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第4話

別荘での調査を終えてから三日が経った頃、セレスティア・ヴァルクリードは改めて王宮の一室でプリンス・タックスイーターと対峙していた。


あの日、地下室で金庫を発見した時のことが頭を過ぎる。透明化魔法が解けて全裸になった恥ずかしい瞬間も含めて、あれからプリンスは観念したかのように見えたが、実際はそうでもなかったようだった。


「それでは、改めて税務調査の詳細を確認させていただきます」


セレスティア・ヴァルクリードは事務的な口調で切り出した。彼女の前には山積みの帳簿と証拠書類が並んでいる。プリンスは机の向こう側で、明らかに緊張した様子で座っていた。


(やはりまだ警戒されているな)


プリンスの視線は頻繁に逸れ、手をもじもじと動かしている。額にうっすらと汗も浮いている。初対面ではないものの、税務調査という緊迫した状況では、信頼関係など築けるはずもなかった。


「まず、この別荘建設費5000万ゴールドの件ですが」セレスティア・ヴァルクリードは帳簿を指差した。「これを『城の修繕費』として計上されていますが、説明をお願いします」


プリンスの顔が青ざめた。それまで懸命に威厳を保とうとしていた表情が、みるみる情けない顔に変わっていく。


「あ、あれは……その……」


プリンスは視線を泳がせながら、必死に言い訳を考えているようだった。彼の自信のなさげな態度が、より一層強調される。


「城の……城の一部なんです!」


「城の一部?」


セレスティア・ヴァルクリードは眉を上げた。規則に従って淡々と事実を確認していく。感情は表に出さず、あくまで事務的に。


「はい!愛人も城の重要な構成要素でして!」プリンスは慌てて説明を始める。「ほら、城には王妃もいるじゃないですか。だから愛人も城の一部ということで……」


「……なるほど」


セレスティア・ヴァルクリードは冷静に頷いた。内心では(何を言ってるんだこの人は)と思っていたが、表情には出さない。


「それでは、こちらの宝石代1000万ゴールドはいかがでしょうか?これも『城の修繕費』に計上されていますが」


「あ、あれは……」プリンスの額の汗が増えた。「城の……装飾品です!」


「装飾品?」


「そうです!愛人に身につけてもらうことで、城全体の美観が向上するんです!」


(この人、本気でそんなことを言ってるのかしら……)


セレスティア・ヴァルクリードは内心で呆れたが、職業的な冷静さを保った。プリンスは相変わらず彼女から目を逸らし、机の下で足をもじもじと動かしている。完全に追い詰められた小動物のようだった。


「では、こちらの南の島への旅行代500万ゴールドは?」


「それは……えーと……」プリンスはさらに慌てた様子で早口になった。「視察です!視察旅行!」


「視察?」


「そうです!王国の領土を視察するのは王の重要な職務でして……愛人を同行させたのは、その……秘書として……」


「秘書として」セレスティア・ヴァルクリードは復唱した。


「はい!とても有能な秘書なんです!」


プリンスはなぜか誇らしげな表情になった。愛人の話になると急に表情が緩む。本当にメロメロなのだなと、セレスティア・ヴァルクリードは実感した。


(でも規則では……このような明らかな私的支出を経費として認めることはできません)


セレスティア・ヴァルクリードは心の中で税法の条文を思い浮かべる。どう考えても、これらの支出は個人的な娯楽費だった。


「プリンス様」セレスティア・ヴァルクリードは丁寧に、しかし厳しく言った。「これらの支出が『城の修繕費』や『公務費』として認められるためには、明確な公的目的と合理的な必要性が証明される必要があります」


プリンスの顔が真っ青になった。それまでの威厳を保とうとする態度は完全に崩れ、今や小さくなって椅子に座り込んでいる。


「で、でも……愛人への投資は国家の未来への投資でもありまして……」


「国家の未来?」


「そうです!彼女が幸せになれば、王である私も幸せになり、幸せな王がいる国は栄えるのです!」


プリンスは必死の形相でまくし立てた。しかし、その論理はあまりにも無茶苦茶で、セレスティア・ヴァルクリードは思わず眉をひそめた。


(この理屈が通るなら、世の中の全ての支出が経費になってしまいます)


