悪魔憑き
現場の周囲には悪魔憑きにやられた刑部の天狗どもが倒れ伏している。死人はいないがどれもひどく痛めつけられていた。悪魔憑きは一体で、その辺にいるサラリーマン風の男に取り憑いているらしいが、頭からは日本の太く禍々しく歪な形をした角が生えていた。その角が赤黒くマグマのように鈍く光っている。
すでに数撃撃ち合ったが、どの攻撃も悪魔憑きは片手で受け払っている。いくらこちらが手加減しているとはいえ、敵が硬すぎる気がする。ダメージを与えられている気がしない。
「ツバキ姉、なんか今回の標的強くない?!全っ然、攻撃効かないんだけど!」
「そりゃ私たちだって殺さないよう手加減してるし」
「あっ、そうか!でも、それにしても固くない?!」
「ボタンもそう感じるのね。よし、もう少し強く当てていきましょう。命まで取らなければ地蔵も文句言わないでしょ」
「腕や足は、もいでもいい?」
「それはやり過ぎ。骨を砕く程度にしておきなさい」
ボタンはニッと笑い、悪魔憑きの懐へと踏み込み、たった一歩で完全に懐に潜り込んだ。そのまま金棒を野球バットの素振りのように振り抜き、直上へと悪魔憑きを打ち上げてみせた。悪魔憑きも流石に応えたのか、変な呻き声を放ち、痛がっている。
「よくやった。あとは私に任せて」
私は打ち上げられた悪魔憑きのさらに上へと飛び上がり、うち上がってきた悪魔憑きを金棒で殴りつけ地面へと叩き落とす。大きな音と衝撃が響き、地面のアスファルトが割れ、悪魔憑きは血にめり込んだ。
「ツナキ姉、やり過ぎじゃない・・・?」
「大丈夫よ、これくらい」
悪魔憑きはピクピクと時折痙攣をしているが、死んではいない。ひとまず、無力化はできたか。次第に、頭から生えていた二本の角の光がゆっくりと消えていく。光が潰えた瞬間、ぽろっと角が綺麗に落ち、後には傷だらけのサラリーマン風の男だけが残された。
「終わった感じぃ?」
「そのようね」
仕事が終わったかと思いきや、突然後頭部に鈍く強い衝撃が受けた。あまりの勢いに、地面に叩きつけられ、二回三回と地面と転がされてしまった。何事かと後ろを振り向くと、そこには新たな悪魔憑きの姿が目に入った。さっきのとは別の個体か。ボタンの首を両手で掴み上げ、締めている。
「ボタン!」
すかさずボタンを襲った悪魔憑き目掛け金棒を振り抜く。だが、胴にこれでもかというほど会心の一撃を打ち込むが、不思議なほど手応えがない。悪魔憑きはボタンの首を絞めたまま私を蹴り飛ばす。すかさず金棒で防御するが、悪魔憑きの蹴りの衝撃で腕がミシミシと軋み、そのあまりの衝撃に膝を地に着けてしまった。
腕に痛みが走る。おかしい、こいつから漏れている邪気を見るに、私たち鬼にとっては敵ではないはず。なぜ、こいつはこんなにも強いんだ?いや、まさか、私達が弱くなっているのか?
今まで感じたことのない不安と恐れが胸に湧き立つ。立ち上がろうとするが、足が震え、力が入らない。どうする?どうすればいい?このままではボタンが・・・!
次の瞬間、悪魔憑きの腕が何か強い衝撃でも受けたかのようにパンと腕が上がりボタンの首から手を離した。落下するボタンを黒い影が抱え、まるで風のように素早く移動し私の元へとやってきた。
「だっ、誰だ!」
「俺ですよ、ツバキさん」
目の前にスッと現れたのは、司だった。いつの間に私達の現場にやってきたんだ。というか、ボタンの見守りはどうした?司はどうしてここにいる?頭が混乱し、次の言葉が出てこず、私は呻きに似た変な声を発し狼狽えることしかできなかった。
「もう大丈夫ですよ。刑部から応援要請があったので現場に急行しました。カスミちゃんは水天坊が見てくれています。敵の制圧は任せてください」
そう言うや否や、司は身を翻し、悪魔憑きへと挑む。悪魔憑きは力任せに拳を殴りつけるが、司は華麗にその攻撃を受け流し、腕を掴んだと思ったら一瞬で敵を投げ飛ばし地面へと叩きつけた。即座に司は悪魔憑きの額に何か札のようなものを貼り付けた。すると悪魔憑きは身を反るほどの激しい痙攣を起こしたかと思ったら、だらりと体の力が抜けていき、そして頭の角がポロリと落ちた。
事態が収束したところで、刑部の天狗達が上空から次々降り立ち、司に礼を言うと現場の収拾に取り掛かっていく。
「危ないところでしたね。それにしても、妙だ。あなた方の実力なら、手こずる相手ではないはずだ。何があったんですか?」
「それはこっちが聞きたいくらいよ。まさか私達の力が通用しないなんて。にしても、あなた、やっぱりやるわね。刑部が手こずる輩をこうも簡単にねじ伏せるなんて。それにあのお札、あっという間に人間から悪魔を引き離したけど、一体のお札なの」
「あれは水天坊から持たされていた試作品の対魔の札です。悪魔教と事を構える可能性が高いことから密かに悪魔用の退魔の札を開発していたらしいです。効果は覿面でしたね。あとで報告しないと」
「なんにしても、助かったわ。ありがとさん」
「とんでもないですよ」
差し出された司の手を取り、立ち上がる。まったく、情けない話だ。理由はなんであれ格下相手に遅れをとっていてはカスミの警護に支障が出る。早めに原因を探る必要がありそうね。
遅れて現場に到着した地蔵と合流し、のびているボタンを叩き起こすが、思った以上にダメージを受けているらしい。ボタンの足に力が入らない。見かねた司は刑部に話をつけ車の手配をしてくれたおかげで、帰りは珍しく快適に根城へと帰ることができた。
心配した司が同乗しているが、口数は少ない。押し黙って、何か考えている様だった。そして、私や地蔵もまた同様に黙りこくり、考えに耽っていた。もしあの時、司が助けに来てくれなかったら、私達は一体どうなっていただろうか、と。今まででは考えられない事態が起きた。鬼になってからというもの、命の危機なんて感じたことはなかったというのに、今日は久方ぶりに死の恐怖を思い出した。ひ弱な人間であった頃の私を思い出す。
根城に到着し、カスミが寝ていることを念入りに水天坊に確認し、破れた服を脱ぎ捨て、風呂に入る。ボタンもようやく目が覚めてきたのか、湯船に浸かりながら今日の仕事の反省をしていた。
「まぢありえないんですけどぉ。あんな格下に負けえるなんてぇ・・・」
「同感ね。戦いになった途端、身体能力が一気に落ちた。こんなことは今まではなかったのに」
「鬼が馬鹿力無くしたら、アイデンティティに関わる気がするぅ」
「考えてたくはないわね」
ヨタカとしては、戦闘力の著しい低下は死活問題。早いところ原因を探り対策しなければならないが、地蔵に相談しても現時点でははっきりとした理由が分からないそうだ。そのため、私とボタンはカスミの警護をしつつも自身の体と向き合い、謎の弱体化現象と嫌でも向き合わざるをえなくなり、悶々とした日々を送ることになってしまった。




