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嘯くヨタカ  作者: イタノリ


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6/9

お仕事の話

 男は声こそ漏らさないが、私に握られた手を庇いながら鬼のような形相で私を睨みつけている。これはいい眺めだ。ゾクゾクする。


「それにしても、大胆ですね。初めて会う男を押し倒すなんて」


「うるさいわ。この男は解放してやるが、ちゃんと躾けておくことね。でなければ次は殺してやるから」


「そんな怖いことおっしゃらず。彼の仕事は人身売買組織の内定で、ここで倒れている連中の捜査をしてくれていたんですから。ただ、不測の事態がいくつも重なり、咄嗟に少女を守ろうとしただけですって。しかし、困ってしまいました。あなた方が暴れてくれたおかげで、もはや秘密裏に事を運ぶことができなくなりました。人身売買組織も警戒を強めてしまうでしょう。そのへんはまた、あなた方の指導役の方も交えてお話ししましょうか。ねぇ、お地蔵様」


 水天坊が後ろを振り返ると、倉庫のシャッター口の影に身を隠している地蔵の姿がそこにはあった。汗まみれで息を乱し、顔を赤らめている。最初モジモジしていた地蔵は意を決したように私たちの元へと合掌しながら走ってきて、何度も何度も頭をペコペコと下げている。


「ごめんなさい〜。こんなこと初めてなんです。確かに私は天からの指示を受けた通りにしたはずなのに、なぜかこんなことに・・・」


「揃いも揃って能無しでもあるまいに。この体たらくはなんだ。ちゃんと説明しろよな。あと、この娘、誰が引き受けるんだ?私たちの仕事はもう終わった。誰に引き継げばいい?」


「あっ、それは私たちの担当になりました。カスミちゃんは私たちで保護することになりましたので」


「はぁあああ?!なんだそりゃ!!なんでヨタカが子供の面倒見なきゃならないんだ!」


「すいません、すいません!でも、それも天界からの指示なんです!ここはおとなしく従ってください!」


 次から次へと面倒ごとが起きるとは、なんと厄い夜だ。ボタンも何が起きているのかわからないといった表情で、私に困惑の目を向けているし、隠れるようにボタンの足に縋り付く少女も混乱を必死に抑えようと健気にも気を張っている。大きなため息をつき、私は地蔵に、好きにしてくれ、と漏らすのが精一杯だった。


 鴉天狗達は速やかに現場の始末に取り掛かっていた。地に伏している人身売買組織の連中や、里親役の男女をトラックへと詰め込んでいく。惨状を呈す現場の封鎖や血肉で汚れた現場の清掃も着々と進んでいるようだ。


 私とやり合った男は水天坊と何か話し込んでいる。大方、事後処理を警察に押し付けて隠蔽を手伝わせているだろうことは予想できるが、人間も天狗にこき使われて大変だな。


 話し合いが終わったようで、水天坊と男は私たちに歩み寄り、今後の方針を話し始めた。


「ここで立ち話もなんですので、現場は部下達に任せて、私達が皆さんを根城までお送りします。運転しながら仔細をお伝えします。と、その前にまず彼の紹介させてください。彼の名は陣条(じんじょう)(つかさ)君です。警察の公安の中にある、ちょっと言えない部署の人です。以後お見知りおきを」


 男は静かに私たちに向かい敬礼をした。改めて見ると、長身ではないが男としては小さい方でもない背格好だ。精悍な顔つきと鋭い眼光が一際目を引く男だ。歳の頃なら三十路前後、といったところか。


「いい面構えだと思うけど、その目は何?私に力で負けたことにでも怒ってるのかしら?」


 別に気にすることでもないのだが、無駄に目力があって威嚇されている気分になる。


「失敬、これは生まれつきなもので」


「へ〜面白いね、このお兄さん。ツバキ姉と渡り合う技量があれば鴉天狗の手伝いもできそうだ。その目つきなら、妖だってビビるんじゃない?」


「確かに、この目は妖にも効果があるようで、良い牽制にはなりますね」


 ギンッと目をまっすぐ見て話す司に「わぉ・・・」と小さな声を漏らしながら気圧されているボタンが、少し可笑しく見えた。


「どことなく、閻魔様の眼差しにも似ている気がします」


 地蔵の言葉にその場にいた一同の視線が向き、特に司の視線が地蔵を捉えると、地蔵は居た堪れず背を丸め黙ってしまった。


「これは失礼。昔からこんな感じなので、いつも怖がられてしまいます。ですが、他意はありませんので、お気になさらず」


 そんな事を言われても周りの人間はたまったものではないだろうな。この司という男、無駄に強い目力で損をしていそうな気がしないでもない。


「さて、それではそろそろ、行きましょうか。司くん、運転お願いしますね」


 私達は刑部が用意したワンボックスの車へと乗り込み、司の運転でヨタカの根城へと一旦帰ることになった。走り出してしばらくは、助手席に座った水天坊が司に辿るべき道順を教えながら車は走り続けていた。隣ではボタンがポカンと口を開けながら車窓を眺め、三列目のシートには地蔵とカスミが一緒に座っている。


