寝床問題
買い物を終え、根城に到着した私達は雑居ビルの地下駐車場へと車を停め、買い込んだ荷物を降ろし、すっかり眠り込んだカスミは司に背負われ車を降りた。この雑居ビルはヨタカの拠点として利用するために、地蔵による様々な結界が張り巡らされ、人間や妖といった存在から認知されにくくなるという術が施されている。
肉眼で見れば、テナントが入ったどこにでもある雑居ビルの一つにしか見えないが、それすらも術による擬装だ。よって、この雑居ビル内は普段私たちが生活している最上階以外は伽藍堂のままだ。
「これで、車の荷物は全て降ろしたが、根城は最上階だったな?エレベーターはどこにあるんですか?」
司は周囲をキョロキョロと見渡しながらエレベーターを探している。すまんが、そんなものは使わない。最低限、電気と水は通っているが、エレベーターは万が一襲撃を受けた時に逃げ道がないので、エレベーターは使わない。あれはあくまで侵入者向けの入り口だ。
「根城ではエレベーターではなく、非常階段を使って上がります」
地蔵は水天坊と司に説明するが、司は怪訝な表情をしている。
「となると、普段みなさんは階段で最上階まで上がっているんですか?九階建てですよね、この雑居ビルは。まさか、みなさん日頃からこうして体を鍛えているのですか?」
んなわけあるか。ボタンは腹を抱えて笑い、地蔵も苦笑いで誤魔化している。
「確かに階段を使いますが、律儀に使いませんよ。百聞は一見にしかず。ボタンさん、先に上がってもらっていいですか?」
「はいよー」
階段の一段めに足を置いたボタンの姿が一瞬にして消え失せた。司は変な声を上げ驚きを隠せないでいるが、水天坊は顎をさすりながら興味津々で地蔵に尋ねる。
「お地蔵様、これはまた面白い術でございますね」
「はい、現代でいうところのテレポートに近い術です。一段上がるだけで最上階に一瞬で転移します。とても便利ですよ。ちなみに、私が認めた人しかこの術は発動しませんし、強引に階段を上がろうとしても階上に辿り着けないようにしてありますし、同時に罠も発動するようにしてありますので、セキュリティーも大丈夫です」
「それは素晴らしいです。ぜひ今度、私にも教えてください」
和気藹々と水天坊と地蔵がおしゃべりしている横で、司は固まっている。けれど、こんなところでいちいち驚かれても面倒くさい。
「ほら、司。さっさと上がれ。こんなことで躓いてるな」
「そ、それはもちろんだが、だが俺はまともに術を見た経験が少なく・・・」
「暇な時にまた勉強しな。後ろが使えてるんだ。早くしな」
司の腕を引き、階段へと足をかけさせると、妙な悲鳴を残して司は転移していった。続いて私も階段に足をかけると、我が憩いの根城の玄関が正面に現れ、その脇ではビビり散らかした姿をボタンに笑われている司の姿があった。
「はいはい、さっさと中へ入るわよ。まったく、こんな賑やかな帰宅は初めてね」
普段、私たちヨタカの仕事は夜間に行われる。ヨタカの活動が人の目に触れにくいのもあるが、不思議なもので、私たちの獲物が夜間に活動する輩が多いという理由もある。仕事が終わる頃には深夜になり、静まり帰った根城へ私とボタンと地蔵が静かに根城へ帰る日々がずっと続いていた。それがどうだ。たった一人、子供を匿うだけでこの賑やかさ。なんだか調子が狂ってしまう。
根城へと入り、電気をつけ、荷物を下ろす。相変わらず殺風景な部屋だ。玄関入って目の前には申し訳程度に設られた共有スペースがある。それなりにオシャレっぽいテーブルとイスやソファを置いて味気なくならないように気をつけているつもりだ。その奥には衝立で仕切られた私たちの部屋がある。
普通の家のように、完全に間仕切りされておらず開放感はあるが、プライベートの確保は難しい。女だらけで特に気にはしていなかったが、ここに子供と男がしばらく住むとなると、根城のレイアウトの変更が必要か。ともかく、まずはカスミが寝れるように支度をしないとだ。
