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第2話

バッジの光が強くなっているということは、近くに税金未納者がいるということだった。


(いきなり仕事か……)


セレスティア・ヴァルクリードは深呼吸をする。神様から転生の魔法と一緒に詰め込まれた知識を思い出そうとした。異世界の通貨制度、社会構造、そして税制度の詳細。頭の中に大量の情報が整理されて入っているはずだった。


「えーと、確か収入の15%が神への税金で、未納期間に応じて罰則が……」


小声でぶつぶつと呟いていると、バッジがさらに激しく光った。真っ赤に光るバッジを見下ろして、セレスティア・ヴァルクリードは首をかしげる。


「この光の強さだと、相当悪質な未納者ね」


異世界に来てまだ数分。まだ状況を把握しきれていないのに、いきなり本格的な徴税業務とは。セレスティア・ヴァルクリードは肩をすくめた。


(まあ、税務調査は慣れてる。日本でも異世界でも、脱税は脱税よね)


石畳の道を歩きながら、周囲を見回す。中世ヨーロッパ風の建物が立ち並び、時折空を飛ぶドラゴンらしき影が見える。完全に異世界だった。


バッジの光を頼りに歩いていると、立派な城が見えてきた。城壁に囲まれた王都の中心部らしい。警備の兵士たちが城門の前に立っている。


「あの、すみません」


セレスティア・ヴァルクリードは警備兵の一人に声をかけた。兵士は彼女の制服を見て、少し怪訝な顔をする。


「何か御用でしょうか?」


「天界徴税官のセレスティア・ヴァルクリードと申します。税務調査にまいりました」


警備兵の顔が青ざめた。


「ぜ、税務調査!?」


「はい。未納者が近くにいるという情報を得まして」


セレスティア・ヴァルクリードは右手首のバッジを見せる。真っ赤に光るバッジに、兵士は完全に戸惑った様子だった。


「え、えーと……少々お待ちください!」


兵士は慌てて城の中へ駆けていく。残された兵士は、セレスティア・ヴァルクリードを見て冷や汗をかいていた。


(あれ?なんかすごく怖がられてる……)


しばらくすると、先ほどの兵士が戻ってきた。今度は老執事のような男性を連れている。


「天界徴税官様、お疲れ様でございます。私、王宮執事のセバスチャンと申します」


執事は深々と頭を下げた。その後ろで兵士も震えている。


「税務調査とのことですが……まさか、王宮に?」


「バッジの反応を見る限り、そのようですね」


セレスティア・ヴァルクリードは手首のバッジを見せる。城に近づくにつれて、光はさらに強くなっていた。


「あ、あの……何か手続きが必要でしたら……」


「いえ、神の名において行う正式な税務調査です。手続きは不要です」


セレスティア・ヴァルクリードは規則通りの返答をする。日本での国税専門官時代と同じだ。正式な調査に個人の都合は関係ない。


執事は困ったような顔をして、城の奥を振り返った。


「……分かりました。ご案内いたします。ただ、王様は現在……その……」


「その?」


「昼寝中でございまして……」


「昼寝?」


セレスティア・ヴァルクリードは時計を見る。まだ午前中だった。


(昼寝って……仕事は?)


「王様のお仕事のスケジュールはどうなっているんでしょうか?」


執事の顔がさらに困ったような表情になる。


「えーと……基本的に午前中は睡眠時間、午後は娯楽時間、夕方は食事時間、夜は……その……プライベートな時間でして……」


「……仕事の時間は?」


「週に一度、30分ほど……」


セレスティア・ヴァルクリードは眉をひそめた。これは相当問題がありそうだった。


「とりあえず、未納税の詳細を確認させていただきます。帳簿をお持ちください」


「帳簿でございますか……」


執事は汗をかき始めた。


「まさか、帳簿がないということはありませんよね?税務申告は義務ですから」


「あ、いえ、ございます!ございますとも!ただ……少々……複雑でして……」


執事に案内されて城の中に入る。豪華な装飾が施された廊下を歩きながら、セレスティア・ヴァルクリードは周囲を観察した。絵画、彫刻、宝石がちりばめられた装飾品。どれも相当高価そうだった。


(これ、全部経費で落としてないでしょうね……?)


