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嘯くヨタカ  作者: イタノリ


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何して遊ぶ?

「はい、そこぉ〜。いちゃつき禁止ぃ」


 ボタンはカスミの目を手で塞ぎつつ、私をからかってきた。


「ボタンちゃん、前が見えない・・・」


「いいのよ、カスミちゃんはまだ見なくて」


「仲良き事は良き事なり」


 後ろに座っている者共が私に好き勝手な事を言ってきた。司の頭を撫でている手を止め、しばし考えるが、ふと我に帰ると、己がしでかした行いに顔が赤く熱くなる。


「違うから、これは違うから!」


「何が違うのかなぁ〜、ツバキ姉」


 ニタニタとボタンの気持ち悪い笑いが止まらない。それに地蔵の生暖かい視線と、しげしげと私たちを眺める水天坊にいたたまれず、私は司の頭に伸ばした手を引っ込め、縮こまることしかできなかった。


 そんな、いたたまれない気持ちを味わったのも束の間、私たちの車は遊園地へと到着した。駐車場からすでに大きな乗り物がいくつも見える。観覧車にジェットコースター、他にも大きな建物の姿が。私たちはそんな大きな遊園地の建物を見上げ、揃いも揃って感嘆の声を上げていた。


 思えば、遊園地になんてきたことは今までなかったな。今までずっとヨタカの仕事で、遊ぶなんて発想がなかった。それはボタンや地蔵も同じだ。水天坊に至っては刑部の務めでそれどころの話ではないし、となると遊園地で遊んだ経験があるのは司くらいなものか。


「なるほど、初めて近くで見ますが、なかなか圧巻ですね」


「えっ、あなたも初めてなの?」


 司の呟きに思わず反応してしまった。ただ一人、人間として生きてきた司ですら遊園地未経験とは。


「俺は子供の頃に家族を亡くしていますから、世間的な家族サービスというものは受けたことがありませんでしたので」


 あまりにあっさりと自分の過去を口にした司からは、悲嘆や過去への憧憬も感じることはなかった。ただ、事実を述べるという動作に完結した一言だった。


 司に触れた時に垣間見た彼の記憶の中には、どこかへお出かけして楽しむという記憶はほとんどなかった。もし私だったら、苦しみに塗れた半生を恨み、何事もなく過ごしてきた幸せを感じて生きて来られたであろう誰かを妬み、恨み言の一言でも言っているに違いない。だが、彼は、司はそんな負の感情を見せることはなかった。


 一体どれほどの胆力があればこんな目で生きられるのだろう。心の傷は深いだろうに、この男はその傷から逃げることなく、目を背けることもせず、向き合い続けてきたのだろう。出なければこれほど泰然とできるわけがない。


 いじらしい。私は彼にそう思わざるを得なかった。


「ははッ、面白〜い!揃いも揃ってみんな遊園地初めてなんて受けるしぃ。なら、今日は楽しいことがいっぱいだよぉ。みんなで遊ぼぅ!」


 ボタンの一言に、皆の心が緩んだようだ。バスケットを下ろし、遊園地に入場する。カスミも初めての遊園地に大はしゃぎだった。相変わらず無口で物静かだが、目をキラキラと輝かせ、次から次へと乗りたいアトラクションを指差し、私たちの手を引いて駆けてゆく。


「こらこら、そんなに急がなくても乗り物は逃げないわよ」


「でも、楽しそうな乗り物がいっぱいです!一緒に乗ってください、ツバキさん」


 今日のカスミはよく喋る。明らかに気分が普段の三倍増しくらいに高揚し、そして発揮する子供の本領。休むことなく動き回り、私たち大人を翻弄している。私たちはカスミが選ぶアトラクションに応じて、交代しながら一緒に遊んでいった。アスレチック系は男衆が主に、女の子向けの物は私達女衆が付き添い、遊園地の端から端へとアトラクションを制覇していった。


 しかし、お昼前だというのにすでに男衆と地蔵はベンチで息絶え、カスミのお供ができているのはボタンだけだった。天真爛漫なボタンはまるで子供のようにカスミとはしゃいでいる。私はというと、かろうじてその二人に着いていけてるが、さすがに子供の底なしの体力の前には少々の休憩を挟む必要があり、二人がアトラクションを楽しんでいる間は、楽しそうに過ごすカスミ達をスマホのカメラで収めていくのだった。


「いい笑顔をですよね、カスミちゃん。あんなに楽しんでくれて、無理を承知できた甲斐があったってもんですよ」


 隣の地蔵が並び立ち、呟くように私に言った。それもそのはず、地蔵ももはや顔面蒼白で今にも倒れそうな雰囲気を醸し出している。というのも、カスミを敵の捜索から逃れるために地蔵は遊園地内に簡易結界を張り巡らし、それを機能させ続けている。莫大な集中力と霊力を要するこの作業と並行しながらの元気一杯のカスミの相手をするのはまさに神業。いや、仏業か。


