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嘯くヨタカ  作者: イタノリ


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屋上の決闘

 謎の弱体化現象に見舞われ、しばらくヨタカとしての仕事を半ば強制的に停止させられた私とボタンは、カスミの警護に集中しつつ、この問題と向き合った。


 まず、色々試して分かったことは、この現象が起きるのは戦う時に限られる、ということだ。


 普段の生活の中では変わらず鬼としての怪力を発揮することができる。したがって、怪力は健在だし、夜の摩天楼の間をビルの壁を蹴りながら渡っていく芸当だってなんの問題もなくできる。それだけに、不思議だ。その辺を彷徨(うろつ)いて人間にちょっかいを出している魑魅魍魎に喧嘩をふっかけてみたが、何度やっても結果は同じだった。


 戦闘行為へと及ぶと途端に力が出なくなる。魑魅魍魎程度なら命の危険もなく、負けることはなかったけれど、以前とは比べ物にならないほど力が出ないので戦いには相当難儀した。これではまずい。いざという時にカスミを守ることができなくなってしまう。


 悶々としつつ、根城で晩飯の片付けをしていたある晩、私は背後から何かが飛んでくる気配を感じ、反射的にそれを手で捉えた。何かと思ったら、これまた意外な物だった。


 矢だ。しかも矢には紙が結ばれている。これは、矢文?後ろを振り返ると、真面目な顔をした司の姿があった。どうやら弓を(つが)えず自分で直接矢を投げ飛ばしたらしい。私がげんなりした表情を見せると、司は顔色ひとつ変えずにスッと姿を消した。何がしたいんだ、あの男は。用があるのなら普通に話しかければいいのに。


 矢から文を解き広げてみると、まず目に入ったのは大々的に書かれた“果し状”の題字。これにはさすがに笑ってしまった。無駄に達筆なのもじわじわと笑いを誘う。


「なぁに?ツバキ姉、なんか面白いことでもあったのぉ?」


「私達は今娯楽に飢えているのです。面白いことがあるのなら是非とも共有を」


 ボタンと地蔵が私の肩に顎を乗せ果し状を覗き込む。一眼見て、二人は声をあげ爆笑し始めた。司よ、あんたの矢文が思わぬところで刺さっているよ。


「すごいねぇ、こんなの初めて見たぁ!」


「私も長いこと現世にいますが、本物を見たのは初めてでした!」


 ケラケラと笑うのは構わないが、こんなもの受け取った私としては非常に悩ましいのだけれど。というか、一体全体果し状なんて、どういうつもりだ?矢文の続きを読んでみると、次のように続いていた。


 拝啓、ツバキさん。

 今晩、根城の屋上にて果し合いをしたく(そうろう)

 今日こそ、あなたを超えてみせます。

 動きやすい服装で、来られたし。

 また、果し合いの後には美味しいお茶菓子を用意しております。

 お気軽にお越しください。

 

 矢文をじっと見つめ熟考する。首を捻り、真意を探す。


「意味が分からない・・・」


 率直に言って、司という男がわからなくなった。果たし合いをするのに、お茶を振る舞うだと?本当に何がしたいんだ、あいつは。


「くっそ下手くそなラブレターみたぃ」


「果し状が恋文とは、これいかに」


 ボタンと地蔵はまた腹を抱えて爆笑している。勘弁してよ、私は頭を抱えたいわよ。


「そんなことより、あんた達カスミの面倒ちゃんとみてあげなさいよ」


「今は水天坊が独り占めしてるんだよぉ。なんか妙な術を仕込んでるみたいでさぁ。護身の術を教えてるらしいから、邪魔するのも悪いかなぁと思ってぇ」


「そこは菩薩の転生者ですよ。筋がとても良くて教えるのが楽しくなります」


「あんたも術仕込んでいるの?ちょっと、カスミはあれでも今は人間なんだから、まずはこの世を渡っていける知恵を授けてやりなさいよ」


「それはもちろんですが、術の会得も大事ですよ。まだまだ幼いカスミちゃんにとっては、目に見えない存在である魑魅魍魎、悪鬼羅刹から身を守ることは必要なことですからね。現代と古の知識を同時進行で習得中なのです!」


