しごとなかま
「あの、お二人様。私内心とても嬉しくもあり恥ずかしくも感じていることがあるのですが。これは一体何事でしょうか?」
地蔵は嬉しいやら恥ずかしいやらといった表情で、はにかみながら私達に問うている。
「何って、手を繋いでいるだけじゃない」
「そうだよぉ。今どきは女の子同士でも手を繋ぐんだよぉ?」
何やらめんどくさそうな事を考えてしまっている地蔵を慰めようと、私とボタンは地蔵を挟むように並び、手を繋いでいる。となると地蔵は片手は私、もう片手はボタンに手を握られているので、まるで両親と手を繋いで歩く子供のような状態になっている。
「いいですか!あなた方は私より背が高いんですから、どうしたって私が子供みたいに見えちゃいますよ。これ、恥ずかしいですって」
「安心しなさい。仲の良い家族に見えるだけだから」
「そうだよぉ。みんな温かい目で見てくれてるじゃん」
「なに好意的な勘違いしてるんですか!あれは普通に笑われてますからね?!」
元気そうに吠える地蔵を見ていて、私とボタンは思わず吹き出し笑ってしまった。地蔵は顔を赤くし頬を膨らませている様子も、なおのこと面白い。
「いや〜、地蔵ってこんなキャラだったっけ?私びっくりしちゃった」
「ほんとぉ〜にね。元から面白いとは思ってたけど」
「揶揄わないでくださいよ。さすがの私も怒りますよ?」
「悪い悪い。でも、こんな馬鹿話って、今まで私たちしたことがあったかしらね」
「そういえばないかもぉ」
これは驚愕の事実だ。思えば地蔵とボタンと過ごした数百年は、実に淡々とあっさりしていた物だった。特に私。
昔の私は、自分を取り巻く環境に怒りを感じ、また自分が犯した罪の意識に苛まれ、地蔵やボタンと一緒に過ごすことを避けていた。まして、楽しく会話をするなど考える余地もなかった。
けれど、罪の意識という意味ではボタンの方が凄まじかったかもしれない。今でこそギャルが板についている根明の子のように見えるが、鬼になった直後のボタンはそれこそ幽鬼と見間違えるほど深く暗い陰を身にに纏っていた。
この子が元気になってきたのは割りと最近だ。ギャルと言われる女性たちが街を闊歩するようになった時代から、ボタンは元気を取り戻していったのを覚えている。曰く、「こんな生き方もあるんだ」と独り言のように呟きながらギャルを観察していた当時のボタンの姿が懐かしい。人間だけではなく、妖ですら、変わろうと思えば変わるものだ。
根城へ戻ると、司が外で私達を待っていた。
「お疲れ様でした。その格好、また派手にやったようですね」
「ただの返り血よ。怪我なんかしてないわ」
「さすがですね。風呂の用意はしてありますけど、入りますか」
「あら、気が利くじゃない。それじゃあ入らせていただこうかしらね。ところで、カスミは?ちゃんと寝てるわよね?さすがにこんな格好見せられないわ」
「安心してください。水天坊と一緒に寝てます」
「仲がよろしいことで。でもそれらな安心」
物音を立てないように根城へ入り、暗く照明を落とした玄関を早足で、私とボタンは浴室へと向かう。
「ツバキさん?ボタンちゃん?」
突然、背後から声をかけられた。カスミだ。眠そうに目をこすり、あくびをしながら私達の方へと近づいてくる。ぼんやりと目を開き私達を見つめたカスミはまるで硬直したかのように体が固まり動かなくなってしまった。かと思えば、みるみると目が丸くなり、次いで顔が紅潮し、ついには目に涙を溜めてポロポロと涙をこぼしていく。
「あぁ・・・。ああぁぁ!」
弱々しく小さな声で叫びながら、カスミは私達に駆け寄り、飛びついてきた。
「あっ、こら!今抱きついたら汚れちゃう!っていうか水天坊と一緒に寝てたんじゃないの?」
「怪我はない?!大丈夫?!」
涙を流し、私を心配するカスミを見て、私は言葉に詰まってしまった。この子は血で染まった私達を怖がるのではなく、真っ先に身を案じこうして飛びついてきた。あぁ、なんて優しい子なのだろう。
