女三人集まれば
カスミが学校へ通い始め、新しい生活サイクルが始まった。それはカスミだけの話ではなく、カスミを護衛する私達全員にとっても、新たな生活だった。
私達の一日は、朝起きて朝食から始まる。私が根城で暮らす全員分の食事を作り、振舞う。ボタンや地蔵には以前もご飯を作ってあげることはたまにあったが、基本的に食事を摂る必要が無い妖と地蔵の私達だ。食事をするにしても、それぞれ好きな時に好きな物を食べるだけで、一緒に食卓を囲むことはなかった。それが今では一家の母よろしく、毎朝早く起きては、朝の支度をしているのだから、我ながら驚きだ。
これはもちろん、カスミのためだ。学校に行くというのに、朝ごはんをしっかり食べれないなんてあってはならない。それに、これだけ他に人がいるのに、カスミにだけ朝食を用意し一人で食べさせるのも、あまりに可哀想になるからだ。だからこそ、私は根城にいる全員を朝になったら叩き起こし、同じ食卓を囲むように言いつけている。
食事が終われば、今度はカスミの登下校の護衛だ。一緒に学校の近くまで送る者はクジで決めた順番で日替わりで変えている。一緒に登下校しない者はカスミの周囲に展開し、影から守りつつ敵の動向を探りながら警護にあたるのが、今の所の護衛のやり方だ。
1週間ほど経つが、今のところ何か問題があるわけでもないし、敵の動きが見えるわけでもない。そんな落ち着いた日々が続いている。
そんなある夜、地蔵がツカツカと寄ってきて、私に耳打ちをした。ヨタカの仕事が入りました、と。
以前であれば、日が暮れればすぐに街へと忍び出て標的を仕留めにかかるが、今はそうもいかない。カスミの晩御飯を作る仕事が待っているからだ。
カスミを一人で食事させない。これははっきり言って、私のエゴからくる行為なのだが、思った以上にみんなが協力的であったことは驚いた。カスミは毎日の食事をいつも残さず平らげた上、美味しかったと感想までくれるのだから、こちらも力が入るというもの。つられて他の連中も、やれ肉が食いたいだおやつが欲しいだ注文をつけてくるのが面倒だが、カスミに一言食べたいと言われたら、面倒など忘れてついつい作ってしまう。
食事をし、後片付けをして、根城に住む全員で団欒を過ごす。カスミが寝ついたところで私達はヨタカの仕事へと向かうため、男衆に留守番を任せ、静かに根城を後にするのだった。
今回の仕事は根城からそう遠くない距離にある繁華街だ。走ったりビルの間を持ち前の身体能力で飛び回るのも悪くないが、派手に動くにはまだ人通りが多い。電車を乗り継ぎ、のんびりと行くことになった。そんな私たちに反して、世間の人間達は、忙しい限りだ。日が沈み夜を迎えたというのに、電灯に煌々と照らされた街の中をコマネズミのように動き回り、街を動かし続けている。妙な感傷に浸りつつ、街の景色を眺めていると、地蔵がポツリと喋り出した。
「何だか、カスミちゃんがうちに来てから、生活が一変しましたね」
「ほんとほんと〜。もぅ、毎日が楽しくて仕方ないよぉ」
「でも、私達があの子を預かるのは安全が確保されて、然るべき親代わりの人間が見つかるまでの間でしょ?あまり、情をかけると別れが辛くなるわよ?」
「それは自分への戒めですかぃ?ツバキ姉」
「そんなんじゃないわよ。一般論よ、一般論」
街灯とネオンに照らされた夜の街を歩いていく最中、グサリと刺さる一言をボタンに言われてしまった。
「なんかさ、すっかり根城が家庭になっちゃったよねぇ。寄せ集めもいいとこだけどぉ」
「ほんとですね。カスミちゃんは我が家の大事な一人娘。ボタンさんは明るいお姉さん。そして私は若くて可愛いおばあちゃん」
「地蔵、あんたは自分のことをおばあちゃん呼びでいいのかしら?」
「実際、中身はおばあちゃんですよ。あなた達よりどれだけ年上だと思っているんですか。それに、子育てに気を揉まず、ひたすら孫を可愛がる楽しみは、おばあちゃんの特権です」
「そう聞くと私もおばあちゃん役やってみたいかもぉ。男衆は水天坊がおじいちゃんで、司君がお父さんかぁ。お母さんはツバキ姉でもう決まりだし」
「私は母親役なんてまっぴらごめんよ」
「ツバキさん、それは無理がありますよ。あの良妻賢母っぷりを見せられたら、カスミちゃんのお母さん役はあなたにしか務まりません」
「そうだよぉ。あんなに楽しそうなツバキ姉、初めてみたかもしれないしぃ」
また言われてしまった。努めて平静を装っていたつもりだが、周りからはそう見えるのか。確かに、私は日を追うごとに人間であった時の記憶を思い出しつつあった。わずかでも愛しい我が子と過ごしたあの日々の幸せが、カスミを見るたび思い出されてしまう。
「ちなみにさぁ、地蔵ちゃんがおばあちゃんで水天坊がおじいちゃんなら、二人の関係も深めていくわけぇ?」
話の風向きが変わったわね。ボタンはニヤニヤと下品な笑いを見せている。一方、地蔵はというと。生真面目にもその問いに答えようと腕を組み唸りながら考え込んでいる。
「そんなこと、許されるんでしょうか。だって、職場恋愛ってことですよね?」
「マジィ?!地蔵ちゃん、水天坊に気があるの?!」
「いえ、単に昔からの知り合いなので、そういう関係に発展するものなのかと、ふと思いまして」
「知らなかったぁ。そんな関係性があったとは・・・」
「恋愛関係なら、司君の方がツバキさんのことを気にかけているように思えます」
「やっぱ地蔵ちゃんもそう思う?だよねぇ、あんな熱い視線送ってて、可愛いいじゃんねぇ」
今度はこちらに飛び火したか。司が私を気にしている?あんな朴念仁が私に気があるなんて、あり得るのか?というか、私にはもうそういうことをする気がないのだけれど。
「それこそ、勘弁願うわ。興味ないもの」
「えぇ〜、いいじゃん。あんな男前だし、カスミちゃんだって懐いてるしぃ」
それは、確かにそうだ。無骨で生真面目で愛想がない司という男は、予想に反しカスミの面倒をよくみている。カスミも最初は司の鋭い眼光に恐れを成していたが、今では普通に司と一緒に遊んでる。なんであれば、学校の勉強を教えてもらっていたりする様子も私は見ている。
初めて会った時は虎にでも出くわしたかのような心地になったあの男が表情を緩めカスミと遊んでいる姿は、確かに悪い気はしなかった。旦那にする気はないが、いい父親になりそうな雰囲気はある。
「ツバキさん、料理してる時、よく髪を束ねてるじゃないですか。彼、あなたの後ろ姿に釘付けでしたよ」
「ね〜。でも司くんも流石にガン見しちゃいけないと、気をつけてるよねぇ。なんか男子中学生みたいで可愛く見えちゃう」
「いや、普通に気持ち悪いでしょうよ」
「そこは年上のお姉さんとして、優しくリードしてあげては?」
「だからそんな気はないって言ってるじゃない」
「え〜」
二人合わせて声を上げるな。今更、私に普通の女の幸せが手に入るわけでいでしょうが。それに、手に入れてはいけないとも思う。自分がしでかしたことを考えると、なおのこと。
電車が目的に駅に着き、扉が開く。まるで機械のように整然と人々が電車から乗り降りしていく。私たちもその人の波に乗り、夜の街へと溶け込んでゆく。




