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嘯くヨタカ  作者: イタノリ


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遊園地の隅でヤニを吸う

 白い煙が私の眼前でゆっくりと立ち上り、空へと消えていく。天気は晴れやかだというのに、私の心は今どんよりとしてしまっている。それもこれも、カスミの過去を知ってしまったからだ。


「お〜い、ツバキ姉。今日は随分長いタバコタイムですねぇ。ヤニ、楽しんでるぅ?」


 飄々とボタンが喫煙所にやってきた。この子も元気だな。カスミとあれだけ遊んで疲れた様子がまるでない。それどころか顔に艶が出ている気がする。


「ってか、誰もいないじゃん、この喫煙所。今日ってそこそこ混んでるよね、この遊園地」


「そうね、私がここに来たら、なぜだかみんな早足に出てったわ」


「そりゃそうだ。こんな眼光鋭い般若みたいな女が来たら、誰だって気まずくなるって。いや、鬼か」


 無邪気に悪気なく失礼なことを言う。けれど、ボタンがスマホのインカメを私の顔に向けてきた時、ボタンの言ってることがよく分かった。


「えぇ〜・・・。何この般若みたいな顔。私こんな顔してたの?」


「正直怖いですぜぇ、ツバキ姉」


 ボタンは笑いを隠せず、吹き出すのを堪えている。私自身も、ちょっとこの顔はいただけない。まさかこんな顰めっ面を通り越して鬼の形相になっていたなんて。


「なんかあったのぉ?話、聞こかぁ?」


「ナンパ師みたいなこと言わないの」


 カスミの過去を話すか悩んだけれど、いずれみんなが知ることになる事実だ。私は意を決して先ほど司から聞かされたカスミの過去の話をボタンに伝えた。溌剌とした笑顔が、みるみる悲しみの表情に染まっていく。


「そっかぁ・・・。そんなことがあったんだねぇ。ツバキ姉もそれで心を落ち着かせるためにタバコを吸いにきたわけか。それにしても顔が怖いけどさぁ」


「顔のことはもういいの。私はただ、やけに懐いてくるあの子の事を考えてただけ。あの子を守るために一時的に根城に集まった見ず知らずの、それも人でもない私達を、カスミは家族に見立てている。まるで家族に飢えているように。でも、私はあの子の母親にはなれない。こんな、我が子を喰らった鬼が、あの子の親代わりになるなんて、していいはずがない」


「それで大量のヤニを吸って気持ちを落ち着かせる、と。でもさ、もう答え、出てるんじゃない?」


「えっ?どういうこと?」


「ひとまず、母親になるかどうかは置いといてもさぁ、ツバキ姉は我が子のようにカスミを大事にしたいだけでしょ?ならいいじゃん、それでぇ」


「そんな軽く言わないで。ボタンにだってこの気持ちはわかるでしょ。ボタンだって実の兄妹を・・・」


 途中まで言いかけてハッとする。私はこんなことをボタンに言いたいんじゃない。


「ごめんなさい。私、どうかしてる・・・」


「いいのいいのぉ。ツバキ姉が優しいのは、知ってるからさぁ」


 ボタンは私の隣に並び、天を見上げた。


「私もさぁ、正直怖いよぉ。カスミと向き合うのぉ。私だってさぁ、ツバキ姉と似たようなもんだよぉ。私も鬼になったのは妹を喰っちゃたのが理由だしぃ」


 私は目を見張った。あの天真爛漫、明朗快活なボタンがうっすらと目に涙を湛え、震えていた。


「私だって、本当は怖いよぉ。人を喰った私が、ヨタカとして毎日血に塗れているあたしがカスミと仲良くしようなんておこがましいと思うよぉ。でも、それでも私はカスミと仲良くしたい。大事にしたいんだよぉ」


「それは仕方ない事じゃない。あの時代は餓死が珍しくなかった。先に死んだ人間を食べて生き残った農民なんか、大勢いる。誰もあなたを責めることなんてできないわ」


「そうかもしれない。でも、私にはどうしても自分が許せなかった。あの時、私も飢えに苦しみながら死んでいればよかったなぁって、今でも思うよ。でもさ、反対に生きたい気持ちも強かった。だってあの時の私、まだ嫁入り前だったしぃ、両親も早くに流行病で亡くして貧乏な家だったからさぁ、あのまま死ぬのがどうしても嫌だったんだよねぇ。まっ、やっぱり罰ってことかぁ、鬼になっちゃったのはさぁ」


「地蔵が言ってたでしょ。鬼になるのは、深い罪悪感を持った人間だって。あなたはこんなに優しいからこそ、鬼になってしまっただけ。罪というなら、この世に罪を犯さない人間なんているもんですか。ヨタカの私達はそれをよく知ってるはずよ」


「それなら、ツバキ姉も一緒だ。こんなに優しいツバキ姉だからこそ、鬼にもなったし、今でも亡くなった子供のことを想ってる。ヨタカの仕事は罪と罰なのかもしれないけどさぁ、ひょっとしたら神仏の連中も、私達にチャンスを与えてるんじゃないかなぁって、私は思うんだよねぇ」


「チャンスって、何の?」


「もう一度、家族と向き合うチャンス。私達はしてはいけないことをしたけどさぁ、もし本当に許されないのなら、奇跡だの御業だのなんでもござれの神仏が、わざわざ私達をカスミのそばに置くようなことすると思う?」


「それは・・・言われてみれば」


「だからさぁ、カスミの気持ちを汲んであげようよぉ。私達はお互いに家族求めてるんだしぃ」


 私はタバコを咥え、煙を吸い込み空へと吐き出す。昂った心を抑える為に、気を回してきた地蔵が私によこした鎮静剤入りの特製のタバコだ。人間が吸ったら命の保証はない。


 肺をタバコの煙が満たし、鎮静剤が少しずつ効き始める。ざわついた心が落ち着き、鈍った頭が冴えていく。


「カスミの件は、考えておくわ。ところで、カスミと思いっきり遊べてどうかしら。遊園地を満喫できてる?」


「最高!もぅ、毎日こうしていたいくらい!」


「そう、それはよかったわ」


 屈託のない笑顔が眩しい。私もこの子のように何も考えずにあの子と接することができたらどれほど楽か知れない。そう思って、カスミと接する時はできるだけ頭を空っぽにするように心がけている。けれど、どうしても雑念が入り込む。あの子の顔を見るたびに、亡くした愛娘の顔が頭をよぎる。


 私には恐れがある。生きるために娘の死肉を喰らった愚かな私が、心の傷から逃れ罪滅ぼしの為にあの子を()()にしようとしているのではないかと。事実、私は自分が腹を痛めて産んだ娘にしてやれなかったこと、してあげたかったことを次々とカスミ相手にしている。こんな恥知らずな真似が、許されるのだろうか。


「それはそうと、ぼちぼちお昼の時間だよねぇ。カスミちゃん、お腹すかしてるんじゃねないかなぁ」


「そうね、そろそろ戻りましょうか」


「ちなみにぃ、お弁当の中身はなんなのぉ?」


「それは食べてみてのお楽しみ」


 私達は、どこかぎこちなく笑い合い、カスミが待つ芝生の広場へと向かう。私もボタンも、過去の所業を、己のしでかした罪と向きあい続けるしか道はない。答えだって、すぐに出るはずもない。それでも、今の私達にはあの子を守る役目がある。せめて、そのお役目だけは全うし、あの子ができるだけ平穏な生活を送れるようにしてあげねばと、そう思うのだった。

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