あさげ
タバコを吸ったことで、いくらか私は眠ることができた。眠るといっても、本当に微睡む程度だったが、朝を迎えるまで天井を見上げ続けることは避けられた。
時計を見ると、朝の六時を指している。そろそろ支度をするか。私は顔を洗い、エプロンを身につけ台所に立つ。カスミが起きるまでに、朝食を作るのだ。
まな板と包丁を用意し、昨夜買い込んだ食料から見繕い、献立を考える。私を含め五人分の朝食。カスミや司がどれだけ食べるか分からないが、おかわりできるように多めに作っておこう。
とはいえ、私が作れる料理は昔ながらの日本食ぐらいなもの。しかも、鬼になる四百年前くらいの質素な農民の食事しか知らない。鬼になってからというもの、ヨタカとして地蔵の元で働くようになるまでは、まともに食事をとることはしなかったし、調理もする機会がなかったから、最近の見栄えも良く美味しそうな食事はどうもうまくいかない。最近は気分転換がてら料理をしている程度だったが、カスミのためだ。できる限りのことはしよう。
今の時代は本当に便利だ。すでに炊飯器はセットしてあるからスイッチ一つで美味しく炊き上がるし、朝からかまどで火を起こすところから始める必要がないというのは、本当にありがたい。コンロがあれば火力の調節も自由自在で、料理がしやすい。やることとすれば、食材を切るくらいだ。
味噌汁を作り、魚を焼き、漬物を添えればひとまず完成だ。だが、それだけだと足りないかもしれない。サラダと目玉焼きも添えておこう。
ふと気配を感じ後ろを見ると、寝ぼけ眼のカスミが立って、私を呆っと見ている。
「おはよう、カスミ。早起きだね、お腹すいたのかしら?」
カスミは、小さく首を横に振る。
「すいません、おトイレはどこですか?」
「そこのドアがトイレ。戻ってきたら、顔も洗いな」
カスミは小さく頷くと、トコトコとトイレへと歩いていく。案外、物怖じしない子なのだろうか。まさか昨日の惨状を作り出した私を前に、妙に堂々としている。地蔵とボタンの様子を見にいくと、二人してガッツリ眠りこけている。司もどうやらソファでぐっすり寝ている。地蔵の結界は強固で、まず襲撃されたとしてもそう簡単に破られるものではない。それは大昔に私が実験して確認しているから間違いないが、とはいえだ。護衛の任務が課されているのに、少々緊張感が欠けている気がしなくもない。
カスミはトイレから戻るとだいぶシャキッとしたようだが、どこかおどおどしている様子がありありと見える。自分がどう振る舞ったらいいか分からないらしい。昨夜売り飛ばされかけて、今朝は知らない大人たちに囲まれて朝を迎えるなんて、私だったらゾッとする。
こういう時は、焦らずのんびりとしてもらうのも一つの手かもしれないが、むしろ役割を与えてあげたほうが、気持ち的に楽だろう。
「カスミ。顔は洗えたね。お願いがあるんだけど、聞いてくれるかしら?」
カスミは、「はい」と小さな声で答えた。
「ねぼすけのみんなを起こしてやってちょうだい。朝ごはんの支度もできたから、みんなで食べよう」
カスミはまた頷くと、ボタン達を起こしに部屋の奥へと消えていった。カスミが起こして回っているうちに、私は配膳を済ましてしまおう。全員が揃ったところで、朝食の始まりだ。
私は、ここで全員に徹底させたことがある。それは、食事の挨拶をきっちりすることだ。子供の前で、無作法など大人がするものじゃない。皆、私の意図を察したのか大人しく従っているが、妙にボタンと地蔵の視線が生暖かくて気持ち悪い。
「ねぇ、ツバキ姉。なんか朝から張り切ってるじゃん。いいことあった?」
「私には今、ツバキさんが良妻賢母に見えていますよ」
ボタンとツバキは若干のニヤケづらを見せながら私を茶化してくる。
「いいから、さっきさとお食べなさい。カスミは朝食どうだい?」
「はい、美味しいです」
「そりゃよかった。おかわりもあるからね。欲しけりゃ、たんと食いな。そして、そこ、司。お前も男なんだ、遠慮はしなくていい」
「いや、結構。これで十分です」
司は体格の割には食事の量がずいぶん少なく感じる。男だからと多めに盛ってみたが、一汁一菜程度でもう満腹か。ずいぶん燃費がいいことで。
さて、食事が終われば今度は片付けだ。私がわざわざ朝食を振舞ったのは皆をもてなすためじゃない。
「カスミ、台所へおいで。一緒に食器を洗いましょう」
