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嘯くヨタカ  作者: イタノリ


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夜の街に巣食う影

 目的の駅の出口から、金と欲に塗れる繁華街が大きく口を開けて待っていた。この都市の中でも、指折りの規模の繁華街だ。治安の悪さも指折りで、街は飲食店から風俗店と、遊ぶ店は、よりどりみどり。さらに踏み込んで合法、非合法を問わず、人間の後ろめたい欲望を満たすなら、この繁華街はうってつけだろう。


 こうした夜の街には、お天道様の下を歩けない人間や、魔性に取り憑かれた人間が入り乱れ、さながら魔境とも思える雰囲気を醸し出している。今回の標的は前者で、どうやら街の辻に立っては男に体を売っている少女達を狙って傷害と殺人を繰り返す外道がいるそうだ。司にもオフレコで聞いてみたら、管轄の警察は犯人の足取りすら追えていないらしい。天下の警察組織がこれでは頼りない。


 気になるのは、少女達に暴力を振るい、時には死に至らしめるこの外道の存在が世に知られていないことだけれども、これも司に聞いてみたら、この都市では別に珍しい事件ではないらしい。日陰者同士のイザコザとしてみなされ、管轄の警察の腰が重くなっているそうな。まったく、職務怠慢にも程があるわね。


 地蔵曰く、このまま件の犯人を野放しにすることはできないとの話だ。これ以上の悪行は被害者が心身ともに深い傷を負うことは当然だが、件の犯人にとっても耐え難い業を背負うことになり、魂に重大な疵がついてしまうからだそうだ。被害者のみならず、犯人のことまで配慮するとは、まったく天界の神々はお優しいことで。しかも、犯人を亡き者にすることで救いとするのは、神仏としていかがなものか。疑問も不信も山ほどあるが、ヨタカである私達は命令には逆らえない。


 道の外れで地蔵は人除けの結界を張り、私とボタンを結界内に招き入れた。この結界内に入れば私たちは()()()()()()()()()とみなされる。要は、他者の認識を阻害する術というわけだ。


 結界内で地蔵は私達に今回の仕事についての説明を始めた。


「お二人とも、この巻物を見てください。今回の標的はこの男性です」


 地蔵が見せた男の姿は、中年だが爽やかでとても人の良さそうな顔をしていた。最近の巷の言葉で言うならば、イケオジという部類に入るのだろうか?私の趣味じゃないな。


「イケオジっぽいけどぉ、このオジが連続婦女暴行強姦殺人犯なのぉ?なんかそうは見えない〜」


「刑部の報告では間違いないそうです。人は見かけによらないということですね。現在も、標的は繁華街から少し離れた通りで女性達を品定め中と刑部からの連絡がありました。急いだほうがよさそうですね」


「標的が品定めって、どっか物陰から女を眺めてるってことかしら?いや、こんな大都市でそんなことする必要もないか。地蔵、現場ってひょっとしてあの街娼が並んで立ってる通り?」


「えぇ、その通りです。今激増してますからね、体を売っちゃう若い女の子が。今までの被害者も全員街娼の子達でした。標的が女性を襲う前に、なんとかしましょう」


「了〜解。さっさと終わらせて根城へ帰りましょう」


「そうだね〜。カスミも待ってるしねぇ」


 私がボタンをじっと睨むと、ボタンは視線を逸らしつつもニヤニヤと笑っている。まったくこの子は、これから仕事というのに飄々としてるわね。私も、そんな軽くいられたらどれだけ楽だろうか。


 街娼、最近では立ちんぼなんて言い方をされる女の子達がいる。街に出て体を対価に報酬を得ている女達だ。要は売春婦なのだが、私はなぜ彼女達がここまでして大金を稼ごうとしているのかが分からない。この時代でも貧富の差は当然ある。でも、彼女達に関しては食うに困るほど貧しいとはとても見えない。


 私が人間だった頃に比べれば、この国の人間はみんな殿様ぐらいの生活が当たり前にできてしまう。雨風凌げる上、部屋の温度もエアコンで自在に調整できて、明かりがあり、温かい布団がある。蛇口を撚れば綺麗な水がいくらでも出てくるし、買い物に行けば所狭しと食材が並ぶ店がいくつもあり、飢えと戦う必要もない。さらにいえば、便利な道具がこれでもかと世の中に氾濫しているというのに、彼女達は一体何を求めて街に立つのか。