「地蔵こそ、大丈夫?顔色がだいぶ悪いわよ?」


「なんのこれしき、カスミちゃんは私にとって孫娘のようなもの。あの子の笑顔のためなら、なんだってできちゃいます」


「もはや孫を溺愛するおばあちゃん・・・」


「えぇ、目に入れたって痛くないほど可愛いですもの」


 地蔵のやつれている顔に、晴れ晴れとした笑顔が浮かんでいる。まぁ、気持ちはよくわかる。可愛いものは可愛いのだ。


「ほら、これあげる」


 私は栄養ドリンクを地蔵へと渡す。


「これはこれは、どうも。私これでも仏の一尊なので、こうした世俗的な飲み物はどうかと思いますが、背に腹は変えられませんね」


「孫への愛が戒律に(まさ)ったわね」


 にっと歯を剥き出し、ごくごくと栄養ドリンクを飲み干した地蔵はアトラクションから降りたカスミに駆け寄っていく。私はお言葉に甘えて少し休憩することにした。アトラクション脇のベンチには疲れ切った水天坊と、うなだれた司が座っている。私は彼らにも栄養ドリンクを渡しておいた。


「あなたは気が利きますね。老体には助かります」


「ありがとうございます、ツバキさん。まさかカスミちゃんの体力がこれほどとは」


「情けないこと言うんじゃないわよ。特に司。あんたが言い出しっぺなんだからね」


「面目ない」


「いいわよ。怒ってるわけじゃないし、私だってあの子の体力お化けっぷりは予想外だったから。大人しい子かと思いきや、とんだお転婆さんね」


「子供はそれくらい元気な方がいいですよ」


 水天坊は遠い目をしながら呟く。マスク越しで実際の表情は分からないけれど。


「水天坊もそのペストマスク、いい加減外したらどう?いくら術で周囲の人間から怪しまれないようになっているとはいえ、カスミの前でもずっとマスクつけてるなんて考えものよ」


 水天坊は頭を撫でて誤魔化している。


「親父にも事情があってのことです。どうかご理解を」


「私はいいの。ただ、カスミが根城で水天坊を見かけると、あなたの素顔を見ようと顔を覗かせているのは知ってるわよね?あの子はマスク顔じゃなくてあなたの素顔を見て話したがってるのよ。あんなに懐かれてるのに、顔も見せてあげないなんて、なんだか可哀想だわ」


「ははは、痛い所を突いてきますな」


「ツバキさん、もうその辺で」


 何か込み入った事情がありそうね。しかし、この様子。確かに、あまり踏み入らない方が賢明かも。傲慢、高慢の極みとも呼べる天狗がこの有り様ならば、よほど沽券(こけん)に関わることと見た。


「マスクのことは、ひとまず置いておくわ。普段の水天坊のカスミの可愛がり様は私も見てるし。それにしても意外だったわ。菩薩の生まれ変わりとはいえ、天狗が人の子に興味を持つなんて」


「それは偏見というものですよ。私はこれでも子供好きでしてね。あの子はとても可愛らしい。まるで孫娘だ。目に入れても痛くないですよ」


「どこぞの地蔵も似た様なこと言ってたっけ」


「ははは、そりゃそうでしょね。お地蔵様とはよくカスミちゃんの可愛さについて語り合っていますから」


 あら、意外と水天坊も隅に置けないのね。地蔵と仲良くしてるなんて。


「実は、カスミちゃんを警護する上で、あの子について色々調べ上げたのですが、あの子がこの世に生まれ落ちてからの短い人生を知るにつけ、情が深まりましてな」


「それは、どういう意味?」


「親父、続きは俺が説明する。カスミちゃんの来歴について調べた結果、あの子は物心がつく前に実の両親を亡くしていました。それだけではなく、前回の人身売買で偽装した夫婦を除いても、他にも二組の里親が事故や変死を遂げています」


 話の雲息が突然怪しくなった。物心がつく前に両親を亡くした?他にも里親がいて、それもまた亡くなっているですって?そんなの、偶然なわけがない。私の表情を見て、司は小さく頷いた。


「お察しの通り、これは偶然ではありません。一つ一つの事件を参照したところでは、事故や変死とされ、事件性はないものとして処理されています。ですが、細かに死亡した経緯を調べれば調べるほど、これは何者かによる意図的な殺人であることが分かりました」


「そんなことがあったなんて・・・。カスミもよく生き残ったわね」


「これは天界から(もたら)された情報ですが、人ならざる存在の直接介入があったそうです。それゆえ天界も現世に直接介入することができ、かろうじてカスミちゃんだけは守ることができたそうです。度重なる襲撃の度に、人ならざる者も直接介入は避けていく様になり、今回の人身売買のように子飼いの人間を使って襲わせているようですね」


「親父の言う通りだ。敵は明確にカスミちゃんを狙い、襲撃している。だが、今までの里親は人格こそ高い人物だったが所詮は一般人だ。暴力から身を守れる力は持ち合わせていなかった。つまり、あの子は家族との思い出が無きに等しい。それどころか、家族を失う苦しみを何度も味わってきた。カスミちゃんが時折見せる家族への憧憬は、おそらくこうした過去の体験が関係しているのでしょうね」


 私はボタンと共に疲労困憊の地蔵と戯れるカスミの姿を見る。本当に楽しそう。あんなにはしゃいで、ようやく子供らしいところが見れたと思ったけど、まさか修羅場をいくつも味わっていたとは知らなかった。


 お母さん。あの子は何度か、私のことをそう呼んだ。単に言い間違えただけかと思っていた。でも、たまに恐る恐る呼ぶこともあったのには、こんな理由があったということか。


 急に胸が痛くなる。まるで締め付けられるようだ。


「ごめん、ちょっとタバコ吸ってくる」


 言い終える間も無く、私は小走りに喫煙所へとかけていく。しばらくタバコを吸わなくても平気だったのに、今になって突然吸いたくなるなんて。走り息を吸うたびに、胸の奥でチクチクとした痛みが増していく。




 

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