悪魔
男と共にカフェを後にする。今日は帰りますと男に伝えると、紳士でお優しい男は案の定駅まで送ると提案をしてきたので、私はこれを快諾した。
表通りを行きつつも少しずつ人気のない裏路地へ向けて歩いていく。この間、ボタンは私に妖気を介して道案内をしていた。周辺で人気が少なく仕事がしやすい場所を選定し、地蔵による人払いの結界を張ることで、誰に悟られることもなくこの大都市で粛々と神罰の代行を執行する。これが私たちヨタカの仕事の仕方だ。
私は相変わらずかまととぶりつつ男と話を合わせながら少しずつ男を誘う。
「随分と裏道を使うんですね。駅に行くなら、こっちの方が近道じゃありませんか?」
「いいえ、こちらで合っています。私たちが向かうのは、地獄なのですから」
「えっ、地獄?」
男はその言葉に驚き、ピタッと足を止めた。だが、もう遅い。すでにここは地蔵の結界の中。周囲はビルの壁に囲われ、逃げ場もない。あとは私とボタンでこいつを狩るだけだ。
「あなた、今日も女を襲うつもりだったでしょ?」
「いきなりどうしたんですか?冗談はやめてください」
「あなた、街に立った女に声をかけえては誘い出して暴行したわよね。中には命まで奪って、ひどい男」
「・・・一体どこでその話を?」
「お天道様は見ているってやつよ。全ての行いは良くも悪くも神仏共に筒抜けだ。あんたの悪行はお見通しなのよ。ただ、解せないのよね、あれほど下衆な行いをしているというのに、あなたからは悪意や邪気を感じない。これは一体どういう・・・」
突然鋭く重い拳が、私の顔面へと放たれた。
「ほぉ・・・。この私の素早い突きを防いだか。なかなかやるようだな」
男の突きは確かに早かった。けれど、私の目と体なら容易に反応できる。この通り、顔面の前で私は男の突きを止め無傷のままだ。
「妙な女だとは思ったが、まさかこの国の神仏と通じていたとは思わなかったぞ」
さっきまでとは全然違う声色。低くドスが効いていて不快。おまけに、見た目まで変わっている。黒い目に赤い瞳。頭からは日本の角が生えている。そして溢れ出る邪気の塊。ようやく本性を表したようね、これではまるで、悪魔だな。ん?悪魔?
「ちょうどいい、今晩の獲物はお前だ!」
「さっきからベラベラとうっさいわよ。っていうかあんた何者?さっきまで男とは別人に感じるし、これは一体どういうことかしら」
男から高笑いが響き、気色悪い笑みが溢れている。
「この男の体の主導権は今や私にある。彼の欲望を叶える条件付きだがね。この男は、人には言えない性的趣向の持ち主だが、およそ人前では口にできない類のものでね。私はそんな彼の密かな欲望にそっと寄り添っただけにすぎないのだよ」
「それが連続婦女暴行殺人につながると、なるほどね。とんだ悪趣味の男なわけか。で、そんな男に取り憑いてるあんたはどちら様?国産の妖ではなさそうだけど」
「ご明察の通り。私は悪魔だよ。はるばる西洋から渡ってきたが、この国は実に素晴らしい。一見して秩序があり文化的で平和なこの国であっても、やはり人間の欲望は尽きることはない。実に喰らいがいがある。知ってるか?この男は、身なりも良く整った顔をして経済力もある。女には苦労しないはずなのに、この男はこの趣向のせいで悉く愛想をつかされ捨てられている。それはそうだ、抱くより殴りつけ恐怖し怯える姿に興奮を覚えるなど、なかなかにいい趣味をしているからな。だから、私は彼の欲望を叶えてやった。悪魔としてね」
「なるほど、クズとクズがタッグを組んでいるのは分かったわ。それにしても妙ね。先ほど私と話した時は邪気を全く感じなかった。あれはどういうカラクリなのかしら?」
「あれは彼自身の良心そのものだ。この男は悪趣味だが悪人ではないということだよ。さぁ、どうする?今や私を殺せばこの男の命もない。それでも私達を始末しようというのかね?」
「人を誑かすのは、悪魔の得意とするところ、ということかしら。でも、人を傷つけた事実は何も変わらないし、私があんたらを始末することも変わらない」