案内された部屋は王の執務室だった。机の上には書類が山積みになっている。セレスティア・ヴァルクリードは早速書類を確認し始めた。


「これは……」


帳簿を開いて、セレスティア・ヴァルクリードは絶句した。


収入欄:「国民からの税金 年間10億ゴールド」

支出欄:「城の修繕費 5億ゴールド」「公務費 3億ゴールド」「その他諸経費 2億ゴールド」

神への税金:「未納」


「……これ、神への税金が一円も納めれていませんけど?」


執事はさらに汗をかいた。


「それが……王様が『神に税金を払うくらいなら、国民のために使った方がマシ』とおっしゃいまして……」


「それは立派な税金逃れです」


セレスティア・ヴァルクリードは厳しい表情で書類を見直す。そして、気になる項目を発見した。


「この『城の修繕費』の内訳を見せてください」


「え、ええと……」


執事が持ってきた資料を見て、セレスティア・ヴァルクリードの表情が更に険しくなった。


「『愛人用の別荘建設費』『愛人への宝石贈答費』『愛人との旅行費』……これのどこが城の修繕費なんですか?」


「あ、あの……王様が『愛人も城の一部』だとおっしゃって……」


「城の一部って何ですかそれは!」


セレスティア・ヴァルクリードは思わず声を荒げてしまった。日本にいた頃から、こういう明らかな脱税には怒りを覚えてしまう。


(いや、落ち着け。でも規則では……)


バッジがさらに激しく光り始めた。城の奥から、複数の未納反応が検出されているようだった。


「他にも未納者がいるようですね」


「あ、はい……実は王妃様、王子様、王女様も……」


「全員未納ですか?」


セレスティア・ヴァルクリードは頭を抱えた。これは想像以上に大規模な脱税事件だった。


「とりあえず、神罰の手続きを開始いたします」


セレスティア・ヴァルクリードがバッジに手をかざすと、バッジから光の柱が立ち上った。天界との通信が開始される。


『セレスティア、初日からご苦労様』


神様の声が頭の中に響いた。


『報告します。王族全員が税金未納です。しかも悪質な所得隠しと経費の不正計上も確認されました』


『あー、やっぱりね。じゃあ標準的な神罰を』


『標準的な神罰とは?』


『一週間お腹を下すのと、頭上に小さな雨雲を召喚するやつ』


「……それだけですか?」


セレスティア・ヴァルクリードは拍子抜けした。日本なら脱税でもっと重い罰則があった。


『まあ、初回だからね。ただ、未納分は利息込みで回収してね』


『了解いたします』


通信が切れると、セレスティア・ヴァルクリードは執事の方を向いた。


「神罰の執行を開始します。今後一週間、城内の皆様は軽い腹痛と頭上に雨雲が現れます」


「雨雲?」


「個人専用の雨雲です。どこに行っても頭上で雨が降り続けます」


執事の顔が青ざめた。


「そ、それは……」


「なお、未納分は利息込みで15億ゴールドになります」


「じゅ、15億!?」


「はい。期限は一ヶ月です。それまでに納税されない場合、神罰のレベルが上がります」


セレスティア・ヴァルクリードは淡々と説明を続ける。規則は規則だった。


その時、城の奥から悲鳴が聞こえてきた。


「ぎゃああああ!なんだこの雨雲は!」


王様らしき声だった。どうやら神罰が発動したようだ。


(でも、本当にこの税制度って正しいのかしら……)


ふと、そんな疑問がセレスティア・ヴァルクリードの心に浮かんだ。15%という税率は確かに高い。しかも神への税金という名目も、冷静に考えるとおかしな話だった。


でも規則は規則。疑問を持つことは許されない。


(……とりあえず、他の未納者も調査しましょう)


セレスティア・ヴァルクリードは鞄から調査資料を取り出した。神様から渡された未納者リストがある。


「次は……冒険者ギルドですね」


リストを見ると、この王都だけで数十件の未納案件があった。これは想像以上に大変な仕事になりそうだった。


執事は相変わらず頭上の雨雲に困っているようだったが、セレスティア・ヴァルクリードはそれを横目に城を後にした。


(まさか異世界でも税務調査三昧とは……人生って何が起こるか分からないわね)

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