乗船
「大事なお話は終わったぁ?」
首を傾げながら私と地蔵の顔を、ボタンしげしげと覗き込んでくる。
「悪かったわね。気を遣わせてしまったようね」
「いいさぁ。こっちこそごめんね、狭いから声が聞こえてきちゃって」
それは本当に申し訳ないと思う。なにせ、この船はワンボックスほどの大きさしかない。私と地蔵の会話が嫌でも聞こえてしまうだろう。申し訳なさと恥ずかしさで火照る顔を、俯くことでしか誤魔化せなかった。
ボタンはすっと私の手を取り、静かに語りかける。
「家族を想う気持ちは、私も痛いほどわかるよぉ。だからさぁ、カスミちゃんを必ず助け出そうねぇ」
可愛らしい笑顔の表情とは裏腹に、決意に満ちたボタンの声。私は手を握り返し、静かに頷く。
「お話中すいません、今後のことについてお話したいことがあります。よろしいですか?」
船の先で相談していた男衆がやってきた。司は目を赤くし、水天坊はマスク越しにハンカチで目の部分を拭っていた。
「なんなのよ、あなた達。変な顔して」
「失礼。聞く耳を立てていたわけではないのですが、その、あまりに泣ける話だったもので」
「まったくです。不肖水天坊、この身に変えてもカスミちゃんを救ってみせます。大事な孫娘のような存在ですから」
男衆もカスミ奪還に並々ならぬやる気を見せている。この船に乗った者は皆そうだ。カスミを、今や大事な家族となった一人娘を守るべくここにいる
「先行して偵察をしてくれている刑部から、カスミちゃんが連れ去られた船はどうやらタンカーに偽造した船らしく、内部は通常の構造とはかけ離れている可能性が高いそうです。それに、解析不能な結界も貼られ、敵の情報に関しても未知のままです。船内の状況が掴めない以上、極めて危険な任務となります。気を引き締めていきましょう」
皆、力強く首を縦に振る。
「とはいえ、無策で突入するわけにもいきません。私から刑部に陽動するよう命令を下してあります。まずはタンカーの船首から攻撃を仕掛け、敵を引きつけます。引きつけ終わったら、我々は船の最後尾から船内へと侵入し、カスミちゃんを見つけ出します。船の操縦は、お地蔵様、任せますよ」
「はい、頑張ります!」
地蔵は拳を握り、力強く答えた。
太陽がどんどんと海に沈んでいく。辺りは綺麗に赤く染め上げられ、私たちを照らしている。眩い夕焼け空の中、タンカーへと私たちの小舟は近づいていく。ふと空を見上げると、大きなカラスの一軍が船首に向け飛行しているのが見える。
「皆さん、陽動の刑部が到着しました。我らが天狗の妙技、とくとご覧あれ」
水天坊が見つめるカラスの一軍は、タンカーの船首で大きく一周旋回し天に向かい急上昇した。太陽を背にしていて、その姿ははっきりとは見えなかったが、カラスの姿は次第にその影を増やし、天狗へと姿を変えていった。
次の瞬間、まるで疾風のように天狗達は一斉にタンカーの船首目掛け急降下した。複数の爆発音、そして立ち上る爆炎と煙。だいぶ派手に暴れているようだ。タンカーから警報が鳴り響く。続いて、船内から迷彩服や装甲に身を包んだ兵士たちが小銃を手に躍り出て、天狗達に向け発報を始めた。瞬く間にタンカーは戦場と化し、激しい攻撃の応酬が始まった。
「お見事ですね、親父」
「手塩にかけて鍛え上げた我が刑部が誇る天狗達です。実に素晴らしい」
「見惚れている場合ですか。皆さん、船を近づけますから、うまいこと乗り移ってください!」
地蔵の気合の入った声を聞き、私も気持ちを切り替える。今はただ、カスミを助け出すことに集中しなければ。
タンカーに近づいたところで、地蔵は器用にもタンカーの側面に舟を横付けした。水天坊が腕を大きく広げ、両腕でタンカーの船底に円を描くように両手でなぞっていく。一周なぞったところで、静かに船底に掌底を加えると、水天坊がなぞった後に沿って綺麗に船底は切断され、綺麗な穴が開いた。一同感嘆の声が上がる。
「さぁ、皆さん。船に侵入します。くれぐれもお静かに」
私たちは頷き、速やかに、かつ静粛に船に乗り込んだ。船内に入って早々、妙な違和感。それは肌で感じる居心地の悪さだけではなく、船の内装や構造から特に感じた。まず気がついたのは天井の高さだ。タンカーに限らず、船の天井がこんなに高いわけがない。暗がりで天井がどこまで伸びているのかが見えないほどの高さなんてありえない。
それに、船内の内装もタンカーの中とは思えないほどの豪華絢爛さだ。まるで貴族が住む洋館のようね。それに天井が暗がりで見えないほど高いくせに船内は煌々と十分な明るさが保たれている。実に奇妙だ。
「ふむ、これはやらかしましたかね。どうやら敵の結界内に直接穴を開けて入ってしまったみたいです」
「そんな呑気に言ってる場合ですか!たしかにこの部屋、なんらかの術で空間をいじられてます。私たちの侵入も感知されている可能性は高いです。ならば敵がこちらに向かってくるはず。急いで移動しないと!」
