湾岸から海を望む
道の辻々に立つ道祖神はその石の体全身でカスミが攫われていった方向を指し示している。風のように街を駆け抜ける私たちに人間は気がつくこともない。足の遅い地蔵はボタンが背負い、私が先頭を行く。
道祖神が指し示す先は、どうやら海の方角らしい。だんだんと磯の匂いが鋭敏な鬼の嗅覚を刺激する。着いたのはとある港湾の一角。この港のどこかに、カスミがいる。
「地蔵、カスミはこの港にいるってことでいいのかしら?」
「道祖神様のお導きです。それは間違いないでしょう。ただ、港のどこにいるかまでは、さすがに道祖神様でもわからないようですね」
まだ日が沈むまでには時間がある。それでも、この港には多くの人間が働いているようだし、大小様々な船が係留されている。コンテナも大量にある。荷物に紛れ込まれていたら、探すのは至難の技だ。
「いやはや、風雲急を告げるというやつですね」
「ツバキさん、お待たせしました」
男衆が合流した。状況の説明と今後の行動が話し合われる。けれど、私は勇む自分を抑えられず、今にでもカスミを探しに飛び出してしまいそうな衝動に駆られてしまう。司と水天坊が私を必死に宥めている。
「すでに刑部には通報済みです。こちらに急行してくれています。まずは応援が来るのを待ちましょう」
「そんな暇はない!」
思わず感情的になり、司に強く当たってしまった。
「あっ、ごめんなさい。つい、気が焦って・・・」
見かねた地蔵が私を諭す。
「気持ちは分かります。ですが、こう言うときこそ落ち着くことが肝心です。カスミちゃんの行方が知れないことは、心配には及びませんよ。なぜならば、私たちには家族としての縁が結ばれています。きっと探し当てることができます!」
「気休め言ってる場合か!」
「いえ、これはとても重要なことです。縁が結ばれていれば霊力を辿ることが可能でしょう。まして、あなたを慕うカスミちゃんならば、尚更のこと。あなたの霊気を港全体に広げてください。きっと見つけられます」
「待ってよ、私は鬼よ。妖気しか出せない。霊気なんて、妖の私に出せるはずがない」
「ツバキさん、それは思い違いというものです。霊気も妖気も元を辿れば同じもの。誰しもが持つ魂から湧き出る根源的力です。ただ、その力が清ければ霊気と呼ばれ、そうでなければ妖気と言っているに過ぎません。つまり、気のベクトルが違うだけです。どっこい、今のあなたの妖気は霊気へと変貌しつつあります。黙って私の言う通りにやってみなさい」
地蔵が堂々かつ自信満々に言い放つ姿に圧倒され、私は思わず口をつぐみ、これ以上は口答えできなかった。ともかく、カスミが見つけられるならなんだっていい。私は地蔵に言われた通り、気を港全体へと広げていき、カスミを探す。
集中して私の気を霞のように港全体へと広げていくと、私の気に触れた人や物のおおまかな形や大きさ、感触といったものが気を通じ私に流れ込んでくる。その雑多な感触の中から、カスミを探していく。
「・・・いた!」
私の気に反応があった。まるで暖かい光のようだ。魂の感触とでも言おうか。間違えるはずがない、これはカスミの魂だ。
「あそこの小さい船に乗り込んでる!」
私は指差し、みんなにカスミの居場所を知らせた。全員で指の先を見れば、そこには今まさに小さい船に乗り込んで港を発つカスミと、カスミを連れ去ろうとしている複数の人間達の姿が確認できた。船は港を出ると、沖に停泊している小型のタンカーのような船に向かっていった。
「くそ!このままじゃカスミに追いつけないじゃない。何か手立てはないの?!」
「おまかせあれ!」
水天坊は手で素早く印を結び、何か言葉を発した。すると目の前にボンという音と共に、小さな白木の船が突然姿を現した。しかもこの船、水上ではなく私たちの目の前で宙に浮いている。
「どうですか?すごいでしょう?私ほどの天狗になれば術を駆使して船を顕現させるなどお手のもの」
一同、感嘆の声と拍手が上がった。
「よくやった。みんな乗って!カスミのところに行くよ!」
水天坊の口上を遮り、早々に船に乗りこみカスミの元へ向かうため船を出す。水天坊が念を込めると船は海面スレスレを飛行し音もなく飛んでいく。その時、突然肩を指でトントンと叩かれた。振り返ると地蔵が微笑みながら私を見ていた。
「カスミちゃんの所在がわかった時、どんな感じがしましたか?」
地蔵は微笑んだまま私に問うた。
「どうって、そりゃ嬉しかったし、なんだか繋がれてる感があって、ちょっと良かった」
言葉にするのは難しかった。気と気が触れ合うというものは、ある意味、手を繋ぐ行為に似ている。目に見えないところで繋がり、より相手のことが直接こちらに伝わってくる。そんな感覚がするのだ。そして、カスミと繋がった時、私はえも言われぬ暖かさに包まれ、胸が熱くなるのを感じていた。
「やはり、あなたの妖気は霊気へと変貌を遂げていますね。妖気というものはやはり仄暗さを感じさせるものですが、今のツバキさんからはそれが感じられない。おそらく、最近のツバキさんの調子の悪さはそれが原因だったのでしょう」
「そんなことがあり得るのか?だって私たちは鬼なのに・・・」
「鬼、即ち邪悪。なんてことはありませんってば。一体いつから鬼は悪い存在なんて人間に認知されるようになったんでしょうね。ただ命の在り方が違うだけだというのに」
「そう、なのかな」
「大事なのは、常に、今、自分がどう在るかですよ」
さすが地蔵。私の心が、どこか救われたかのように少し気持ちが落ち着いた。
「あのさ、地蔵。ここだけの話なんだけどさ・・・」
私は前置きをしつつ、先ほど経験した話を伝えた。愛娘との追憶、その中で交わした会話。地蔵は一言も漏らさず私の言葉をじっと聞いていた。聞き終わったところで、息を大きく一つつく。
「それは、きっと真実ですね。実は私も薄々そんなことではないだろうかと思っていましたが」
「えっ?地蔵、あなた知ってたの?!」
「実は私も黙っていましたが、私はあなたとあなたの娘ちゃんがよくお参りしていた地蔵ですから」
その言葉に、脳内で記憶が駆け巡る。私の愛娘、アカネと共に歩いた夕焼けの道。その傍に佇むお地蔵様の姿。
「あれ、あなただったの!」
「私もあなたの娘ちゃんの顔を知っています。たしかに、カスミちゃんそっくりです。でもまさか、そんな偶然があるとは思いもしませんでした。どうか力無き私を許してください。飢えに苦しむ貴方達を、私はただ見守ることしかできなかった。もしも私に力があれば、あなた方の未来ももっと違っていたのかもしれません。だからこそ、今度こそ私は、貴方達親子を救いたい。昔、あなた方から受けた恩を返すためにもね」
「恩だなんて。私たちは手を合わせるしかしていないのに」
「それで十分。ともすれば朽ちて忘れ去られる路傍の地蔵。大切にしてくれてありがとうございました。今度は私が恩返しの番です」
地蔵は両手で可愛らしくガッツポーズをとった。ポーズと共に見せるその笑顔は、夕焼けの帰り道で何度も拝んだあのお地蔵様の顔に重なる。
「あぁ・・・お地蔵様」
胸に広がる暖かな感情は私を動かし、地蔵の胸へと飛び込ませた。咽び泣く私を、地蔵はただそっと抱きしめ、私の頭を撫でるのだった。




