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嘯くヨタカ  作者: イタノリ


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16/34

狩り。その前に

 標的の男は通りをまっすぐに歩いてこちらへと向かってくる。一見して街娼に目も暮れていないように見えるが、目の端でしっかりと女達を捉え品定めしているのが分かる。そんな底の浅い誤魔化しは私達には通用しない。わずかな視線の動きでさえ私達にはお見通しだ。


 男がこちらに向かって歩いてくるのに合わせ、こちらも男に向かって通りを歩いていく。

 

「ねぇ、どうやって標的を仕留めるの?こんな人目のつく場所じゃ騒ぎになるよぉ?」


「当たり前じゃない。人目のない場所へ連れていくわ。まぁ見てなさいな。ボタンは私のバックアップに回って。あと、いつでも連絡できるように妖気は繋いだままでよろしく」


「えっ?マジで何すんの?」


 標的の男と距離が縮まっていく、すれ違いざま、私は男に視線をチラチラと送ると、男も気がついたようで、ニッコリと笑顔をつくり会釈をした。だが、男はそのまま立ち去ろうとする。よし、ここだ!


「あっ、あの、すいません!」


 私はややうわずった声でたどたどしく男を呼び止めた。男もボタンも、何事かと私を振り向き、目を丸くしている。


「あっ、あの、おじ様・・・私と・・・その・・・」


 私は顔を赤め、視線を泳がし、指をもじもじと動かす。


「何か御用ですか、お嬢さん?」


 男は丸い目をした表情から頬を緩ませ、余裕たっぷりの態度で話に乗ってきた。その声は低く柔らか魅力的な響きをしていた。なるほど、世間の女が簡単に靡きそうな絵に描いたようなイケオジだ。これなら獲物を探すのも簡単だったのだろう。


「あの、私どうしてもお金が必要で、お仕事したいんですけれど・・・。でも、こういうところで、こんな仕事するのも初めてで、せめて初めてのお客様は、おじさまみたいな人がいいなって思いまして・・・」


 どうだ。素朴なお嬢様風の丸メガネが似合う黒髪ロングの若い女が顔を赤らめを潤わし、おずおずと売春を持ちかけるこのシチュエーション。こんな街娼が立ち並ぶ通りにわざわざ来る男どもには願ってもない相手だろう。


 男は私をじっと見据え、ボタンは顔を逸らし笑いを堪えている。


 さぁ、さっさと私についてこい。お前が今までしてきた何倍もの地獄を貴様に味合わせてやる。


「・・・何か、お困りごとのようですね」


 おや?男から溢れ出していた邪気が、すうっと立ち消えていく。


「ここで立ち話もなんですから、表通りに行きましょう。もしよければお話を聞きましょう」


「えっ?あっ、はい」


 男から邪気が消えるという有り得ない現象を目の当たりにし、思わず承諾してしまった。これにはボタンも驚いたらしく、慌てて私に繋いだ妖気で通信をしてきた。


「ツバキ姉、どうすんのよ!なんかナンパされた感じになってない?!」


「そんなことはいいの。それより、地蔵に連絡。悪党から邪気が消えるなんて前代未聞よ。指示を仰いで。私は男から情報を聞き出しておくから。頼んだわよ?」


「りょ!」


 ボタンの元気な通信が切れたところで男は歩き出し、私をエスコートする。私はかまととぶりつつ男と共に近くにあるカフェへと入った。


 実にスマートなエスコート。並の女なら惚れ惚れしてしまう程洗練された動きだ。私は男の細やかな所作に感心してしまっている。一体、どれほど女と逢瀬を交わせばこれほど所作が洗練されるのだろうかと。


 流れるように、かつ、スマートにカフェの一席へと誘われてしまった私の一言。ズバリ、けったくそ悪い。これに尽きる。


 おっと、私としたことがはしたない言葉を使ってしまった。でも、これは仕方がないもの。男は、誠実で真心があるのが一番。品のある所作や作法に通じているのはもちろん素晴らしいのだけれども、それは女を誑かす術にしてはいけない。


