた。
「困っている孤児院の子供たちのために、寄付を募るパーティーを企画しているんです。でも税法に詳しくないものですから、適切な手続きができているか不安で……」
(なるほど、先手を打ってきたのね)
セレスティアは感心した。普通なら税務調査を恐れるものだが、この王女は逆に相談という形で接触してきた。なかなか頭が回る。
「具体的には、どのような内容のパーティーでしょうか?」
「孤児院の現状を知っていただくため、豪華な……あ、いえ、適切な規模でのお食事会を予定しております」
プリンセス・ディダクションはしどろもどろになった。
(今、豪華なって言いかけたわね)
セレスティアの眉がピクリと動く。
「予算はどの程度を想定されていますか?」
「そ、それが……500万ゴールドほど……」
「……500万ゴールドですか」
セレスティアの声が低くなった。孤児院への寄付金集めのパーティーに500万ゴールドは、明らかに異常な金額だ。
「あ、あの、これでも予算を削ったんです!最初は800万ゴールドの予定だったんですけど……」
プリンセス・ディダクションは慌てて付け加えた。しかし、それは完全に墓穴を掘る発言だった。
(800万ゴールド……一体どんなパーティーを企画してるのよ)
「詳細な予算書を拝見できますでしょうか?」
セレスティアの事務的な口調に、プリンセス・ディダクションの表情が僅かに曇った。
「も、もちろんです!こちらに……」
差し出された予算書を見て、セレスティアは絶句した。
「高級食材費200万ゴールド、装飾費150万ゴールド、音楽隊費100万ゴールド、会場費50万ゴールド……」
セレスティアは一つ一つの項目を読み上げる。その額の大きさに、思わず早口になってしまう。
「規則では免税特権の適用は『公的目的に限る』と明記されており、しかもその規模は『社会通念上適切な範囲』でなければならず、さらに『真に必要最小限の支出』である必要が……」
「あ、あの……」
プリンセス・ディダクションが小さく手を上げた。
「ちょっと早くて聞き取れないのですが……」
「あ、すみません」
セレスティアは深呼吸して、落ち着きを取り戻した。動揺すると税法条文を早口で暗唱してしまう悪い癖が出てしまった。
「要するに、この予算は慈善事業としては過剰すぎます」
「そ、そうでしょうか……?でも、素晴らしいパーティーにしないと、たくさん寄付してもらえないと思うんです」
プリンセス・ディダクションは上目遣いで見つめた。その表情は確かに純粋そうに見える。しかし、セレスティアの職業的勘が警鐘を鳴らしていた。
(この子、何か隠してるわね)
「実際のパーティーを拝見させていただけませんか?現場確認は税務調査の重要な手続きですので」
セレスティアの提案に、プリンセス・ディダクションの顔が青ざめた。
「げ……あ、いえ、現場確認ですか?」
「はい。透明化魔法により、客観的な状況確認を……」
「透明化魔法!?」
プリンセス・ディダクションが椅子から飛び上がった。
「い、いえ、そんな大げさな調査は必要ありません!普通にゲストとしてご参加いただければ!」
(やっぱり何か後ろめたいことがあるのね)
セレスティアは確信した。この慈善パーティーには、必ず裏がある。
「それでは、ゲストとしてお邪魔させていただきます」
「あ、ありがとうございます!きっと素晴らしいパーティーだと分かっていただけると思います!」
プリンセス・ディダクションは慌てたように笑った。しかし、その笑顔はどこか引きつって見える。
その時、応接室のドアがノックされた。
「王女様、失礼いたします」
セバスチャンが顔を出す。
「プリンス様がお呼びです。愛人の件で、また何か……」
「父上!?」
プリンセス・ディダクションの表情が一瞬暗くなった。セレスティアはその変化を見逃さなかった。
(父親の愛人問題……この子にとっては辛い話ね)
「あの、王女様」
セレスティアは優しく声をかけた。
「お父様のことで何かお困りでしたら、職務の範囲内でお力になれることがあるかもしれません」
「え?」
プリンセス・ディダクションが顔を上げる。その瞳に、ほんの少しだけ安堵の色が浮かんだ。
「でも規則では……個人的な相談は業務外ですが、税務に関連する問題でしたら」
「ありがとうございます……」
プリンセス・ディダクションは小さく微笑んだ。それは先ほどまでの作り笑顔とは違う、本当の笑顔だった。
(この子も大変なのね。16歳で、父親の不祥事を背負って……)
セレスティアは少しだけ同情した。しかし、それでも脱税は見逃せない。
「それでは、パーティーは来週でしたね?」
「はい!土曜日の夜です!」
応接室を出る時、セレスティアは振り返った。プリンセス・ディダクションが窓辺に立ち、何かを考え込むような表情で外を見つめていた。
(慈善事業への憧れは本物かもしれない。でも、やり方が間違ってる)
セレスティアは心の中で呟いた。来週のパーティーでは、きっと想像以上の豪華さが待っているだろう。そして、その実態を確認すれば、この16歳の王女がどんな「慈善事業」を行っているのかが明らかになるはずだ。
王宮の廊下を歩きながら、セレスティアは次の調査計画を練り始めた。透明化魔法は使えないが、パーティーの参加者として内部に潜入できる。これは絶好の機会だった。
(でも、今度は魔法が解けても服を着たままでいられるわね……)
あの恥ずかしい失敗を思い出し、セレスティアは苦笑した。今回は普通のゲストとして参加する。きっと前回のような大失態は起こらないだろう。
……そう思っていたのだが、運命は時として予想外の展開を用意しているものである。