 次から次へと事態が変わる状況の中、疲弊していないかとカスミの様子を覗き見ると、隣に座る地蔵に体を預け、スヤスヤと眠っているのが見えた。地蔵は人差し指を立て口に当て、私に目配せをしているので、頷きで返事を返す。疲れ切ったからか、それとも、神経が図太いのか分からないが、この子にとってみれば大変な一夜だったに違いない。


 それにしても、なんとも不思議なメンツでのドライブだ。妙に落ち着かない。タバコを取り出し、口に咥えると「この車、禁煙ですよ」と水天坊から注意を受けた。一瞬ムカっときたが、後ろには子供もいる。私はタバコを諦め、懐へと戻す。


「さて、どんな楽しいお話をしてもらえるのかしら?ヨタカを子守に使うなんて、私は天界の考えがまるで分からないのだけれど」


「私もあなたの立場だったら同じことを考えますよ。そもそも刑部は人外を持ってして人の世を武力で安寧たらしめる、いわば天界の治安維持組織のような物。故に、そのお役目は血生臭く、いたいけな少女の保護など我らの範疇ではありません。ですが、その子に関しては別です。彼女は特別だ。なにせ、菩薩の生まれ変わりなのでね」


「菩薩の生まれ変わり?輪廻転生したってことか。天界から穢れた地上に生まれ直すなんて、わざわざご苦労なことで」


「その物言いは感心しませんよ。カスミちゃんに転生してた菩薩様は神仏の推挙もあり混迷極める人間社会を導くという宿命を追って転生されたのですから。人間として生きることで、人の世の内から衆生を救うという大願成就のために。これがどれほど尊いことか」


「ご立派だが、私は興味ない。今どきの人間は、どいつもこいつも死んだような目をして生気すら感じない。流されるままに生き、惰性で生きているだけだ。わざわざ菩薩が救ってやるほどの価値が今の人間にあるのかしらねぇ。やりたいなら、勝手にやっとくれって話よ」


「手厳しいですね、ツバキさんは。ですが、これは天界の総意でもあるのです。混迷を極める衆生を救い導くには、神仏が積極的に働きかける他ないというのが天界の結論です。ですが、不幸にもカスミちゃんを育てるはずの両親は事故で亡くなり、しかも人身売買組織によって危うくどこぞに売り飛ばされるところでした。我々は菩薩の生まれ変わりであるカスミちゃんを生き仏として育んでくれる人物が現れるまで、しっかりとお守りしなければいけません」


「ちょっと待て。それって、子供のお守りの域を超えてるよな?」


「そうですね。簡単に言えば、新しい里親が見つかるまで、我らで保護する、ということになるので」


「だから、なんで鬼の私らにそんな仕事を振る。信じられない」


「私はやってもいいかな〜」


「えっ?」


 相変わらず間抜けな顔で外を眺めていたボタンが、ふと、言い放った。


「私、これでも子供好きだしぃ。なんか、妹できたみたいで、よくない?」


「素晴らしい!ボタンさんはやってくれのですね?」


「いいよ〜」


「ちょっと待った。ボタン、なんであんた勝手に決めんのよ」


「いいじゃん、天界の指示ってんなら、どのみち私ら従うしかないしさ。それに、私は知っているのだよ。ツバキ姉、この間だって、たまたま目があった小さな子供に微笑みながら小さく手を振っていたじゃないか。ツバキ姉が子供好きなのは、お見通しなのだよ。ね、地蔵ちゃん」


「たしかに、割とよく見る光景ですね、あぁ尊いことこの上なし」


「なっ、地蔵まで!」


「決まりですね。それではよろしくお願いします」


「おっ、おい・・・!」


 なんてこと。地蔵だけではなく、ボタンまでも子守に賛成するなんて。私たちは泣く子も黙る鬼だぞ?だが、ボタンにしても地蔵にしても、どこか楽しげな表情を見せている。


 長く重い溜め息が口から漏れ出る。車窓には煌びやかな夜の街が見えているが、まるで老け込んだかのような疲れた顔が窓に反射している。







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