「早速ですいませんが、何か事情がある様ですね」


「はい。実は私、大学に通っているのですが、家が貧乏で学費や生活費を稼がなければいけないのですが、どうしてもお金が苦しくて・・・」


「ご両親からの援助はあるのでしょうか?」


「父は私が子供の頃に亡くなり、母が女手一つで私を育て上げてくれました。これ以上母に頼るのは忍びなくて・・・」


 目に涙を湛えながら、私は切々と訴える。当然、嘘の話である。だが、男はこの話をすっかり信じ込んでしまっている様子だ。有る事無い事を滔々と語る私を、真剣な眼差しで静かに深く頷き返してくる。


「そうでしたか。それで先ほど私に声をかけた、と。事情は分かりました。もし、私にできることがあるのなら、お役に立ちましょう。もちろん、先ほどのようなことはなしでね」


 男はウィンクを私に送った。おじさんのくせにウィンクが似合うと思ってしまった自分の感性が憎らしい。だが、それ以上に私が感じたのは違和感だ。白々しいのだ。親身になって私の話を聞く姿や、思いやる気持ちに嘘はないだろう。それでも、どこか取り繕った印象を拭いきれない。


 ここは一つ、カマをかけてやろうか。この男の本性を暴いてやる。


「ありがとうございます。でも、おじ様もあの通りを歩いていたということは、そういうことをしたかったのではないですか?お気持ちは嬉しいのですが、やはり、何もお礼をしないというのは申し訳ありません。もし、私でよければ、その・・・。していただけませんか?」


 潤わせた上目遣いで男をおずおずと見つめる。どうだ、このかまととぶりは!これを見て下心を抑えられるおじさんなどいやしない!


「これは恥ずかしいところを見られましたね。でも、あの道を通ったのは女性を探すためではありませんよ。近道なんです。今日は仕事が長引いてしまったので、早く帰ろうとあの道を使ってしまいました。でも、勘違いされても仕方ありませんね」


 言い訳としては苦しいが、言葉には嘘をつく時特有の澱みや後ろめたさが無い。けれど、あの邪気の垂れ流しっぷりを見ている私には通用しない嘘だ。それも、この男は平然と自分自身すら欺くほどの嘘をついている。


「そうだったんですね。それは失礼しました」


 私は仰々しく、かつ申し訳なさを全身で表現しながら反応すると、男は安心した様子で話を続けた。


「いえいえ、こちらこそ勘違いさせるような真似をしてすいませんでした。でも、あの道を通らなかったらこうしてあなたと出会えることもなかった。これも一つのご縁、もしよければ、もう少しお話ししてもよろしいですか?」


「はい、喜んで」


 私は男の申し出を受け、当たり障りのない世間話に話を咲かせ、間を繋ぐ事にした。ボタンからの妖気通信が入ってこない。時間がかかっているが、情報の確認はまだかしら?


「ツバキ姉、お待たせ!地蔵ちゃんに確認したけど、やっぱりそいつ標的だよ?ってか今どんな感じ?」


 ようやくの通信が入ってきた。私は口は男と話を継続しつつ、妖気でボタンと通信を始める。


「遅いわよ、ボタン。こちらは今、世間話で間を繋いでいるところ。標的で間違いないなら、今からこいつを連れ出すわ。邪気が消えた件は、何か言ってなかった?」


「それは地蔵ちゃんでも分からないみたい。これから地蔵ちゃんと一緒に行くから、先走らないでね」


「誰にもの言ってるのかしら。ちゃんとあなた達を待つわ。それじゃあ、私の妖気を辿ってきなさいね。現場で落ち合いましょう」


 通信を終えたところで、男との会話も一区切りつきそうだ。妖気の件は気がかりだが、標的であるならば、こちらとしては務めを果たすのみ。ほろ苦いコーヒーを一口含み、気持ちを仕事へと集中させていく。

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