鬼の金棒
倉庫のシャッターへツカツカと近づきながら、その辺に落ちていた石ころを拾い監視カメラへと投げつけ破壊しておく。悪党どもに気づかれるのは構わないが、わざわざご丁寧に姿を見せつけてやる必要もない。
私は力任せにシャッターを掴み、引き剥がした。突然の出来事に中にいた全員が私に視線を向け硬直している。計画通り。
「・・・あんた、どこのモンだ?」
リーダー格の男が静かに私に問いかける。警戒と敵意が滲み出るいい声だ。懐から拳銃を取り出し、私に照準を向けている。
「すいませ〜ん、車が故障して家に帰れないんです〜。助けてくれませんか〜?」
どうだ、この飾り装った猫撫で声は。これでも、私は見た目清楚でハイソな雰囲気を醸し出す丸眼鏡が超似合う可憐な乙女の姿をしている。こんな声で襲撃されれば、相手に混乱を与えることは間違いない。屋上でボタンが腹を抱えて笑い転げているのが妖気で伝わってくるのが癪だが。
「シャッターをゴミみたいに引き剥がす女がどこにいる。お前何者だ?」
リーダーらしき男は落ち着き払っているが、目の動きを見るに驚きと警戒の色を見せている。私たちは仕事の性質上、姿を見せる時は相手を確実に殺す時だ。目撃者は残さない。だが、今回は殺しは無しだ。となると、ひょっとして今回は隠密にことを運ぶべきだったか?いや、しかしそんな繊細な仕事を私たちに振るわけがない。私たちはすでに隠密に長けた刑部がいるのだし、わざわざ私たちにこの仕事をさせた理由は別にある。そういうことにしておこう。
それに思い当たることがある。過去にも何度かあったが、時に人間は神仏を恐れぬ悪行に手を染めることがある。そんな度を越したやらかしをする人間どもに、私達“ヨタカ”が神仏に代わって悪漢供をさんざ痛めつけ、この世には人ならざる者、人知を超える存在を、知らしめることがある。今回も、似たような感じだろう。
ならば、やはり正面切って殴り込みをかけたのは正解だ。精々トラウマを植え付けてやろう。
一歩踏み出した瞬間、リーダー格の男の拳銃が火を吹いた。その弾丸はまっすぐ私に顔にヒットし、私の首はぐりんと後ろへのけぞった。
まったく、勘弁願いたい。私たち“鬼”にとって、拳銃なんざ豆鉄砲ほどの威力もない。無駄に頑丈なんだ。私達“鬼女”は。そもそも、弾の速さも十分目で追えるし、なんなら手を使わず歯で噛み止めることだって難しくない。
ほら、見るがいい。脳天に打ち込んだはずの弾丸を、歯で受け止め噛み砕く私の姿を。
「ばっ、馬鹿な・・・!拳銃の弾を歯で受け止めたってのか!」
敵さん、盛大に狼狽してやがる。こんなロクでもない私でもこの殺戮の合間に垣間見る人間の恐怖の感情が、鬼としての自己固定感を高めてくれる。実に小気味良い。
「さぁ、拳銃がダメなら、次はどうしますか?」
「化け物め!全員、ありったけの弾丸を打ち込め!撃て撃て撃てぇ!」
物陰に隠れていた男たちも全員躍り出て、私目掛けて一斉に発砲する。だが、どれだけ鉄砲を撃とうが、意味はない。元々の頑強な肉体に弾丸が通るわけもない。だが、私が着ている服は別だ。既製品の服が、敵の弾雨で破かれてはたまらない。私は敵の弾雨を掻い潜りながら、妖力でボタンに合図を送った。
即座にボタンは倉庫の天井を突き破り、敵の頭上へと落ちていく。ボタンは着地した場所の手近な敵に襲いかかっていく。ボタンが手にしていた武器は鬼の定番武器、金棒だ。鉄骨の柱のように太く長い金属の棒を振り回し、周囲の敵を次々に薙ぎ倒していく。
私も鬼の金棒をこの手に握り、敵へと襲いかかる。私達の金棒は見た目こそ金属の棒だが、実態は自前の妖力で拵えた武器だ。妖力が尽きぬ限り、折れることなどあり得ない。そして、金属の棒などに比べ格段に破壊力のある凶器だ。人間に振り回すなどかわいそうで仕方がないが、悪党どもに慈悲は無用。どれだけ骨が砕け、内臓が潰され悲鳴を上げようとも、死ななければ地蔵に文句を言われることはないだろう。
