第1話
「うわあああああ!」
私の名前は田中美咲、26歳。国税専門官として日本国民の税金を……取り立てていました。過去形なのには理由があります。
今、私は死んでいるからです。
「ちょっと待ってください!マジで死んじゃったんですか!?」
目の前に立っているのは、これまでに見たことがないほど美しい男性でした。白い服を着て、後光が差して……って、後光って本物なんですね。
「ええ、残念ながら」神様と名乗る男性は、なぜかちょっと申し訳なさそうな顔をしています。「過労死でしたね。確認しますと……連続72時間勤務の末に、エナジードリンクを17本飲んで、コンビニのおにぎりだけで5日間過ごして――」
「やめてください!思い出したくありません!」
確かに、税務調査の繁忙期は地獄でした。脱税している企業を見つけるたびに「これは絶対に許せない!」と燃え上がって、徹夜で帳簿をチェックして……。
気がついたら、オフィスの床で倒れていました。
「でも、あなたの働きぶりは素晴らしかった」神様がにっこりと笑います。「特に、税金の取り立て能力が」
「それは……まあ、仕事でしたから」
実は、私は税金を取り立てるたびに、心の奥底で「こんなに取って本当にいいのかな」と思っていました。でも規則は規則。上司の命令は絶対。疑問を持つなんて、国税専門官失格です。
「それで、ですね」神様が手をパンと叩きました。「転生のお話なんですが」
「え?」
ちょっと待ってください。転生って、あの転生ですか?異世界に生まれ変わって、チート能力をもらって無双するっていう――
「その通りです!」神様の目がキラキラ輝いています。「実は、異世界でも税制度があるんです。でも、徴税官が足りなくて困っているんですよ」
は?
「つまり、異世界でも税金を取り立ててほしいんです。あなたの能力なら完璧です!」
「ちょっとちょっと!」私は慌てて手をひらひらと振りました。「異世界転生って、もっとこう、魔王を倒すとか、ハーレムを作るとか、そういう――」
「税金です」
神様はにっこり笑ったまま、きっぱりと言い切りました。
「いや、でも――」
「税金です」
なんか壊れたテープレコーダーみたいになってません?
「その世界では、全ての生物が神……つまり私への税金を納める義務があります。収入の15%です」神様が説明を始めました。「でも、最近納税率が下がっていて」
15%って、結構高いですね。日本の所得税より――
「あ、思ったでしょう?高いなって」神様がニヤリと笑います。「でも大丈夫。未納者には神罰が下りますから」
「神罰?」
「はい。軽いものなら一週間お腹を下すとか、重いものなら雷が落ちるとか」
え。
「場合によっては隕石も」
ちょっと待って。
「隕石って、そんな、大げさな……」
「いえいえ、小さいものですよ。直径3メートルくらいの」
小さくないです!絶対に小さくないです!
「それで、セレスティア・ヴァルクリードさん」
「え?誰ですかそれ」
「あなたの異世界での名前です。覚えやすいでしょう?」
覚えにくいです!カタカナばっかりじゃないですか!
「特殊な能力も授けます」神様が私の右手首を指差しました。見ると、いつの間にか金色のバッジのようなものが埋め込まれています。「徴税官のバッジです。未納者の前では赤く光ります」
「光る?」
「あと、脱税の手口を見抜く能力、帳簿の不正を見つける魔法、透明になって調査する魔法なども使えるようになります」
それ、チート能力というよりも、完全に業務用ツールですよね。
「異議があれば聞きますよ」神様が優しく微笑みかけました。
「あの、普通の異世界転生って、もっと自由度が――」
「税金です」
またその返事。
「勇者とか魔法使いとか――」
「徴税官です」
完全にテンプレート返事になってません?
私はため息をつきました。まあ、死んでしまったものは仕方ありません。それに、税務調査は嫌いじゃありませんでした。むしろ、不正を暴くのは結構楽しかったんです。
「わかりました。やってみます」
「素晴らしい!」神様がぱちぱちと手を叩きました。「それでは、転送しますね」
「え?今すぐ?」
「はい。着いたら、王都で最初の調査対象をお渡しします。頑張って!」
神様が手をかざすと、私の体がふわりと浮き上がりました。
「ちょっと待ってください!異世界の常識とか、言語とか――」
「大丈夫、全部頭に入れておきました!」
「え?」
確かに、頭の中に大量の情報が流れ込んできています。異世界の地理、通貨制度、社会構造、そして――税制度の詳細。
やっぱり税金関係ばっかりじゃないですか!
「では、セレスティア・ヴァルクリード、神の名において命ずる!異世界の税制を正せ!」
「待って待って待って――」
私の声は虚空に響くだけでした。
次の瞬間、私……いや、セレスティア・ヴァルクリードは、見たことのない青空の下に立っていました。
「……マジかよ」
遠くで鐘の音が響いています。石畳の道、中世ヨーロッパ風の建物、空を飛ぶドラゴンらしき影。
完全に異世界でした。
そして右手首のバッジが、早速赤く光り始めました。
「げ」
ということは、この近くに税金を滞納している人がいるということです。初日から仕事ですか。
私は深呼吸して、プラチナブロンドの髪を整えました。ちゃんとシニヨンに結われています。服装も、見慣れない制服のようなものに変わっていました。
「まあ、やるしかないよね」
田中美咲は死にました。
これからは、天界の徴税官セレスティア・ヴァルクリードとして、この異世界で生きていくのです。
税金と一緒に。
バッジの光が、さらに強くなりました。