水天坊と地蔵のやり取りから、初手からいきなりやらかした様子。けれど、それならばこそ手をこまねいてる場合ではない。私はカスミの霊気を辿ろうと精神を集中させる。まるで甘い芳香剤が焚き染められたかのような気色悪い気配の中に、一筋の霊気を感じた。これはカスミのもので間違いない。
「いいから、さっさと行くよ。カスミの霊気はこっちから感じる。まずい状況なら打開していけばいいだけ。行くわよ!」
「さっすがぁツバキ姉、かっこいいよぉ〜」
私は先頭を走り、船内を駆けていく。カスミの霊気を辿っていくつもの扉を開いていくと、大きな廊下へと出た。次の瞬間、顔の近くでヒュンと何かが飛んでいくのが見えた。目を凝らしてみれば、それは弾丸だった。敵の迎撃だ。
瞬く間に装甲服を身に纏った男たちが躍り出て、私たちに雨霰と弾丸を浴びせかける。遮蔽物がない以上、弾丸を避けるには動き回るしかない。だが、それでは司と地蔵が危ない。
「二人は私にお任せあれ。ツバキさんとボタンさんは敵をお願いします」
「はいよ、守備は任せたわ」
水天坊は一体どこから出したのか、すかさず地蔵と司の前に立ち、真っ赤な唐傘を広げた。傘は弾丸が着弾するとわずかにたわみ威力を相殺しているようだ。傘に当たった球がボロボロと落ちていく。これならば、司と地蔵の心配はいらないわね。
私とボタンは敵を挟み込むように二手に分かれ、敵の集団へと突っ込む。金棒を顕現させ、ボタンは力任せに敵集団に殴り込んでいった。私も負けじと金棒を顕現させ敵へと殴りかかるが、やはり以前のような豪腕は戻っていなかった。それでも、いくらかは力が戻ってきている手応えはあった。人間相手ならなんとでもなる。
そう思ったのも束の間、私達が力押しで敵を圧倒し始めたら、敵の頭部からヘルメットを突き破って角が生えてきた。くそ、こいつらも悪魔憑きか。
敵は銃撃を辞め、銃身を持つと力任せに銃で打撃を加えてきた。金棒で受け止めるが、敵の威力が上回った。私は耐えきれず金棒ごと吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。脳が揺らされ、一瞬意識がまどろむ。
「くそ、まだ力が戻ってきていないなんて・・・」
「ツバキさん!早く起きて!避けて!」
地蔵の声にハッとし、反射的に避ける。追撃を仕掛けてきた悪魔憑きの攻撃をすんでのところで躱し、間合いを取る。
「ツバキさん!あなたの力は万全ではないとはいえ、適応は進んでいます。それまでは慎重に戦ってください!」
「そんなこと言ったって、こんだけ敵がいたんじゃ私がやらないと・・・」
ボタンは敵を圧倒しているがこれだけの敵の数を前では多勢に無勢。次から次に敵が湧いてくる。少しずつ押され始めていた。このままでは押し込まれる。そう思った瞬間、一陣の風が吹き、悪魔憑きの一団が吹き飛ばされていった。一体何が起きた?
「ここは俺の出番ですね」
司が澄ました顔、いや、赤ら顔で私を庇うように敵に立ちふさがっていた。
「あなた、その顔どうしたの?」
「これは天狗の力を使っているからです。未熟者ゆえ、力を使うと赤ら顔になってしまうのです」
「あぁ、そういえば水天坊から天狗修行をつけてもらってたんだっけ。それでか。あなたも人間辞めるつもりなの?いい考えとは思えないけど」
「それは俺が決めることです。そもそも人間以外を相手取るこの稼業、人間辞めるのなんて時間の問題ですよ」
「そうかもしれないけどさ。人間辞めた人間としてはおすすめできないよ」
「そうですか?むしろその点はツバキさんに出会って問題ないなと思いましたが。あなたは鬼になっても人間性を失っていない。どう在るかは、人間かどうかなんて関係がないことをあなたは証明している」
心の奥底に感じる暖かさ。彼の言葉は、いつも私の心を温めてくれる。
「そう、なのかなぁ」
「そうですよ。ひとまず、俺が先陣を切ります。ツバキさんは俺のサポートをお願いします」
「わかった。よろしく頼むわ」
敵は続々と湧いて襲いくる。ボタンは鬼らしく敵を力づくで粉砕していき、司はお得意の体術で敵を翻弄し、確実に仕留めていく。だが、敵の多さに対応しきれていない。討ち漏らした敵を私が相手し、司が敵に押されないよう立ち回っていく。形勢はこちらに有利に傾いた。器用にも水天坊は傘で地蔵を庇いながら礫を飛ばし、旋風を起こし、私たちを支援してくれている。
互いが互いを支え補い合い、一心不乱に敵を打ち倒していく。気がつけば最後の敵が地面へと倒れ伏し、船内には再び静寂に包まれた。これで終わりかと思ったが、通路の奥から足音が聞こえてきた。カラン、カランと鈴の音を響かせながら、その足音はこちらに近づいてくる。
そして船内に静かに声が響いた。
「見事な腕だ。さすが神仏の誅殺部隊といったところか。歓迎するよ、ヨタカの御一行」




