第3話
王宮での神罰執行を終えた翌日、セレスティア・ヴァルクリードは新たな調査対象について考えていた。
(プリンス・タックスイーター……あの王様ね)
昨日の調査で判明した税金未納者の中でも、特に悪質だった人物だ。愛人への支出を「城の修繕費」として計上するなど、明らかな税務違反を犯している。
「でも規則では……潜入調査が必要な案件の場合、透明化魔法の使用が推奨されています」
セレスティア・ヴァルクリードは神様から授けられた能力を思い出した。透明化魔法。脱税現場を直接確認するための特殊能力だ。
(使ったことないけど、やってみましょう)
王宮の外れにある、豪華な別荘。昨日の帳簿によれば、これが問題の「愛人用別荘」だった。
セレスティア・ヴァルクリードは別荘の前で立ち止まる。石造りの美しい建物で、明らかに「修繕費」などではなく新築だった。
「透明化魔法、発動」
バッジに手をかざすと、体がふわりと軽くなった。手を見ると、確かに透明になっている。
(おお、成功した)
透明状態で別荘に侵入する。玄関の扉は鍵がかかっていたが、透明化魔法には「物質透過」の効果もあるようだ。壁をすり抜けて中に入った。
「あら、プリンス様♪」
甘ったるい女性の声が聞こえる。リビングを覗くと、豪華なソファに座る若い女性と、その隣でメロメロになっている中年男性がいた。
プリンス・タックスイーター本人だ。
「君のためなら何でもしてあげる」王様は愛人の手を握りながら、うっとりした表情を浮かべている。「今度は何が欲しい?宝石?それとも新しいドレス?」
「そうねぇ……あ、そうそう!この前話していた、南の島への旅行はどうかしら?」
「もちろんだ!すぐに手配させよう!」
(これは……完全に公私混同ですね)
セレスティア・ヴァルクリードは心の中でため息をついた。これでは税金逃れと言われても仕方がない。
地下室に隠された金庫があるという情報もあった。セレスティア・ヴァルクリードは階段を下りて地下室へ向かう。
石造りの地下室には、確かに大きな金庫があった。その中を覗くと――
「うわあ……」
金貨が山のように積まれている。しかも帳簿に記載されていない、完全な簿外資産だった。
(これは神様に報告しなければ)
その時だった。
「……ん?」
セレスティア・ヴァルクリードは自分の手を見て愕然とした。透明だったはずの手が、薄っすらと見えている。
(え?まさか……)
魔法が解け始めているのだ。
「透明化魔法って時間制限があったの!?」
慌てて地下室から出ようとするが、階段の途中でついに魔法が完全に解けてしまった。
制服だけが地下室に残されたまま、セレスティア・ヴァルクリードは階段の途中で全裸の状態で姿を現した。
「きゃああああああ!」
自分の声だった。
その声を聞いて、上からバタバタと足音が聞こえてくる。
「誰だ!?泥棒か!?」
プリンス・タックスイーターの声だ。どうやらリビングから駆けつけてきたらしい。
「あ、あの、これは……」
セレスティア・ヴァルクリードは慌てて両手で体を隠しながら、階段の途中で立ち往生していた。
「君は……」プリンスが階段の上から覗き込む。「うわああああああ!?」
王様の顔が真っ赤になった。慌てて目を逸らしながら、手をぶんぶん振り回している。
「すみません!見てません!見てませんから!」
「私の方こそすみません!これには事情が……」
「い、いや、事情って何の事情だ!?なんで君が我が家の地下室に全裸で!?」
「税務調査です!」
「税務調査!?」
プリンスの声が裏返った。
「透明化魔法で潜入調査中に、魔法が解けてしまいまして……」
「透明化魔法って何だそれは!?」
「天界徴税官の特殊能力の一つで……」
「天界徴税官!?」
プリンスは青ざめた。そういえば昨日、王宮で神罰が下ったという噂を聞いていたのだ。
「あの、とりあえず服を……」
セレスティア・ヴァルクリードが地下室の方を指差すと、プリンスは慌てて目を逸らしながら答えた。
「そ、そうですね!服!服を着てください!その間、私は絶対に見ませんから!」
「ありがとうございます」
地下室に戻って制服を着直すセレスティア・ヴァルクリード。その間、プリンスは階段の上で背中を向けたまま、そわそわと落ち着かない様子だった。
「あの、徴税官様?」
「はい、何でしょうか?」
「その……税務調査って、つまり……」
「はい。あなたの脱税を調査しています」
プリンスの肩がビクッと震えた。
制服を着終わったセレスティア・ヴァルクリードは、階段を上がってプリンスと向き合った。
「改めまして、天界徴税官のセレスティア・ヴァルクリードです。プリンス・タックスイーター様の税務状況について、いくつか確認させていただきたいことがあります」
セレスティア・ヴァルクリードは事務的な口調で話すが、さっきの大ハプニングのせいで顔がまだ赤い。
「あ、あの、さっきのことは……」プリンスも顔を赤らめている。「秘密にしていただけると……」
「もちろんです。業務上知り得た情報の守秘義務は遵守いたします」
セレスティア・ヴァルクリードは淡々と答えるが、心の中では(恥ずかしくて死にそう……)と思っていた。
「それで、地下室の金庫の件ですが」
「あ、ああ……バレていましたか……」
プリンスはがっくりと肩を落とした。
「簿外資産として約5000万ゴールドを確認いたしました。これらは所得申告に含まれておりませんね?」
「は、はい……」
「また、この別荘の建設費用を『城の修繕費』として計上している点、愛人様への贈答品を『公務経費』として処理している点についても確認が必要です」
「うう……全部バレてる……」
プリンスは完全に観念したような表情になった。
「なお、透明化魔法による潜入調査は正当な税務調査の一環ですので、住居侵入等の問題はございません」
セレスティア・ヴァルクリードは規則通りの説明をするが、やはりさっきのハプニングが頭から離れない。
(初めて魔法を使うんだから、事前に説明書を読んでおけばよかった……)
「そ、それで、どうなるんでしょうか?」プリンスが恐る恐る尋ねる。
「追徴税額と神罰の内容を算定して、後日通知いたします。なお、今回の調査で判明した脱税額は相当な金額になりますので、それなりの神罰が予想されます」
「神罰って……まさか隕石とか……」
「いえ、それは重度の場合です。軽度であれば腹痛と雨雲程度かと」
「あ、それなら……って、軽度なんですか?」
「5000万ゴールドの脱税ですからね。中程度になる可能性もあります」
プリンスの顔が青ざめた。
「中程度って?」
「えーと……確か、一ヶ月間全身にじんましんが出るのと、頭上に雷雲が常に浮かぶというものだったかと」
「それはひどい……」
調査を終えて別荘を後にするセレスティア・ヴァルクリード。歩きながら、今日の出来事を振り返っていた。
(まさか全裸で鉢合わせするなんて……異世界転生してから、なんだか恥ずかしいことばかり起きる気がする)
バッジが再び光り始めた。まだ他にも未納者がいるようだ。
(でも、透明化魔法は便利ね。次は時間制限に気をつけましょう)
セレスティア・ヴァルクリードは気を取り直して、次の調査先へ向かった。この調子だと、この王都の税務問題はかなり深刻かもしれない。