あっという間に倉庫内は地獄絵図となり、あたりには体がひしゃげ血に染まる敵が横たわるだけとなった。だが、息をしているから問題なし。残るは、少女の親に偽装していたお役の二人だ。
こいつらは戦闘要員ではないらしく、自分達が乗ってきた乗用車に体を震わせながら隠していた。そして、その背後に救出対象の少女が身を屈め隠されていた。一見、親が子を守っているようにも見える。だが、この親役の真意は果たしてどうか。先ほどの会話からして、物扱いをしていたが。
私はいつでも首をへし折れるように父親役の男の首を掴み、問いかけることにしてみた。ちょっとした疑問があったからだ。
「あんた、子供を拐かすのが仕事なのか?悪党に良心なんざ期待しないが、教えとくれよ。一体なんでわざわざこんな真似をする?」
男は、恐怖に怯え、目を見開いたまま、沈黙を貫いている。表向きは人の良さそうな身なり整った中年の男。こんな悪事に手を染めてるとは到底思えない人物に見えるのに、実に見るに耐えない顔つきだ。どうやって命乞いをするか、必死に考えているのだろう。
私は空いた手でタバコを取り出し、妖気で火をつけ口に咥える。タバコの煙を吐きつけ、圧を込めて男に言う。
「なんか言え。この首へし折るぞ」
男の首を握る手に力を込めると、畜生に似た鳴き声のような声を漏らしながら、男はついに喋り始めた。
「人間の子供は、金になるんだ。一人売れば、一年遊んで暮らせるだけの金が簡単に手に入る」
「なるほど、金のためってことか。売られた子供がどんな末路を辿るか、知っていてこの仕事をやるなんざ、畜生にも悖るな」
「子供を買う連中が何をしていようが、そんなことは俺の知ったことではない。売られた子供が何をされたとしても、それは買った人間のすることだ。俺には関係ない」
「金のためなら、子供が酷い目にあっても関係なしか。お前、それでも人間か?お前らこそ本当はバケモノなんじゃないのか?」
素直な疑問を呈しただけだったが男は目を逸らし、黙りこくってしまった。虚しさとタバコの煙が胸に染み渡っていく。
「もう、いいや。お前は寝てろ」
男の腹を殴り、乱暴に男を放り投げた。受け身を取れない男はグシャっと床に叩きつけられ悶絶している。いい気味だ。
「さて、お次はその女といきますか」
母親役の女は、完全にすくみ上がりガタガタとさっきから震えている。ボタンにガッチリと腕で首を締め上げられているから、というのもあるのだろうが、ざまあない。
「お前、女のくせに子供売って、なんのつもりだ?」
私は、よりいやらしく煽るように、女にタバコの煙を吐きつける。女は涙目になりながら顔を左右に振るばかりだった。
「・・・質問を変えよう。この仕事、つまり、子供を施設から引き取り、今地べたで悶絶している連中に引き渡すのはこれで何回目だ?」
「・・・六回目です」
「そんなにか。罪悪感はなかったのか?バケモノである私たちでも、他人の子供を売り飛ばすなんて考えもしない。そんな可哀想なことできるはずがない。なぜだ?なぜこんなことをした」
「すいません!助けてください!命だけは!お金ならいくらでもあげます!だから私だけは助けてください!」
「てめぇの心配だけか、くだらない。ボタン、あとよろしく」
「ほ〜い」
女はボタンに腹を殴られ、吐瀉物を撒き散らしながら、声もなく苦しみ地にふした。肋も数本折れたのか、変な息を漏らしている。
「だいじょうぶだいじょうぶ、死にはしないって」
無邪気に笑うボタンだが、目は笑っていない。私もボタンも鬼に身をやつした女だが、それゆえ人の罪や業を前にして心穏やかではいられない。
ともかく、これで脅威は排除した。あとは少女を連れ帰れば仕事は終わりだ。私とボタンは車の陰で怯える少女へと声をかけた。