カスミは小さく頷くと、テーブルに広がった食器帯を集め台所へ持ってきた。
「あんたの事情は聞いたよ。両親もいなくなって、施設に預けられ、その上悪党どもに売り飛ばされそうになって、可哀想ったらない。けどね、それでもあんたの人生は続いていくんだ。どれだけ大変でも、自分の力で生きていく術と覚悟を持たなきゃ、ままならない」
「ちょっと、ツバキさん。カスミちゃんに今言うことじゃありませんよ?」
「地蔵、あんたには分かるはずだ。女子供が男の庇護もなしに生きる苦労ってやつが。もちろん、私たちが預かっている間は面倒見るさ。でも、それに甘えさせちゃあカスミが結局苦労するんだ。何であれ、できることが多いことに越したことはない。そのためには、まずは日常生活を大事にすることからよ。それじゃ、カスミ。一緒にまずは皿洗いからだ」
カスミは小さく頷き、小さな声でハイと応えた。よし、声は小さいが、芯は通っている。人間、生きていれば理不尽な目に遭うことは珍しくない。私だって、こんな小さな子供が大人の助けも借りず生きていけるとは思わない。昔と違って、今の人間は世の中の仕組みにがんじがらめにされて自由に動くことすらままならない。それでも、生きていく覚悟さえあれば、道を切り開いていける。だからこそ、カスミにはできることを増やしてやりたい。たとえどんなに小さなことでも、だ。
朝食が終わり、一息ついたところで、今日の行動の予定を司と相談する。まだカスミがここに住むために必要な家具が揃っていないので、まずはその買い出しだ。カスミに買い出しに出かけることを伝えると、パッと顔を明るくなり、いそいそと出かける支度を始めた。始めたはいいが、ふと思う。命が狙われている状態で、根城から連れ出していいものかと。
「へい、司。カスミの外出について、刑部から何か指示は出てるのかしら?」
「いや、護衛をするようにということだけしか言われていないが」
「カスミを連れての買い出しは、やっぱりまずいわよね?」
「リスク回避を第一に考えるのなら、間違い無いでしょうね。ただ、本人はとても残念そうですが」
司が指差した先には、まるでこの世に絶望したようなカスミの姿が、そこにはあった。この子、無口だが、案外と表情が豊かだな。見るからに、絶望が伝わってくる。
「あ〜・・・。カスミや、今は状況が状況だから、ここでお姉さんたちとお留守番しててもらえるかい?」
私の言葉を聞くや、絶望の色はさらに深みを増し、陰気に包まれていく。
「ツバキ姉ぇ、なんで私たちを留守番させようとすんのよぅ。仲間ハズレは可哀想でしょうが」
「そうですよ、私たちだってたまには買い物に行きたいんですし、みんなで買い物すればきっとカスミちゃんも楽しめますよ」
「あんたらには聞いとらんわ」
カスミの肩を持ちつつ、ボタンと地蔵が参戦した。こいつら、自分の買い物欲に負けてやがるな。
「私にいい方法が思い浮かびました。少々、お待ちを!」
何か閃いた地蔵は駆け出し、自分のスペースへと向かったと思ったら、読経のような声が根城に響き、声が止むと、何やら手にして戻ってきて、カスミの首へとかけた。
「これならどうですか?これは私特製のお守りです」
「へぇ〜かわいいじゃん。よかったね、カスミちゃん。で、これは何のお守り?ってか、このお守り袋も地蔵ちゃんのお手製なの?やるじゃん」
ボタンの感心した言葉に地蔵は鼻の息を荒くしている。結界術の類は以前からその腕を遺憾無く発揮していた地蔵だが、まさか小道具まで全て自作とは恐れ入った。
「このお守りは、『隠れ身』のお守りです。このお守りを身につけていれば、邪な者から姿を隠すことができます。これなら、カスミちゃんも大手を振って外出できるはずです」
あら、随分と便利な道具があるもので。効果はいかほどのものかは不明だが、地蔵の自信満々の顔からして、性能に自信があるのだろう。なにより、カスミがお守りを手にしたことで、すっかり外出に行けるものと期待の眼差しを向けてきては、これ以上は忍びない。司に至っては、こんな便利なものがあるのなら外出してもいいのであは?と言いたげな顔をしている。
「しょうがない、くれぐれも派手に動くんじゃないよ。あと、私たちから離れないこと。いいね?」
相変わらず小さく頷き返事を返すが、カスミの顔はとてもニッコリと朗らかな顔を見せていた。