その時、プリンスが突然立ち上がった。


「そうだ!これは恋愛税制特例の適用案件です!」


「……恋愛税制特例?」


セレスティア・ヴァルクリードは初めて聞く用語に困惑した。神様から詰め込まれた知識の中にも、そのような制度は存在しなかった。


「愛のために使ったお金は経費として認められるという、とても古い法律なんです!」プリンスは得意げに胸を張った。


「……すみません、そのような法律は税法には存在しませんが」


セレスティア・ヴァルクリードの冷静な指摘に、プリンスは再び青ざめた。


「え……あれ……おかしいな……確かにどこかで読んだような……」


(この人、今その場で作ったでしょう)


プリンスは完全にパニック状態に陥っていた。冷や汗をかきながら、机の上の書類をバタバタと漁り始める。しかし当然ながら、存在しない法律の証拠など見つかるはずがなかった。


「あの……プリンス様」セレスティア・ヴァルクリードは困ったような表情を浮かべた。「嘘をつかれても、調査結果は変わりません。正直にお話しいただいた方が……」


その時だった。プリンスが突然机に突っ伏した。


「うう……もうダメだ……全部バレてる……」


声が震えている。王としての威厳は完全に消え失せ、今や情けない中年男性の姿がそこにあった。


「愛人が可愛くて、つい……つい甘やかしてしまって……」


プリンスはようやく本音を漏らした。セレスティア・ヴァルクリードはその様子を見て、少しだけ表情を和らげた。


(本当は分かっていたのね。いけないことだと)


「プリンス様、正直にお話しいただければ、神罰の軽減も考慮できる場合があります」


セレスティア・ヴァルクリードの言葉に、プリンスは顔を上げた。その目には一縷の希望が宿っている。


「本当ですか?」


「ええ。でも規則では……完全な免除は不可能です」


セレスティア・ヴァルクリードは規則を思い出しながら答えた。やはり規則は規則だ。感情で曲げることはできない。


プリンスは深いため息をついた。


「分かりました……全て正直に話します」


それから約一時間、プリンスは愛人への支出の詳細を包み隠さず説明した。宝石、ドレス、旅行、別荘、さらには愛人の友人たちへの贈り物まで。その総額は実に8000万ゴールドに上った。


セレスティア・ヴァルクリードは黙々と記録を取りながら、心の中で複雑な気持ちになっていた。


(こんなに愛されている愛人も、ある意味では幸せかもしれないけれど……でも税金は別の問題よね)


調査が終わった頃には、外はすっかり夕暮れになっていた。プリンスは完全に疲れ果てた様子で椅子にもたれかかっている。


「お疲れ様でした。追徴税額と神罰については、後日正式に通知いたします」


セレスティア・ヴァルクリードが立ち上がろうとした時、プリンスが小さな声で呟いた。


「あの……徴税官様は、恋をしたことはありますか?」


突然の質問に、セレスティア・ヴァルクリードは動きを止めた。


「……なぜそのようなことを?」


「恋をすると、人は理性を失うんです」プリンスは遠い目をして言った。「分かっていても、止められない。相手のためなら何でもしてあげたくなる。それが例え間違っていても」


セレスティア・ヴァルクリードは少し考えてから答えた。


「……私は恋愛経験がありませんので、よく分かりませんが」


プリンスは苦笑した。


「そうですか。でも、いつか徴税官様も恋をする日が来るでしょう。その時は……私の気持ちが分かるかもしれません」


王宮を後にしながら、セレスティア・ヴァルクリードはプリンスの言葉を反芻していた。


(恋愛で理性を失う、か……)


しかし、それでも規則は規則だ。感情で税務を歪めることは許されない。


(でも規則では……って、また同じことを考えてる)


自分の口癖に気づき、セレスティア・ヴァルクリードは苦笑した。明日も税務調査は続く。まだまだ多くの未納者が待っている。きっと、今回のような珍妙な言い訳もまた聞くことになるのだろう。

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