「はいはい、わかりましたよ。まぁ、仲良くやれているのならいいわ。それじゃ、後片付け続けていいかしら?」


「あっ、それは私たちがやりますよ。ツバキさんは果し合いの支度をどうぞ」


「そうだよぉ、わざわざラブレターくれたんだから、おめかししなきゃぁ」


 お言葉に甘えつつ、無邪気に笑う二人を捨て置き、私は屋上へと上がった。屋上に通じるドアを開けると、外は影ができるほどの月明かりに照らされ、屋上に佇む司を照らしていた。今夜は満月か。私は背を向け正座し、精神を統一している司の背に声をかける。


「ラブレター、受け取ったわ。今夜はどんな風に私を楽しませてくれうのかしら?」


「はじめに、言っておきます。これは真剣勝負です。本気でかかってきてください」


 冗談には一切耳を貸さず、司は淡々と答えるのみだった。その声に戯れが通じる気配はない。司は、言葉通り真剣勝負を望んでいる。


 私は気持ちを切り替え、司へと歩み寄り間合いを取る。司もまた静かに構え、私との間合いを測っている。司の戦い方は先刻承知。基本は受け手に回り、相手の攻撃をいなし制した瞬間、懐刀で確殺する攻防一体の戦法だ。洗練された動きはまさしく美麗そのもの。格闘素人の私でも惚れ惚れしてしまう所作だ。


「今回の果し合いは初めて会ったあの日のリベンジに相応しい。最近、うまく戦えないことに苛立ちを覚えているところ。ストレス解消に付き合ってもらうわよ!」


 私は一気に司との間合いを詰めようと駆け出した。司は動じず、自分の間合いに私が入ってくるのを待ち構えている。だが、同じ轍は踏まない。妖気で金棒を顕現させ、目にも止まらぬ速さで金棒を司にお見舞いする。が、司はさらにその上をいく速さで私の懐へと入り、金棒を持つ私の手に彼のが重なった。その瞬間、金棒は払い落とされ、グルンと視界が回り、気がついたら天を仰ぎ、仰向けに倒されていた。


「まずは、一本」


 倒れた私の首元に、月光を反射する懐刀が添えられている。これが実戦であったら、私は首を切られ、鬼でなかったら絶命していただろう。


「くっ!まだまだ!」


 私は努めて冷静に攻撃を加えていくが、例によって司にことごとく捌かれ、あれよあれよと投げ飛ばされてしまった。次第にムキになっていく私の動きを、司は冷静かつ完璧に対処している。やはり技術では司に敵わない。ならば、私は鬼の本領を発揮し、力ずくでねじ伏せるのみ。


 ただ真っ直ぐに接近し、圧倒的な鬼の腕力で司の胸ぐらを両手で襟元をガシッと掴んだ。掴んだ手応えは十分、そのまま力づくで投げ飛ばそうとするが、司の体はびくともしない。まるで地中深く根を張った巨木のように、泰然と私の力を受け止めている。


「?!なんで人間なんかに鬼の私が・・・!」


 何度も投げ飛ばそうともがくが、司は動じない。すっと司の手が私の腕に触れたかと思えば、一瞬で組み伏せられ関節を極められてしまった。


「ちくしょう、なんであなたこんなに強くなってるのよ。前に戦った時からまだ数ヶ月も経ってないじゃない」


「俺は大して変わってませんよ。変わったのは、ツバキさん、あなたです」


 司は極めた技を解き、組み伏せた私に手を差し伸ばしてきた。私は息を切らしながら、司の手を取り立ち上がる。


「今回の試合で確信したことがあります。やはりあなたは弱くなっている。それも劇的に」


「・・・。そんなこと、私が一番理解してるわよ。あなたと試合して、それはもう、疑いようがない」


 弱くなった。この言葉が重く鋭く胸に刺さる。これは、鬼としてのアイデンティティに深く関わることだ。けれど、それ以上に思い悩むのは、弱体化した私にカスミを守り通すことができるかということだ。


「こんな状態じゃ、私はカスミを守れない。一体どうしたら・・・」


 胸が締め付けられるように苦しい。それは熱を伴い、目頭に暑さを感じた。涙なんか流したくない。そんな感情は鬼になった時に捨てたはずだ。そもそも、私に泣く権利などあるはずもない。けれど、つうっと、涙が頬を伝わる感触に、私は感情を押し留めることができなくなっていた。


 泣いてる姿なんか見られたくない、そう思ったら気がついたら司の胸に顔を埋め、胸ぐらにしがみついていた。


「あの、ツバキさん・・・」


「ごめん、ちょっとだけこのままでいさせて」


 嗚咽が漏れないように必死で声を殺すが、感情の波は止まることなく、私の魂を揺さぶり続けていた。

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