「そうか、それはとても残念だ」
悪魔はいい終わるや否や、私に再度拳を振ってきた。こいつは戦い慣れてないな。同じ技を同じように繰り出してくる。これじゃあすぐに見切られて終わり。今度は私が男の顔面に鬼の金棒を軽くお見舞いしてやった。いい感触だ。男、もとい悪魔は鼻血を出しながらよろめき後退する。
「ボタン!さっさと片付けるわよ!」
「はぁ〜い!」
元気の良い声と共にビルの屋上からボタンが降ってきた。落ちる勢いのまま悪魔の脳天に金棒を振り下ろし直撃させると、悪魔はまるで動物のような悲鳴を上げ悶え苦しんだ。
「おのれ、二人がかりとは卑怯ですよ?!」
「知るか!悪党風情がほざくな!」
戦いは、初めは悪魔も善戦した。何度か私たちの金棒を防ぎ、間隙を縫って反撃を試みたが全て空振りに終わった。私とボタンの練りに練られた連携の前では、悪魔もなす術がない。私とボタンの金棒で散々に打ち据え、ついには悪魔の膝を折らせた。
「待ってくれ!話せば分かる!私はただ人間の願いを叶えただけ・・・」
「そうかい?なら、もうちょっと分別ってものを身につけるんだな!」
私とボタンは悪魔の頭蓋を中心として向き合うように立ち、タイミングを合わせ、悪魔の頭部にバットを振り抜くように金棒を振り抜いた。激しく金属がぶつかる音と共に、悪魔の頭蓋は潰れ血肉が爆ぜ飛ぶ。まるで噴水のように飛び散ったそれらは私とボタンを赤く染め上げた。
「はい、お仕事終わり。あとは地蔵に報告して、刑部に後片付けをして貰いましょう」
「りょ〜かい。おつかれっした!」
「はい、お疲れ様」
結界が解かれた、刑部の天狗達が一人、また一人と降り、迅速に現場を片付けていく。後のことは任せ、私たちは付近で結界を張っていた地蔵と合流するためにその場を後にした。
地蔵の元へと行くと、街灯の下で膝を抱えて頭を埋めて座る地蔵の姿を見た。どんよりとした霊力を隠せていない地蔵の姿に何か落ち込んでいるのは一目瞭然だが、一体何があったのか。
「うえぇ〜・・・。地蔵ちゃんどうしたんだろぉ。あんな落ちてるとこ初めてかもぉ」
「そうね、一体何があったのやら」
「ツバキ姉、声かけてみてよぉ」
「私が?ちょっと勘弁してよ」
二人してまごついていても、埒があかない。恐る恐る声をかけてみると、案外と地蔵はいつもの調子ではっきりと答えてきた。
「おい、地蔵。あんたどうしたの、そんな落ち込んで」
「別に、落ち込んでいるつもりはないですけど、なんだか情けなくて」
「地蔵が?あんたが情けないことなんて今まであったかしら。あなたは今日も立派に務めを果たしたじゃないの」
「私は、仏の一尊としてあなた方を指導監督する立場ではありますが、やっていることは厳しい務めを負わせ、死地へと送り出すことしかしていません。あなた方が命を張っているというのに、私は安全な場所で待つ事しかできていません」
「今更そんなことを考えてたの?一体何百年一緒に仕事をしてると思って・・・」
「一緒なものですか!私はいつもあなた達の背中を見送るばかり、カスミちゃんがやってきて、ようやく一緒に何かできると思ったのに・・・」
「そんなこと考えてたのか。でも、それはやっぱり仕方ないわよ。あんたは地蔵で私らは妖。こんな仕事は、あんたみたいに優しい奴が矢面に立ってすることなんかないんだ」
「そうかもしれませんが、それでも私は、あなた達と一緒に務めを果たしたい。カスミちゃんと生活を共にして、あなたたちとも関わる時間が増えて、そう思ったのです」
「ないものねだりって奴ね。いい機会だ、たまには歩きながら一緒に帰りましょう。ボタンもいいでしょ?」
「もちろん!」
夜が更けていく。闇が濃くなっていく。それでも眠らないこの都市は、煌々と眩い光を放ち続けるのだった。
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