「大丈夫だよ。怪我なんかしてないよ。ごめんね、心配させて」
「そうだよぉ、私ら大丈夫だからね!」
気がつけば私とボタンとカスミはその場にへたり込みながら、お互いに抱き合っていた。カスミの温もりが心地いい。人の温もりなど、血と臓物以外に触れることのなかった数百年間。まるで凍てついた暗闇の世界に燈が点いたように明るく温かい。
カスミが目を覚ましたことに気が付かなかった水天坊は、慌てて起きて来てカスミを寝床へと連れていったが、これは水天坊には後日説教が必要ね。取り残された私達はひとまず着替えと風呂を済ますべく、お風呂場へと向かうのだった。
我が根城の風呂は広い。ちょっとした浴場並みの広さがあるので、同時に数人入っても問題ない作りになっている。したがって、私とボタンと地蔵は共に風呂へと入り、今夜の出来事について語り合うのだった。
「見られちゃったわね、仕事終わりの姿を」
以前は仕事で汚れることに対して特に気にかけることもなかった。闇から闇へ標的を葬り、その姿を人目に晒すことなどしなかった。誰に見られることもなければ、どれだけ汚れようとも根城へ帰って湯浴みでもすればそれでよかった。けれど、カスミが根城で暮らしている間は、気を配らなければいけないというのに、早々に汚れた姿を見られてしまった。
「傷ついちゃったかな。あの子」
「カスミちゃんは賢くて優しい子です。私達が何をしているのかも理解してますよ。というか、私達のお仕事を目の前で見てるわけですからね」
「カスミちゃんは、血まみれのお二人を見て、純粋に真心から心配したと見るべきでしょう」
「そうだとしてもさ。こちらとしてはやっぱり負い目感じる」
「そうだよねぇ〜。私もカスミには仕事終わりの姿は見られたくなかったなぁ。ってか、水天坊は何してたの?一一緒にカスミと寝てたんじゃないの?なんで気が付かなかったんだか」
「これは説教が必要ですね。あとで私が厳しく言っておきます」
「話は変わるけど、今日の標的、悪魔がついてたのよね?この国は結界が張ってあって外来の妖は入れないはずでは?」
「それはもちろんです。悪魔が結界を超えて侵入したことなんて不可能です。ただ、例外もありまして、おそらく今回はその例外によるものでしょう」
「例外って、なんのぉ?」
「それは悪魔が人間に取り憑いている場合です。人間に取り憑いた悪魔は、肉体のうちへと存在を隠してしまいます。こうなるといくら神仏の結界でも防ぎきれないんですよ。文明化期以降は国を超えた移動がより活発に行われていますから、長年の課題ではありますが、天界も対応に苦慮しているようですね」
「え〜!それって実質入り放題じゃないのぉ?」
「さすがにそこまで上手い話、というわけじゃありませんよ。強大な悪魔が取り憑いたらさすがに結界に引っ掛かりますよ。入れるのは本当に力の弱い悪魔だけですね」
「それだって、今回の男みたいに人間にとってはえらい被害を被るわけね。まったく迷惑極まりない」
どうして世界には傍迷惑な連中がひしめいているのか。これではヨタカも息つく暇もないのは当然か。あぁ悲しきかな宮仕え。
風呂から上がり、部屋に向かおうとしたところで、司に呼び止められた。
「ツバキさん、ちょっとよろしいですか?」
「何かしら、急ぎの用事?」
「いえ、ただ相談したいことがありまして」
鉄面皮、というほどではないがこの男、話し方は淡々としていて割合無表情なので感情が読みずらい。何事かあったのかと思って身構えてみたものの、司は懐から何やら複数の紙を取り出して、私の前へと差し出した。見てみるとそれは、遊園地の招待券だった。
「今度の休みに、一緒に行きませんか?」
「遊園地?えっ?私と?」
「はい」
「・・・本気で誘ってるの?」
「無論です」
司は静かに頷いた。そして感じる胸の鼓動。ドクドクと脈打ち勢いを増す血の巡り。これは風呂上がりの一時的な心拍の増加に違いない。いや、そうであってくれ。