「ともかく、被害が出る前に、こちらから仕掛けてみよう」


「ツバキ姉、何かいい手があるのぉ?」


「えぇ、いい作戦があるわ」


「お〜。それは面白いものが見れそうな予感」


「それでは、私も一緒に・・・」


「いや、地蔵はここに残りなよ。今だって、だいぶ邪気に当てられてるんじゃない?」


 地蔵の顔が白くなって血の気がない。ヨタカの仕事の時はいつもそうだが、神仏の端くれでもある地蔵は人間の邪気に当てられと酷く弱々しくなる。この都市は人間の邪気、邪念が渦巻いている。負のエネルギーを力にできる(あやかし)の私たちはむしろ元気でいられるが、地蔵にとっては受肉して妖である私たちと行動すること自体が苦痛なはずだ。まして汚れ仕事について来るなど、たいした根性だと思う。


「すぐに戻るよ、地蔵ちゃん」


「でも、私だって、ヨタカの一員です。一人でお二人の帰りを待つだけなんて、私は・・・」


「大丈夫だよ、地蔵。あんたに邪気は当てられない。すぐに戻るから、待ってておくれな」


 私は声をかけるにとどめ、目の端でうなだれる地蔵を見つつ、その場を後にした。


「地蔵ちゃん、健気だよねぇ。私達についてこようとするなんて」


「そうね。だからこそ、私達だって指図される事を受け入れられる」


「それはガチだね。神仏は上から目線で説教くさいのばっかだからなぁ〜。なんで地蔵ちゃんは私らにあんな親切にするんだろ」


「さぁね。性格のいい地蔵だからじゃない?」


 最近の地蔵は、とにかく楽しそうだ。カスミを支えるために根城に集った面々で日夜あれこれ動いてむしろ忙しいはずなのに、いつも笑顔で過ごしていた。あれはきっとカスミの存在が大きいだけではないだろう。むしろ、根城に根付きつつある一体感が、地蔵を笑顔にしているのではないと思う。


 ぼんやりと考えているうちに、街娼が立ち並ぶ裏通りへと着いた。道の片側に女達がスマホをいじりながら等間隔で立ち並んでいる。並ぶ女達を、通りを歩いて行く男達が血走った目の端で品定めをしていき、気に入った女に声をかけ何事か交渉している。


「ツバキ姉、例のイケオジいるか分かる?」


「見当たらないわね。少し様子みようかしら」


 立ち並ぶ街娼達と少し距離を空け、私達も通りに並ぶ。私は建物に体を預けながら通りを見渡し、その隣でボタンはしゃがみ込み、ぼんやりと通りを眺めている。


「ツバキ姉。こんなところに並んだら、私達まで街娼に間違われるよ?周りからの視線が痛いんですけどぉ」


 見慣れない私達に、立ち並ぶ女も、通りを行く男もチラチラとこちらを見てくる。確かに、異様なのかもしれない。見た目がギャルなボタンと、丸メガネが似合う長い黒髪の清楚女子が並んで街に立っているのだから。これほどアンバランスな見た目の二人組はそういないでしょう。


「標的を誘い込むんだから、私達も街娼に扮しないと」


「え〜?まさか作戦て、このことぉ?」


「安心しなさい。かまととぶるのは得意だから」


「それは知っているけどさぁ。そんな簡単に引っ掛かるかなぁ?」


 噂をすれば、通りの奥からどす黒い邪気を放つ一人の男がやってくるのが見えた。汚れの塊のような邪気に反して、身なりが整った清潔感のある中年男性。街娼の子達もチラチラと目で追いかけてしまうほどの男前。なるほど、標的は実際に見ると確かに男前らしい。彼は颯爽と通りを歩いて行くが、隣でボタンは「うっわ、キモっ」と心の声を漏らしている。


 この意見に私は同意した。邪気を見ればこの男が(よこしま)な思いを抱いているのは(あやかし)である私達には一目瞭然。でも、それだけじゃない。長年生きていると邪気云々関係なく、その人間の本質と言うべきものが見えやすくなる。


 この男は、狂っている。綺麗で潤いのある目の内には、今日は誰をいたぶってやろうかという加虐の楽しみを追い求めている様がありありと見える。まるで人を襲う妖そのものだな。むしろ、妖よりも妖らしいほど清々しい邪悪の権化。それが綺麗に整えられた外見や服装で覆い隠されている。うん、とても気持ち悪い。


「標的発見だ。行くわよ、ボタン。ついてらっしゃい」


 元々『ヨタカ』とは夜行性の鳥を指すが、それになぞらえて下級の遊女を指す言葉でもあった。夜な夜な街の辻に立っては蕎麦一杯の値段で体を売る。それがヨタカだ。


 初めて私達のことをヨタカと神仏が呼んでいることを知った時は性格の悪さに反吐が出るが、なるほど、案外言い得て妙なのかもしれない。


 自らを餌とし、夜に紛れ捕食する。私達こそこの街の邪悪を喰らい滅するヨタカ。さぁ、狩の始まりだ。


 


 


 

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