「地蔵、ボタン。今日のところはカスミと一緒に寝ちゃくれないか?」
「それは構いませんが、そっか。カスミちゃんのお布団の用意がありませんでしたね」
「え〜、いいじゃん。みんなで布団繋ぎ合わせて川の字で寝れば〜。というか、ツバキ姉も一緒に寝ようよ」
「いや、私は遠慮しとく」
「いけずぅ〜。じゃあ気が向いたら一緒に寝ようね」
そうも、いくか。私は鬼だぞ?子供と一緒に寝れるわけないじゃないか。
「ツバキさん、取り込み中すみません。荷物は全て運び込んだので、私はこれで失礼します。司くんのこと、よろしくお願いしますね」
水天坊は私に告げるとそそくさと根城を後にし、司が残された。そうだ、こいつの寝床もどうにかしないと。
「ごめんね。荷物任せちゃって。力仕事ありがとさん」
「構いません。俺は適当に部屋の隅で休みます。ちょうどいいもの見つけたので、お借りしてもよろしいか?」
司が持ち出したのは、私たちがゴミとしてまとめていた段ボールのと新聞紙の束だった。
「寝具をお借りするのも申し訳ない。俺はこいつで十分です」
司はいそいそと部屋の隅に段ボールを敷き、新聞紙をかけ足跡の寝床を作り上げていく。
「ちょっと待て!それはさすがにダメでしょ!」
「ダンボールも新聞紙も保温性は高いですよ?それに、内偵中はどんな場所でも休めるように訓練もしましたので、ダンボールと新聞紙があるのはむしろ贅沢です」
「そういう問題じゃないから!せめて、ソファで寝なさい!」
「いや、しかし、万が一の敵の侵入に備えるためにも、寝やすい寝具はかえって問題があります」
司は首を傾げているが、傾げたいのはこっちの方だ。この常識の無さはなんだ?刑部の仕事のし過ぎで頭がおかしなことになってないか?こいつの感覚がわからん。
「私らの根城を襲う奴らなんか人外でもいないし、地蔵の結界で十分防げる。それより、あんたもしっかり寝な。この生活がいつまで続くか分からないけど、初めから飛ばしてたら疲れちまうよ」
生真面目な男だ。仕事熱心なのはいいが、心配しすぎだ。時計をみると、もう日付が変わろうかという時間だ。突然の居候が来たことで地蔵もボタンも、やや沸き立っているが、今日のところはさっさと眠ってもらう。カスミが起きたら可哀想だ。
結局、奥の空いたスペースでボタンと地蔵に挟まれるようにカスミは川の字で寝ることになり、司もはじめはがんばって起きていようと努力していたが。ソファの寝心地の良さに陥落したみたいで、今はぐっすりと寝ている。私はいつものように自分の生活スペースで休むことにした。布団はカスミに貸したし、今日のところはお気に入りのビーズクッションを枕に休むとしよう。
だが、困ったぞ。少しも眠くない。そりゃ、妖だし、そもそも睡眠を必要とする存在ではないのだから、無理に眠る必要はないけれど。こういう時は、ボタンや地蔵が羨ましい。あの子たちも私と同じはずなのに、器用に眠りにつくことができる。私は、どうしても眠るのが下手だ。なぜだが、目が冴えてしまう。
こんな時は、タバコに縋るしかない。地蔵お手製のタバコは、いってみれば妖専用の鎮静剤だ。このタバコを吸えば、まどろみ程度の睡眠は取ることができる。私はタバコとライターを手に屋上へと上がる。
屋上からは、都市の夜景がよく見える。まるでイルミネーションのように明滅する夜景を眼下に、私は静かにタバコを咥え、煙を吸い込む。
強張った体が、タバコによって緩んでいく感覚が気持ちいい。それにしても、今日の強張りはいつも感じるものと少し毛色が違っている。カスミという少女に出会った時から、妙に心がざわついて仕方がない。彼女の何が私をそうさせるのか、理由はわからないが、心が掻き乱されてしかたない。
ともかく、命令とはいえ、預かった以上は、守ってやらねば。さらに一口、タバコを吸い、煙を空へと吐き出す。夜景の光で目立たない夜空に、白い煙が広がっていく。




